第十八章 誰が為に拳を握るか

419話 力は力に過ぎません

 皇国での大騒動を終えて、船団の一部はスパルバクス護送のため王国へ帰港。

 代わりの護衛船を引き連れた俺たちは宗国の王朝へと向かった。


 宗国は、とても新鮮だった。

 本でしか見たことのない複雑で緻密な作りの木造建築物、目に鮮やかな朱を中心とした色合い、王国や皇国とは根本的な部分が異なる曲線的なデザインの数々。町行く人々のエネルギッシュさも特徴的で、町の広場では老人達が独特のゆったりとした拳法の型で運動していたのには驚いた。


 なにより屋台料理がどこも美味しそうで、王国でも馴染のないものばかりだった。セドナが相当興奮していたが、流石に食べてみたいものが多すぎて、しかも宗国王宮でも食事を振る舞われる予定だったのでアストラエと二人で「後の楽しみにしとこ、な!」と説得するのが大変だった。


「絶対おいしいのに。二人とも意地悪だ!」

「ワガママ言うんじゃありません」


 不貞腐れるセドナだったが、流石に王宮までには気持ちをセットしなおした。


 宗国の王である宗王ゴウライェンブは、皇国と違って対等な立場として歓迎してくれた。

 歓迎の食事の量は、ちょっと尋常じゃなかったがかなり美味しかった。歓迎の舞いなんかも大規模で、質より量を取りながらも質そのものも保っているという印象を受けた。


「朕は貴殿らと友好的な関係を築きたいと思っているよ」


 宗国は技術、歴史共に奥深いものを持っているが、奥深すぎて他国の技術や品を軽んじる傾向があったそうだ。しかし、大陸中央で物流が加速していく今、海路が狭いままでは時代に置いて行かれると宗王ゴウライェンブ王は考えたようだ。


(先見の明はありそうだね、あの王は)

(商家の娘としては、ちょっと判断遅くない? って思っちゃうけど)

(そりゃ王国一の敏腕商人と比べると無理ないだろ)


 ちなみに俺は皇国以上に歓迎されていた。宗国側は主にセバス=チャン・バウレンの弟子である部分をやけに気にしていたが、そのときは理由までは分からず、とりあえず演舞を披露しておいた。


 話を貿易のことに戻す。

 宗国の西には巨大な山脈があり、陸路での移動は北に大回りしなければならないという地理的な事情がある。故にこれまで海外との貿易は限定的なものだった。しかし、海路が拓かれればこの物流は劇的に変化するだろう。宗国はそのために王国から造船技術や航海術を学びたいようだ。

 あんまり知られていないが、王国は四方を海に囲われた国なので航海術や船のシェアは世界最高峰だ。そのために相応に譲歩してくるだろう。


 ただ、貿易関連の話し合いで主張が強かった宗国のバン・ドンロウという男は気になった。宗国内最大の商人派閥――王国で言えばセドナの父であるアイギア・スクーディアのような存在らしいバンは、一商人にしてはやけに発言が強気で、王国との貿易を自分たちで一挙に担ってやろうと言わんばかりだった。


「王国と貿易が始まった暁にはこのバン・ドンロウ、粉骨砕身して宗国の素晴らしさを王国商人達に伝えてゆきますとも!!」

(気のせいかな……ううん、気のせいじゃない。この人、遠回しに王国商人を食い物にするって宣言してる。パパなら絶対こんな上から目線の一方的なアピールはしない。この人がやろうとしてるのは、商売じゃなくて侵略……?)


 セドナはそのバンをやたら訝かしがっていたが、俺とアストラエも少なかれ同じ気持ちだった。なにせ、彼が大言を放つたびに大臣たちの渋面と、「ドンロウ一派め」という言葉が聞こえてきたからだ。

 会合を終えたあとにそのことが話題に挙った。


「バン・ドンロウ……マジで何者なんだ? 大臣や各地の領主よりよほどデカイ顔してたぞ」

「あれは唯の商人ではないな。彼がえばって注目を浴びる度、一部の領主と大臣がやけに静かだった。それほど深いところまで食い込んだ一族なのかもしれない」


 それから、町の散策がてら聞き込みをして回ったのは今だ記憶に新しい。

 セドナたちは存分に町を楽しみ、同時に情報も収集。更に王国の側もこのドンロウ一派について調査を進め、夜にはそれらの情報は纏まった形になっていた。


 ドンロウ一派――その正体は、ドンロウ正拳法という国内最大の流派、その暴力が生み出す巨大な利害関係の存在だった。


 道場が少ない王国とは対照的に、宗国では道場の力が予想以上に強く、社会に及ぼす影響も絶大であるらしい。護衛、治安維持、魔物討伐など、一廉の武人であることは宗国では強力な肩書きになるらしく、その中でも国内最強にして最大と目されるドンロウ正拳法を扱うドンロウ道場の影響力は俺たちの予想を遙かに超えていた。


