444話 読めない人です

 長いようで短いような宗国視察は、波乱の中で終わりを迎えつつある。


 まさか国際問題級の出来事に発展するとはゴウライェンブ王も読めなかったらしく、五行試合の報酬として約束した『好きな宝物庫の宝をひとつ譲る』という約束に加えて俺たち個人にそれぞれ豪華な土産をつけてくれた。


「こんなに貰って良いのか? お返しの品だけで俺の給料数ヶ月吹っ飛ぶぞこれ。胃が痛くなりそうなんだが」


 買おうと思っていた騎士団土産をカバーしてもなお有り余る報酬の数々に困惑する俺に、アストラエは何でもないように笑う。


「大国の王たる者、器の差を見せるためにこういう時はケチケチしないものさ。相手が太っ腹だったってことだけ覚えていればいい。お返しなんて求められてないって」

「そういうもんなの……?」


 ちなみに俺は宝物庫の宝は何を貰えばいいか分からず適当にイセガミの実家に合いそうなインテリアとして見たこともない変な女神像を貰った。顔や手が沢山ある不思議な像だ。指さした瞬間にゴウラィエンブ王が一瞬動きを止めたのが気になる。

 俺には変な像にしか見えないが、とにかく雑に扱うのはやめようと思った。


 他人からすればガラクタにしか見えなくとも、実は貴重というパターンはある。前にカリナ古代遺跡群で遺跡の被害を極端に気にしていたのにはそういう事情もあるのだ。

 もっと壊れにくそうな宝剣とか貰っておけばよかったと後悔した俺であった。


 ちなみにアストラエは見たこともない紋様の茶器を、セドナはパンダオなる白黒の珍獣が描かれた屏風を貰っていた。もれなく王が一瞬動きを止めたので、二人とも自らの審美眼を全開にして容赦なく貴重品の中の貴重品を狙ったようである。


「なんか身内がすいません」

「……おぬしの持っていったアラス神像が最も貴重なのだがな。いや、うん。二言はないけどサ」

「マジですか」


 振り返ってアストラエを見たら爆笑してたので蹴った。

 こんにゃろう、知ってて黙ってたな。


 結果だけ見るとゴウライェンブ王は当初の目的を達成できなかったが、実質的にドンロウ派を潰してその利権をある程度コントロール出来るようになった。ただ、ドンロウ派はバン・ドンロウあってのドンロウ派であると主張する者もおり、前途は多難そうだ。


 世間ではバンは恥知らずの悪党だという声が大きい一方で、バンは国に嵌められたとか、弟子に被害が及ばぬよう敢えて恥知らずな真似をして周囲の憎悪を買ったと主張する者、またバンの試合をまた見たいから指名手配を取り消せと主張する声まであるそうだ。

 無敗の武人という定着したイメージは強力であることが覗える。


 しかも犯した罪の一部が世間に公表出来ないので、民にはバンの罪を過小に見る者もいる。次のサミットでその辺の不均衡をどうするかも議題に上がるとゴウライェンブ王は忌々しげだった。

 ドンロウ道場四聖拳のうちイェンとユージーはバンを止める為に動くつもりらしいが、バンの動向が読めない今、俺たち王国に手伝えることは殆どない。そもそも王国にも裏切り者がいることが確定しているのだから、他所の国の手伝いしてる暇があったら国内を正せという話である。


 宗国でも皇国でも、既にオーク研究は一定の成果を出して実地試験をやっている段階だと思われる。ということは、本番があるということだ。誰が何のために実行するのだとしても、絶対に看過は出来ない。


 そうこうしているうちに、あっという間に懐かしき王国への帰郷の船に乗る時間になった。

 船の前で、俺たちは見送りに来てくれた面々と最後の会話を交わす。


 ショウ・レイフウ師範はあのあと王に道場を修繕して貰ったらしく、ドンロウ派の嫌がらせで去って行った弟子が戻ってきたり、五行試合での番狂わせに感化されて弟子入りを志願する人が押し寄せたりと大変らしい。


「まったく、貴方方のせいだとは言いたくない所ですがな……王が話をしに来た時点でその辺りは諦めております。免許皆伝の弟子を呼び戻してなんとかしましょう。イーシュンとコルカ殿も手伝ってくれると言いますしな」


