【30】白昼堂々
2135年10月4日早朝――。
数日前にアイスランド最南端のヴィーク村付近から上陸したイギリス軍は、レヴォリューショナミー側の防衛戦力を排除しつつ陸路でレイキャヴィーク方面へと進軍していた。
イギリス軍が地上部隊の輸送に利用した揚陸艦"ハーミーズ"は旧式の水上艦であるため、内陸部まで前進することはできない。
「2時方向に敵車両! 廃墟を遮蔽物にして隠れている!」
レイキャヴィークへの到達を目指すイギリス軍機甲師団の主力は国産戦車"チャレンジャー4"。
対するレヴォリューショナミーは比較的安価な自走砲を多数配備しており、地形を活かした防衛戦闘によりイギリス軍を手こずらせていた。
「あれなら撃ち抜ける! 照準合わせ……ファイア!」
「了解! ファイア!」
隊長車の車長はチャレンジャー4の125mm滑腔砲ならば遮蔽物を貫通できると判断し、砲手に主砲発射を命じる。
「敵車両撃破! 乗員の脱出は確認できず!」
125mm滑腔砲から放たれた砲弾は読み通りレンガ壁を粉砕し、その裏側に隠れていた自走砲もついでに破壊する。
操縦手によると敵車両撃破時に乗員らしき人影は確認できなかったらしい。
「AI制御の自走砲か……」
「くッ、攻撃を受けています! 援護を!」
それを聞いた車長が顎に手を当てて考え込んでいると、別行動中の味方車両(歩兵戦闘車)から支援要請が飛び込んでくる。
「僚車のカバーに入るぞ!」
3年前の戦争で少なくない戦友を喪っている車長は味方の死に敏感であり、自身が乗車するチャレンジャー4を苦戦している味方車両の援護へと急いで向かわせる。
「あんな所から狙い撃ちやがって……!」
レヴォリューショナミーのAI自走砲は本当に賢いのか、高所に陣取り一方的な砲撃を仕掛けてくる。
重力による影響などを計算しなければいけない砲手が愚痴りたくなるのも無理はない。
「慎重に前進しろよ。早くレイキャヴィークに乗り込みたいところだが、履帯を破壊されたら面倒だ」
「了解です」
しかし、ここで焦って機動力を奪われるほどのダメージを受けたらスケジュールが全て狂ってしまう。
車長は操縦手に対し冷静な判断を求める。
「(ウチの軍の航空部隊とオリエント連邦の第13独立艦隊もそろそろ戦闘状態に入っているはずだ)」
私物の懐中時計を取り出して現在時刻を確認する車長。
機動力に優れる航空部隊――イギリス軍MF部隊は地上部隊の直掩に残った少数機を除いてレイキャヴィークへ先行しており、彼らによる制空権確保を待ってから市街地に突入する予定となっている。
「(まあ、噂の"蒼い悪魔"を擁する第13独立艦隊とやらがいれば大丈夫だろう)」
オリエント連邦から派兵されてきた艦隊が何者なのかは知らないが、同艦隊の指揮下に"蒼い悪魔"が含まれていることは陸軍関係者である車長の耳にも届いていた。
「ゲイル1より全機、レイキャヴィーク市街地を視認した」
2135年10月4日正午過ぎ――。
セシルのオーディールM3を先頭とする多国籍軍MF部隊はアイスランド首都レイキャヴィークを視界内に捉えていた。
小規模戦力による奇襲攻撃は深夜など暗い時間帯に行うのが定石であるが、本作戦の合同ブリーフィングに短距離戦術打撃群代表として参加したカリーヌ少将はあえて作戦開始時間の変更を具申し、説得力のある説明によりそれを承認させたという。
……もちろん、作戦が失敗に終わった場合は"責任を取る"という条件付きでだ。
「小さい国の首都ならこんなもんかね……」
「私は気に入ったけどな。地元みたいな雰囲気で嫌いじゃない」
アイスランドは人口30万人程度の小さな島国であり、その風景を見た超大国オリエント連邦出身のリリスが抱いた第一印象は"のどかな都市"だった。
一方、同じオリエント連邦出身でも地方都市サンリゼ生まれのアヤネルは"原風景"を感じていた。
「こちら731リーダー、ここまでの移動補助に感謝する」
短距離戦術打撃群航空隊のオーディールは巡航形態時に別のMFを載せて運搬できる"リフター"と呼ばれる能力を持ち、今回は非可変機のスパイラルB型を運用するデンマーク空軍第731戦闘飛行隊各機を機体上面に掴まらせていた。
731飛行隊隊長は自分たちの足代わりとなってくれた"蒼い悪魔"たちに感謝の言葉を伝えつつ、乗機のマニピュレーターを蒼いMFから離して別行動へと移行する。
「貴官は良い腕をしていると聞いている。私たちがカバーし切れない戦域は任せたぞ」
「了解! あんたたちほど上手くはないが最善を尽くすさ」
純粋な戦闘力ではセシル率いる短距離戦術打撃群航空隊の方が遥かに高いが、この部隊は6機編成の少数精鋭ゆえ大規模作戦では手数が足りない場面も出てくる。
そういう時の対処方法は単純明快、731飛行隊のような中堅以上の実力を持つ友軍部隊にカバーしてもらうのだ。
「731各機、作戦開始! 俺たちの主任務は東部地域の制空権確保だ!」
隊長機の号令を受けた複数機のスパイラルは一斉に右旋回し、ドロップタンクを切り離してからレイキャヴィーク東部地区へと向かって行くのだった。
今回の作戦は市街戦ということもあり、小回りが利かず精密攻撃の手段も限られる短距離戦術打撃群艦隊は市街地上空に入らず後方で待機している。
