【33】風よ、夜の終わりをも呑み込め
敵機に回避能力を低下させるデバフを掛け、動きが鈍くなったところで有効射程から攻撃を仕掛ける――。
クロエの戦術はロールプレイングゲームにおけるボス戦のような立ち回りであり、姑息ながら理に適っていた。
「なッ……!?」
彼女の作戦は完璧だった。
敵機――セシルのオーディールM3が理不尽なまでの戦闘力さえ持っていなければ。
「("毒"が裏返って速くなった……!? いや、そんなビデオゲームのアビリティみたいなヤツは卑怯でしょ……!)」
デバフを受けるどころかむしろ生き生きとした機動を見せるようになった蒼い可変型MFに驚愕し、自分のことは棚に上げて唇を嚙み締めるクロエ。
「ファイア! ファイア!」
一方、"毒"を時限式リミッター解除によって克服したセシルのオーディールは驚異的な機動力を以ってクロエが率いる部隊の側面に移動すると、彼女の編隊の横っ腹を切り裂くようにレーザーライフルを何度も発射する。
「くッ……全機援護しなさいよ!」
「了解」
側面からの強襲を回避しながらクロエは僚機のバイオロイド専用MF及び無人戦闘機に援護を命じ、一陣の疾風に切り崩されそうな編隊の立て直しを図る。
「(いくら素早くとも包囲して集中攻撃を浴びせれば……!)」
単独での戦闘力が優れていても相手はたった一機。
数の暴力で押し潰せば蒼いMFはひとたまりも無いはずとクロエは考える。
「(G-FREE発動中のスピードならば敵陣の隙間をすり抜けられる。一撃離脱で黒いヤツだけを確実に叩く!)」
対するセシルは時限式リミッター解除システム"G-FREE"を発動中の愛機に絶大な信頼を寄せており、そのスピードを活かした一撃離脱戦法で指揮官機を仕留めるつもりだった。
「マイクロミサイル、シュート!」
「ぐッ……!」
今度は強襲を仕掛けられる前にクロエのナイトエンドがマイクロミサイル一斉射撃で先手を打つ。
しかし、セシルは身体が押し潰されそうになるほどの加速力で一気に振り切ると、機体が軋んで悲鳴を上げるような急旋回で攻撃範囲外の死角へと回り込んでいた。
「ば、バッカじゃないの……!? あんな速度でGを掛けたら空中分解するのよね……!」
傍から見ても命知らずとしか思えない機動にクロエは戦慄する。
「取ったッ! ファイアッ!」
その僅かな混乱をセシルは決して見逃さず、漆黒の大型可変MFの左側面にレーザーライフルの銃口を向けていた。
「ッ……!」
たまたま右方向へ視線を移していたクロエは反応がコンマ数秒ほど遅れてしまった。
被弾――最悪の事態が彼女の脳裏をよぎるが、咄嗟に視界内へ飛び込んできた無人戦闘機が盾となってくれたことで難を逃れる。
今の援護防御は通常の行動パターンには含まれていない、搭載AIの判断による自己犠牲だったようだが……。
「チッ……忌々しいAIが!」
必中を期した攻撃を防がれたセシルは露骨な舌打ちをしながら一旦離脱を図る。
AIも所詮は機械でしかないと考えるセシルにとって、それが良くも悪くも"人間的な"行動を見せたことに不快感を抱いたのだろう。
「……あたしのカワイイUAVに何すんのさッ!」
「フンッ、AI如きに入れ込んで寂しい奴め」
AIで動くUAVにも人並み以上に愛着を持って接するクロエと、魂がこもっていない機械には全く興味が無いセシル。
両者はハイレベルな高機動戦闘を繰り広げながら口撃をぶつけ合う。
その思想は決して交じり合わず、互いを根本から否定し合うように操縦桿のトリガーを引く。
「あんただって一人で戦ってるくせに!」
「……私は貴様とは違う! 私は一人ではない!」
クロエの痛烈な一言にセシルは思うところがあったのか一瞬だけ黙り込む。
だが、"部下を率いる立場"を放棄せずにここまで来たセシルは確かに孤独ではなかった。
「姫、我々の後方に新たな敵影を確認した」
「くッ……お友達が来るのを信じてたってわけね」
