【17】ミルクの霧の中(後編)

 母艦アドミラル・エイトケンの周囲を飛び回り、対空砲火の隙間を掻い潜れる瞬間を狙う敵航空戦力。


そして、それを支援するために濃霧に紛れて長距離射撃を仕掛けてくる敵エース機。


艦隊防空のためには両方を相手取る必要があるが、どのように戦力を割くかゲイル隊は判断を迫られていた。


「(霧の中で正確な長距離射撃を実行できる技量――全く、厄介なテロリストめ)」


対艦攻撃を担当している"Gr-9B マーキス"はこれまでの戦闘でだいぶ数を減らせており、ゲイル隊が運用するオーディールM3との性能差など諸々の要素を考えれば脅威レベルは高くない。


ゲイル隊を率いるセシルとしては、むしろ長距離射撃で母艦を直接叩こうとしてくる敵エース機の方が厄介だと感じていた。


「ゲイル各機、お前たちは艦隊にまとわりつく"マーキス"を引き続き迎撃しろ!」


こういうケースにおけるセシルの行動パターンは大体決まっている。


彼女は2機の僚機に対し艦隊の脅威となるGr-9Bの迎撃を継続するよう命じる。


「隊長は……あのエース機たちと単独で戦うつもりですか?」


「ブフェーラ隊が上がるまでの辛抱だ! 短時間なら私一人でも押さえられる!」


今回の先頭における敵エースとは、長距離射撃が得意な重射撃機と高能力人工人間バイオロイドの専用機の2機を指す。


どちらも一筋縄ではいかない強敵でありスレイは単独戦闘のリスクを指摘するが、セシルは"味方部隊の出撃時に再合流する"という条件を自らに課すことで部下の提案を退ける。


「ゲイル2、私とエレメント(2機編隊)を組め! 隊長を信頼しろ!」


「……了解!」


上官の頑固な気質を理解しているアヤネルはスレイを呼び寄せ、自身と編隊を組ませることで事実上の支持を表明する。


これ以上方針に異を唱える必要は無いと判断したスレイも同僚の言葉を受け入れ、ここからはゲイル隊の十八番おはこである2:1の自由戦闘パターンへと移行するのだった。




「(E-OSドライヴ、パワーレベル100。テロリストの相手は私一人で十分だ)」


継戦能力重視で抑えていたE-OSドライヴの出力を100%に引き上げ、敵エースとの交戦に備えポジショニングを開始するセシルのオーディール。


ただし、時間限定で100%を超える出力を発揮する耐Gリミッター解除機能"G-FREE"は本当に必要な時に備えて温存しておく。


「敵部隊の一機が単独戦闘へ移行。おそらく指揮官機と思われる」


「"蒼い悪魔"の指揮官機――ゲイル1はたとえ単機でも脅威的な存在よ」


バイオロイドNo.666"ライブ"の報告を聞いたホロはこれまで以上に気を引き締める。


蒼い悪魔ことゲイル隊は部隊全体が高水準なことで知られているが、その平均値を跳ね上げているのが突出した戦闘力を持つ指揮官機の存在だ。


前の戦争で同じ戦場に居合わせた兵士の話によると、ほぼ一人でルナサリアンの巨大兵器を解体したとか……。


「ベーオウルフ、機体性能はあなたの方が上だ」


「だけど、あの人はオーディールという機体のポテンシャルを常に100%以上引き出すことができる」


良くも悪くも論理的思考のライブは"機体性能によるアドバンテージがある"と人工人間アーティファクトらしい意見を述べるが、元オリエント国防空軍軍人だからこそホロはセシルの実力を大袈裟なまでに警戒していた。