 ドンロウ道場の門下生は国内で治安維持、護衛、魔物討伐、トラブルの解決など何をするにしても引っ張りだこで、その需要が余りにも高まりすぎてドンロウ道場の発言力は増加の一途を辿り、今ではその総本山の頂点であるバン・ドンロウは大領主数人分の発言力を実質的に握っているという。


 ドンロウ正拳法を教える宗国全ての道場の師範がバン・ドンロウの配下。

 当然、師範が配下なら部下もバン・ドンロウが好きに使える。

 そして部下たちが関わる町や組織はドンロウ一派の機嫌を損ねればもはや生活が立ちゆかない段階に来ている場所もあるという。


 事実、町を回っている間にドンロウ一派の者が繰り広げる乱暴狼藉を三人は何度か目撃していた。彼らは悪びれる様子もなく、役士――王国で言う衛兵に相当する役割のようだ――も見て見ぬふりだった。あのとき反射的に動こうとした俺をメンケントを加えた三人がかりで止めてくれたのは助かった。

 セドナは特に、ドンロウ一派の行動に怒り心頭だった。


「実行力で上の立場を陣取った上で、商人として物流も握るなんて! こんなのやくざよりタチが悪いよ!」

「しかもドンロウ一派はその莫大な利権が生み出す金を税金として献上しているみたいだね。それどころか色までつけてると見た。これは宗国もバンに大きな顔をさせる訳だよ」


 宗国もこの男を放置することの危険性は承知なのだろう。

 しかし、ドンロウ一派の人間は既に宗国中枢にまで入り込み、しかも宗王の顔を立ててしっかり利益を献上している。弱者に寄り添わない反面で、実力も実績もあるこの集団は国家全体で言えばどうしようもなくプラスなのは帳簿が証明してしまっているのだろう。

 アストラエは更に、別の懸念を抱いていた。


「こんな暴力商人が王国に入ってきたら、間違いなく荒れる。いや、国家に依らない立場なのを良いことにどんなことでもしでかすかもしれん。暴力で上手くやってきた組織は暴力に依るやり方しかしない。宗国としては政治的に排除出来ないのだろうが、この一派は目障りだな……」


 そこには、アストラエの王子としての冷徹な側面が垣間見えた。

 俺はと言えば、機嫌が悪かった。

 その理由をセドナもアストラエも知っているのか何も言わない。


(金儲けはいい。仕事するのもいい。だが、金と暴力に物を言わせて他の道場を次々に叩き潰してドンロウ正拳法一色で武術を統一しようってのは、何なんだよ……!)


 バン・ドンロウが最も気合いを入れている部分。

 それは、ドンロウ正拳法に敵する流派の排除だった。

 ともすれば、この一派の規模と莫大な利権は最初からそのために用意したのではと思うほどに、やり方が苛烈だったのだ。


 金と数で脅してドンロウ一派に下るならよし。

 断る場合、金銭的、物理的にも徹底的な嫌がらせをするし、身分を隠したドンロウ一派の道場破りをけしかけるし、周囲の住民にも相手道場の悪評を流布し、時に門下生の家族を意図的に危険にさらして脅しまでかける。


 もし正々堂々拳で勝負だとなると、バン・ドンロウの直弟子である『四聖拳』と呼ばれる四人がバンとともに出張ってきて、達人だろうが師範代だろうが容赦なく公衆の面前で徹底的に叩き潰す。この『四聖拳』は本物の実力者で、既に何人もの有名流派のトップを再起不能にしてきたという。


 しかも、彼らは自分たちの一派に素直に下った流派は厚遇し、彼らの流派の利点をドンロウ正拳法に取り入れるなど、ただ単純に敵を潰すのではなく自らの糧にしようとする姿勢を見せる。これがドンロウ一派の恐ろしさであり、弟子の為、家族の為と敢えて下った道場はみるみる裕福になっていく。

 ドンロウ一派と反目する道場たちも、このやり口に気勢を揺さぶられているらしい。


 目指すは、ドンロウ正拳法が世界最強の拳法のであることを証明すること。

 俺は、それを唾棄すべき思想だと思う。


「何が強さ、何が最強だ。権力と数と影響力も力の内だって言いたいのか? 強さそのものに意味などあるものかよ。合理的に最強を追求しても、その先に生まれるのは暴力だけだ……!」


 俺は、自分が最強であるということそのものには意味はないと思う。

 俺が最強の肩書きを持つことは客観的事実だが、それだけなのだ。自らの騎士道を貫いたり職務を全うするにあたって力が必要な場面で、それを行使しているだけだ。


 力そのものが意味を持てば、正義は暴力に取って代わる。

 だから、俺は力に手段以上の価値を見いださないのだと思う。


 セドナはこの組織の商人としての下劣さに憤り、アストラエはこの組織は将来的に王国の障害になると予想し、俺はこの組織の求める身勝手な強さに反感を覚える。

 これほど明確に敵だと断言したくなる組織は初めてかもしれない。


 三人は、この一派とは遅かれ早かれ戦うことになると、このとき既に確信していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る