エースガチンコ対決が膠着状態に陥ったその時、クロエ専属の副官バイオロイドNo.911"アニア"が敵増援の出現を報告する。
それを聞いたクロエは"エネルギー残量度外視で攻め立てるべきだった"と自身の作戦ミスを後悔しつつも、すぐに気を取り直して"蒼い悪魔"のお友達との交戦に備える。
「ブフェーラ1、シュート!」
「
お友達――ブフェーラ1ことリリスは僚機と同時にマイクロミサイルを発射しつつ戦闘へ乱入。
「申し訳ありませんが、あなたたち雑兵と遊んでいる暇は無くってよ」
文字通り進路が切り開かれた隙にローゼルはフルスロットルでの突破を試みる。
「(あの女……やはりアリアンロッド大佐に絡んでいやがったか)」
同じくフルスロットルで敵陣中央を抜けたヴァイルの視線の先には、相変わらず高機動戦闘を続けている2機の可変型MFの姿があった。
「フッ……予想よりも少し早かったな」
親友が率いる3機編隊の蒼いMFの姿を視認したセシルは笑みを浮かべる。
「あの程度の連中なら苦戦しないさ。できる限り不殺を試みたつもりだが、今頃は地上で市民に捕まっているかもしれん」
「テロリストにも更生の余地を与えるか……優しい奴め」
あの程度の連中――レイキャヴィーク市街地への侵入時に交戦した敵航空部隊には多少"手加減"しておいたと語るリリスに対し、呆れとも感心とも受け取れる表情を見せるセシル。
もしも戦闘エリアの受け持ちが逆だったら、セシルは容赦無くテロリスト共を殲滅していただろう。
「隊長、
「さすが"お姉さま"の気持ちには詳しいね。私も黒いヤツは彼女に任せようと思っていたところだ」
既に倒した敵のことはどうでもいい。
ローゼルの意見具申を受け入れたリリスは親友への信頼に基づく自身の見解を述べ、ブフェーラ隊を敵航空部隊の方へと転進させる。
正確には敵エースとその僚機たちの間に壁を作り、合流させずに各個撃破することが狙いだ。
「あれはアリアンロッド大佐が迅速に排除できない程度には手強い敵機だ。それに手札をまだ隠しているようにも見える……気を付けた方がいい」
並の実力ではセシル相手に何分も持ちこたえることはできない。
逆に言えばそれができている敵エースは相当強い可能性があるとヴァイルは警戒を促す。
「詳しいですわね? あの断片的なデータでそこまで分かって?」
「……あくまでも推測だけどな」
敵エース――クロエのナイトエンドについてはローゼルも戦闘記録を見せてもらったため知っている。
しかし、その資料は敵機の詳細情報を把握するためにはデータが不足していた。
にもかかわらず同じ資料を見ていたはずの同僚がやけに語ってくることをローゼルが訝しんだためか、ヴァイルは平静を装いながらこの場を取り繕う。
「(あいつ、それと無くあたしを援護するって言ったじゃない! なのに明らかにこっちを追い詰めてくる動きをしてくるとかマジあり得ないんだけど!)」
ヴァイルの言動とクロエの憤りは何らかの関係がありそうだが、現時点では当事者たち以外に知る術は無かった。
「ブフェーラ隊、了解した! 1対1の空戦ならば負けはしない……こちらのトラブルに付け込まなければ優位を取れない程度の三下は叩き潰すッ!」
オリエンティア的騎士道精神に基づく正々堂々とした戦いを信条とするセシルにとって、メカニカルトラブルで危うく負けそうになった前回の一騎討ちは不本意なものだったのかもしれない。
今日の彼女は
「セシル姉さま……」
元々気性の激しさを理性で抑えているタイプとはいえ、普段の冷静さを維持できているとは言い難い"お姉さま"の姿にローゼルは一抹の不安を隠せない。
「(はぁ……まあいいわ。あの双子もそろそろこっちに到着する頃合いだし……
戦局は非常に劣勢と言わざるを得ないが、それでもクロエにはまだ勝算が残されていた。
"あの双子"の妹の方と仲が悪いので、本当はあまり頼りたくないのだが……。
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