事実、軍にいた頃に挑戦した同一条件のシミュレーター訓練では一度もスコアを超えられなかったのだ。


「単独戦闘は禁止! 個々の戦闘力で劣る分は連携でカバーする!」


「了解。過去の記録から敵機は接近戦が得意と予想される」


おそらく、下手に前衛と後衛を分けると普通に各個撃破される可能性もあり得る。


そこでホロはコンピュータの如き記憶能力を持つライブの報告を基に戦術を立案。


2機による連携自体は必須としたうえで、それを分断されないよう激しい攻撃で畳み掛ける方針で行く。


「マイクロミサイル、シュート!」


「ライブ! 敵機との間合いを一定以上に保てるよう牽制をお願い!」


先に動いたセシルのオーディールのミサイル攻撃をかわしつつ、機動力が高いリガゾルドを駆るライブに牽制攻撃を命じる。


ホロの乗機イセングリムスは射撃戦特化の大型MF。


持ち前の強力な射撃武装を活かすには懐に飛び込まれないことが重要であった。




「了解。交戦を開始する」


「(一機食い付いた! バイオロイドの機体か!)」


命令を受けたライブは乗機リガゾルドを加速させ、かなりの速度で低空飛行するセシルのオーディールを追いかける。


リガゾルドはオーディールの設計コンセプトをパクったと噂される可変型MFであり、バイオロイド用に最適化された操縦性以外の機体性能は互角と云われている。


要するに腕の良い方が勝つ可能性が高いというわけだ。


「射撃開始」


「ファイア! ファイア!」


ライブのリガゾルドがアサルトライフルによる牽制射撃を仕掛けた直後、それに合わせるようにホロのイセングリムスも背部折り畳み式レールキャノンを発射。


後者はマニュアルモード時に左右のレールキャノンを個別操作できる特性を活かし、意図的に発射タイミングをずらすことで事実上の連射を行い手数を増やす。


「ッ……!」


「ファイア! ファイア!」


霧を掻き消すほどの弾速で飛翔するレールキャノンの一撃をもろに食らったら、いくらセシルのオーディールでも無傷では済まない。


彼女は大破炎上する友軍艦隊の残骸を遮蔽物として利用し、続けて飛来するイセングリムスの腰部レーザーバスターランチャーによる攻撃から逃れてみせる。


「素早いッ……! 回避運動を取らせないで!」


蒼いMFの未来位置を予測した偏差射撃はかなり正確なはずだが、霧の中でも動きが全く鈍らない相手にはさすがに命中しにくい。


横槍を入れてくるロシア海軍のGr-9Bを片手間で処理しつつ、ホロはライブに対してより強気な牽制攻撃を求める。


「(どちらを先に落とすべきだ? 撃墜に要する手間はあまり変わらないかもしれないが……)」


一方、しつこく食らい付くリガゾルドを引きずり回しながらセシルは攻撃目標の優先順位を考えていた。


彼女の愛機オーディールと同等の性能を持つバイオロイド専用MFか、それとも長射程と火力は厄介だが接近戦に持ち込めば完封できる重射撃機か――。


どちらの択を取るにせよ、片方を撃破できれば状況は一気にセシル有利へと傾くだろう。


「ターゲット、ロックオン。マイクロミサイル発射」


ホロの命令に従いマイクロミサイルを使い切るように一斉発射するライブのリガゾルド。


「ファイアッ! 当たれぇッ!」


短いクールタイムを終えたレールキャノンの照準を合わせ直し、今度は二門同時発射による一撃必殺を狙うホロのイセングリムス。


「(くそッ、どっちも面倒臭いが……私は遠距離からチマチマと殴ってくる奴の方が嫌いだ!)」


蒼い電流ほとばしる砲弾が機体の真横を掠めた瞬間、セシルはターゲティングを"個人的に苦手なタイプの敵機"に絞り込むことを決めたのだった。




「(真正面から突撃……!? でも、ヘッドオンならこちらも弾幕を形成すれば……!)」


回避運動から方向転換するや否や、小細工抜きのヘッドオン対決を仕掛けようとしてくる蒼いMFに驚きを隠せないホロ。


しかし、最大射程なら豊富な射撃武装を有する彼女のイセングリムスの方が上だ。


蒼いMFの兵装で最長の射程を持つと思われるマイクロミサイルも同等の物を多く搭載しており、弾数を活かして進路を遮れば突撃を阻止できるかもしれない。


「「マイクロミサイル、シュート!」」


セシルのオーディールとホロのイセングリムス――。


両機がウェポンベイのカバーを展開し、残りのマイクロミサイルを全弾発射したのは同じタイミングであった。


「くッ……CF(チャフ・フレア)散布!」


大型機ゆえ運動性が高くないホロは防御兵装のデコイを散布しつつ、比較的余裕を持った回避運動でミサイルをかわしていく。


「ぐぅッ……!」


一方、愛機の性能と自らの技量に絶対的自信を持つセシルの対応は想像を絶する方法だった。


自身のマイクロミサイルを発射した直後、蒼いMFは急減速で機体を意図的に失速させる特殊な戦闘機動"クルビット"へ移行。


機首を引き上げると同時にメインスラスターを最大噴射することで水を巻き上げ、それにより生じた水柱にマイクロミサイルをぶつけて物理的に防御してみせたのだ。


「ッ!」


蒼いMFの後方にいたライブのリガゾルドは不測の事態に退避行動を強いられ、その結果敵機の姿を見失うというバイオロイドらしからぬミスを犯す。


「ライブ! 敵機の反応があるけど姿が見えない! そっちは!?」


「確認不能! 水煙の影響で視認できない!」


ホロは機上レーダーで敵機オーディールの存在は把握しているが、マイクロミサイルの爆発等で巻き上がった水煙と元々立ち込めている濃霧により状況確認が全くできない。


それは彼女よりも視認性が良い上空にいるはずのライブも同様だった。


「そこにいるのは分かっているのよ! ウォータースクリーンの向こう側にいたってぇッ!」


姿は見えないが"そこにいる"という事実だけは確定している。


H.I.S(ホログラム・インターフェース)に表示されている情報と経験と直感を頼りに照準を合わせ、ホロのイセングリムスは大気の影響を受けにくいレールキャノンをオーバーヒート覚悟で連射する。


「うおおおおおおッ!」


次の瞬間、ウォータースクリーンの中から両腕にビームソードを握り締めたセシルのオーディールが姿を現す。


右肩と左脇腹の装甲が損傷していることから先ほどのレールキャノン連射は命中したようだが、完全な直撃弾には至らなかったらしい。


「なッ……!?」


ホロが想定していた可能性は"蒼い悪魔の撃破"か"視界不良に乗じた後退"の2通り。


しかし、それ以外のパターン――"強行突破からの突撃"に不意を突かれた彼女は反応が追い付かない。


「ベーオウルフッ!」


主の危機を察したライブはすぐにフルスロットルで救援に向かうが……。

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