 心労が見て取れるショウ師範だが、そこはなとなく嬉しそうにも見える。

 あの試合を目撃したことで、枯れた筈の武人の性に再び火が灯ったのだろう。

 ショウ師範の視線の先には、イーシュン・コルカ夫婦がいた。


「実家の店が忙しいハズなのに、いいのかよイーシュン?」

「門下生への食事の用意をうちの店への委託契約という形にしてみました。それに自分たちも五行試合の報酬で従業員を増やせることになりましたし」

「新人たちはタマエ料理長から受け継いだ教育ノウハウを活かして立派な拳士……じゃなくて王国料理人に仕上げて見せますよ!」


 やる気に満ちあふれているコルカの中では、やはりあの偉大な師匠の教えが息づいているようだ。料理班に土産話として聞かせてあげよう。


 ちなみにガドヴェルトも来ており、腕を組んで笑っている。


「道場の方を暫くちょこちょこ手伝うことにした。もう少し教わりたいこともあるのでな!」

「はぁ……弟子がおぬしを師範と呼び出すのも時間の問題だ……」

「まさか! 弟子など抱えられるほど器用じゃないわ! それに、バンのヤツが王の横やりで逃げたからな……次に会う時はヤツはもっと強いかもしれん。決着はつけたいところだ」


 あれを「王の横やり」と言い切ってしまう辺り、ガドヴェルトも大概戦いが好きである。バンの拘りが力にあるとすれば、ガドヴェルトの拘りは闘争そのものにあるのかもしれない。


 ただ、これに黙っていないのがユージーとイェンだ。


「決着はつかないかもしれませんよ? なにせ弟子の私たちが先に倒す予定ですから」

「あの人も弟子に負けるなら諦めがつくだろーよ」


 彼らも相当に大変なようだが、俺たち王国組はあまり接点がないのでそんなに話はしていない。一つだけ知っているのは、この場に本物の方のレンがいないことだ。ユージーが俺を警戒しているのだ、弟の骨をバキバキに折った俺を。それに関してはバンが悪いと思うのだが、解せない。


 さて、そろそろ気になっていることを聞こう。


「……なんでリュンちゃんとリューリンが王国行きの船に?」


 その言葉にリューリンの肩がびくりと跳ね、彼女はそのまま妹のリュンの背に隠れてしまった。ただしリューリンの身長が高いので隠れられていないが。


 リューリンがリュンの姉だったというのは後から知ったトンデモ事実だが、せっかく家族に巡り会えたのに祖父から離れて異国の地に向かってもいいのだろうか……と思っていると、妹のリュンが口を開く。


「その、わたしが前々から王国に行ってみたかったのと……やはり姉のことを快く思わない門下生が多いのではないかという話になりまして。ほとぼりが冷めるまでは二人で海外にいようって」

「……そういう、ことです」


 リューリンは戦いの際に見せた苛烈な一面が完全に鳴りを潜め、いっそ逆にいじめられっ子みたいな気弱な子になってしまっている。よく分からないが、今まではキツめの厚化粧で気を高ぶらせていたらしい。


 しかし、確かに五行試合においてリューリンはかなり白眼視される行いをした。ドンロウ道場の門下生でさえ多かれ少なかれ師匠のことで白眼視されているのだから、その上で試合のなかで反則を行ってしまったリューリンへの視線は厳しいものになるだろう。

 セドナが二人に笑顔を向ける。


「まっかせといて! うちの家にホームステイさせたげるから!」

「わぁ、楽しみ! セドナちゃんの家ってどんなのかなぁ」

「騎士の家だから、狭くはなさそうかな……?」


 この短期間でリューリンとも仲良くなっていたのか、彼女はセドナには怯える様子がない。が、もしかしてセドナは自分の実家が大富豪であることを二人に伝えていないのではないだろうか。

 建物だけでレイフウ道場の全敷地をも上回る巨大なホームステイ先を前に二人がどんな反応をするか見てみたい気もするが、セドナなりのサプライズかもしれないので言わないでおいてみよう。