「アドミラル・エイトケンCICより各機、あなたたちの任務は分かっているわね?」
その代わり、後方から収集した情報を航空隊に適宜伝えることでサポートする。
作戦開始直前、艦隊旗艦アドミラル・エイトケンのCIC(戦闘指揮所)に滞在し指揮を執るカリーヌは任務内容の再確認を行う。
「ええ、市内北西部の空港及び港湾施設の無力化ですわ」
自分たちに与えられた最も重要な主任務を復唱するローゼル。
レイキャヴィーク市内にある民間空港と港湾施設は緒戦でレヴォリューショナミーに占領されており、アイスランド西部における軍事拠点として利用されていた。
「レイキャヴィークの南東方面からはUK|(イギリス)の航空部隊がやって来るはずだ。私たちは作戦エリア奥地の一番面倒な場所の処理を押し付けられたな」
セシルたちが向かっているレイキャヴィーク北西部は自陣から見て最も遠い場所に位置する。
一応イギリス軍MF部隊も別ルートから進軍してくる予定だが、彼らと合流するほど手間取っている時点で奇襲攻撃は失敗と言えるだろう。
今回の作戦は短距離戦術打撃群の驚異的な戦闘力に依存し、その存在を前提に立案されたある意味杜撰な内容であった。
「市街地にはまだ一般市民が残っている可能性もある。非戦闘員への被害を避けつつ、迅速に作戦を遂行しなければいけない」
また、ヴァイルが指摘しているように市街戦では一般市民の存在が懸念事項として付きまとう。
多国籍軍によるレイキャヴィーク奪還作戦を察したレヴォリューショナミーは数時間前にSNS上で"市民たちはシェルターへの避難を開始している"という異例の声明文を出したが、相手は世界規模での武装蜂起を起こしたテロリスト集団。
実際には市民を人間の盾として利用するつもりかもしれないし、そもそも如何なる理由であれ非戦闘員を巻き込むような戦い方は許されない。
「隊長! レーダーに敵航空機らしき反応を確認しました!」
「迎撃機を上げてきたか……全機、FCS(火器管制システム)のセーフティを解除! 交戦を許可する!」
スレイの報告を受けたセシルは指揮下の全機に対し事実上の交戦許可を出す。
「(レヴォリューショナミーの黒いヤツ……同じ奇策は二度と通用しないと思え)」
メカニカルトラブルに付け込み自分を苦戦させた黒いヤツ――。
作戦目標の達成と同じぐらいセシルはこの敵の存在を強く意識していた。
複雑に入り組んだ市街地は対空兵器の設置に適したロケーションだ。
建築物への誤射を避けるため射角が制限される場合があるとはいえ、それは航空機側も対空兵器への対処が難しいということを意味する。
民間人の避難状況が確認できない時は尚更対地攻撃に躊躇いが生じるだろう。
「ブフェーラ1、ミサイル接近!
「SAM(地対空ミサイル)め! 市街地に紛れて配備しているのか!」
短距離戦術打撃群航空隊がレイキャヴィーク市街地上空に差し掛かったその時、空から見て死角となる街路に配置されていた対空車両からミサイルが発射される。
アヤネルの警告よりも先にドロップタンクを緊急パージしたリリスのオーディールは危なげ無く回避できたが、この戦闘エリアにはこういった防空網が張り巡らされている可能性が非常に高い。
彼女らはいつも以上に神経を尖らせながら戦わなければならなかった。
「我々の任務はあくまでも空港と港湾施設の無力化だ。邪魔な防衛戦力だけを叩きつつ、可及的速やかに目標地点への到達を目指す」
各地に分散配置されているであろう対空兵器をチマチマと潰していく余裕は無い。
対空攻撃に晒され続けるリスクは承知の上でセシルは目標地点への到達を優先させる。
「まずは目の前の迎撃機たちを突破しないといけないわね……!」
無論、敵が待ち構えているのは地上だけではない。
自分たちの行く手を阻むように現れた敵航空戦力を視認したスレイは一気に集中力を高め、複数の敵機をロックオンし攻撃態勢を整える。
「敵機識別――"UTA《ウータ》"と……サイクロン!?」
接敵前に敵機の機体照合を行ったローゼルは驚きの表情を浮かべる。
UTA《ウータ》――ルナサリアン製無人戦闘機LUAV-02こと"オンリョウ"はお馴染みの敵戦力である一方、欧州各国共同開発の"サイクロン MGR.1"は本来イギリス軍に納入されている機体だったからだ。
つまり、友軍として別行動中のイギリス軍MF部隊と全く同じ機種である。
「正規軍を離反した連中が持ち出した機体だ!」
レヴォリューショナミーはエース機に代表される高性能兵器を独自開発する能力があるとはいえ、物量作戦を展開できるだけの生産能力はまだ整備されていないと云われている。
それを補うため離反者には"持参金"の持ち込みが求められているのかもしれないとヴァイルは推測していた。
「"蒼い悪魔"か……あんたたちに恨みは無いが、ここを通すわけにはいかん」
白い三本線で国籍マークが塗り潰されたサイクロンを駆るMFドライバーはイギリス英語で呟く。
この男が率いるMF小隊との交戦は避けられそうになかった。
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