 ちなみに少し離れたところでダーフェン・ホンシェイ兄弟とロマニー、そしてネフェルタンが別れの挨拶をしている。ダーフェンはロマニーと別れるのが相当辛いのか名残惜しんでおり「この国に残りませんか?」とまで言って弟をぎょっとさせているが、勿論ロマニーは愛しの妹ノマのために王国に戻るし、ネフェルタンも「残念ですがご縁がなかったということで諦めてください」と拒否している。


 あれ、でもネフェルタンは王国メイド長の座を狙ってるからロマニーがいないくなるのは都合が良い筈なんだけど、やけに強めに拒否しているな。これはあれか、ダーフェンがこのまま実は女装男に本気で惚れているのを哀れんで関係を断ち切ろうとしてあげているのか。

 流石は副メイド長、そこまで慮っているとは出来る人だ。

 ダーフェンのために心を鬼にした彼女はロマニーの手をしっかり握って船へと連れて行く。恨まれ役を買って出ているのだろう。


「さ、メイド長。あの男が野蛮な本性を見せる前に急いで船に避難しましょう」

「ネフェルタン? 貴方普段はわたくしに対してそんな態度じゃないですよね?」

「……か、勘違いしないでくださいね。同性愛を否定する訳じゃないですよ。ただ、貴方にいなくなられるのは色々困るだけですから!」

「ネフェルタン? なんでいま手を恋人繋ぎに握り直したんですか?」


 ……いや、気のせいだったかもしれない。

 とりあえず暫くしたらノマに二人の関係がどうなってるか聞いてみよう。それで全てがはっきりする筈だ。憶測でものを考えすぎるのはよくない。ただしオークの悪い憶測は別とする。


 オークと言えば、人語を喋るキメラオークは結局全て殺されたらしい。

 一応、一部を解剖用に譲り受けている。

 人の言葉を喋り、理解するオーク――そんなものは考えたこともなかった。もしオークが侵略者然とした考え方ではなく人間寄りの理性を示したとき、俺はそれでもためらいなく殺せるだろうか。俺には分からないが、そのときは自分の騎士道に従い、その後の処分は全て受け入れるしかないだろう。


 だとしても、だ。


 やがて、船は港を出る。

 皆を見送って手を振った俺は、ふと港の近くの崖を見た。


「――」


 そこには、バン・ドンロウがいた。


 バンは片手を挙げて挨拶の姿勢を取ると、不敵な笑みを浮かべて即座にその場から姿を消した。指名手配中で捕まるリスクがあるにも拘わらず、わざわざ見送りに来ていたらしい。今から船を下りて追いかけることは許されないし、港と離れすぎて彼がいたことを伝える手段もない。


 バンに気付いたのは俺とアストラエ、そしてセドナだけだ。

 俺は、ため息をつく。


「最後の最後までに、俺には分からんジジイだ」

「挑発かな? それとも当人なりの敗北宣言か?」

「分かんないけど、単純に将来有望な拳士を見送りたいだけかもね。もし宗国の誰も自分に勝てなかったときは王国に乗り込んでお前らと戦う、ってことかも」

「マジでろくでもねぇジジイだな。この世のジジイはろくでもねぇのばっかりか?」

「君の所のルガー団長とは180度違うとは思うけどね」


 ひげジジイことルガー団長は、身内をコキ使うが見捨てはしない。

 その一点だけは、ひげジジイの方がましだと断言できる。

 それはそれとして今までの数々の悪行は許さんけど。


 こうして、拳と拳が交わる世界最大の拳法大国、宗国での視察は幕を閉じた。



 ――その日の夜、海原に揺れる船の甲板でトレーニングをしているとセドナが姿を見せた。「ちょっと話しよう?」と誘われ、汗をタオルで拭いて船のふちの手すりに行く。


「どした?」

「ちょっと伝えたいことがあってさ」


 セドナは空の月を見上げている。

 今の空は雲があまりなく、美しい弧を描く三日月が輝いていた。

 いつも直接的な彼女にしては珍しく、少しその時間が続く。

 やがて彼女は本題に入る。


「……わたしね、ヴァルナくん」

「ん」

「ヴァルナくんに待って貰わなくていいから」


 潮風が、吹いた。

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