398話 出来たてをおあがりください

 所変われば事情も変わる。

 王国内では天下のオーク狩り騎士も、仲間がいなければこんなものだ。せめてここに同僚達が居たらもう二、三歩踏み込んだ調査が出来たろうが、ルルに「専門家とか言っといて全っっ然役に立たないじゃない!!」と怒鳴られた俺は謝罪するほかない。


「あのねぇ!! 観光気分のそっちはいいかもしんないけどこっちは凄い微妙な時期なの!! どんな事情があっても、いまの任務失敗は年二回の評価査定に響くのよッ!! これだから騎士って!!」

「これ騎士関係あるか?」

「うっさい口答えすんな!!」

「はぁ」

「なにそのめんどくさいですって言わんばかりの態度!」

(事実めんどくさいと思ってるけど)


 そもそもこの場に俺が来ようが来まいがルル達の仕事達成には何の影響もなかったのではないかと思ったが、言ったところで頭に血が上った今の彼女には通じないだろう。何故か彼女の仲間のセフィールが「その人を怒らせたらダメ!」と必死の形相で止めていたのが印象的だった。

 確かに、一応こちらは皇国が招いた賓客みたいなもんなので手を出せば後々大変なことになるというのは当然の発想だろう。とはいえ彼女の形相がまるで死地に自ら向かう友を引き留めるようであるのはちょっと気になるが。


 ともかく撤退を前提に話は纏まり、日が沈んだ頃には既に翌日の朝にはギルドに帰る算段を立てていた。今日はもう夜も更けたため、リスクを避けて森の中で夜を明かす。


「にしても魔物が出るかもしれない場所でキャンプとは、冒険者はこれが普通なのか?」

「本当はやらない方がいいが、冒険してればそんな場面は必ず出るさ」


 ルートヴィッヒは慣れた動きでテントを張った場所に何やら小袋を等間隔で数メートルおきに設置していく。魔物の嫌う成分が入っているらしい。少し臭いが、嗅いだことがあるにおいの気がして記憶を探る。


「これ、クリフィア掃討作戦のときにオークを燻り出すために投擲した臭気弾の臭いに似てるな」

「成分はほぼ一緒なんじゃないか? こういうのは大体、自分よりヤバい生き物がいると誤認させる効果があるそうだし。とはいえ何かの拍子に突破する者もいるから、数時間おきに入れ替わりながら誰かが番をするのが普通だ」


 この臭い袋を俗に『結界』と呼んでいるそうだ。

 ついでに見晴らしを阻害する丈の高い草も余裕があれば刈るという。

 様々な説明に耳を傾け、外対騎士団の野営に通じるものもあれば、少数だからこその配慮もあるなと思う。すると、途中でフクロウの鳴き声が響き、気配が近づいてくる。


『ホー! ギルドケイユ、ソクタツ!』


 暗闇を切り裂いて姿を現したのはフクロウだった。見覚えのある『共鳴のリング』が足に装備されていることと喋ったことから、このフクロウがファミリヤであることが分かる。よく見ればギルドのエムブレムがついた装備品をしており、手紙を運んできてくれたようだ。


『キャクジンニテガミ! キャクジンニテガミ! セドナヨリヴァルナヘ、ホー!』

「おう、ありがとさん。んじゃこっちの報告書もセドナに頼むよ。この筒の中に入れればいいか?」

『オクリサキカクニン! リョウカイ! ホー!』

「腹減ってるなら飯分けるけど……」


 いつもの騎士団所属ファミリヤなら食いついてくるが、ギルドのファミリヤはそれには返事すら返さずバサバサと翼をはためかせて夜空に飛び去った。ここではファミリヤの扱いが違うのか、それともあのフクロウは事務的な性格なのだろうか。

 やっと機嫌を直したルルと同僚二人を尻目に、セドナの手紙に目を通す。


 そこには、町での調査もそこそこに、セドナが独自に収集したオークの情報が書き記されていた。曰く、この辺りでは今までも何度かオークの異常行動らしきものが確認されているらしい。


「……流石セドナ。今回の件にオークが関わってるって聞いて過去の情報を漁ってくれたのか」


 そんなことは一言も頼んでないのに、必要になるかもしれないと予測して動いている彼女の有能さに舌を巻く。ここには仲間は居ないが頼れる友達がいることを俺は失念していたようだ。


 ――曰く、セドナが確認しただけでも、オークの異常行動は二年前には既にあったという。実際にはそれより前にもあったかもしれないが、王国民から見て異常行動でも地元民が気にしなければ異常として記憶には残らない。だから情報はそれほど多くは得られなかったという。


 報告の内容に興味を持ったのか、ルートヴィッヒとルルの同僚のマナが後ろから内容をのぞき込む。


「何が書いてるんだ?」

「らぶれたぁ?」

「違うっての」


 見られて困るものでもないため、そのまま読み進める。

 まず二年前、この近辺に急にはぐれオークが多くなり(駄洒落ではない)、纏まった群れによる近隣被害が減った時期があったという。こうしたことはその年に別の場所でも確認され、暫くすると元のオークの動きに戻ったため誰も気に留めなかったようだ。


 情報を得られた理由は、情報提供者はオークが出なくなったせいでもうワンランク上の危険度の敵に挑まざるを得なくなったから個人的に印象が強かったらしい。

 ちなみにこの少し前に例の魔王事件も起きていたようだが、これは余談だろう。


 それから約半年後、オークは通常量に戻った。むしろ居なくなった際の反動か増えていたくらいだったそうだ。


 それから少しして、魔物の異常死がちらほら発生。

 これはギルドの資料を漁って確認出来た事実らしい。

 それによると、普段オークが格上として襲わない魔物を徒党を組んで襲い、相手をなぶり殺しにしたり、逆に全滅したりしていたという。


 ギルドはこれをオークを起点としたものではなく、殺されたり全滅させた魔物側の異常として処理したようだ。そもそも扱いが大きくなかったのか、詳しい調査はなぁなぁで済まされ、記録も少なかったという。


 野生生物が他の生物を襲う理由は大別して二つ。餌にするため襲いかかるか、己が身や子供を守るには戦うしかないときだ。他のケースもなくはないが、群れで格上の魔物をなぶり殺しにするのは『する必要の無い戦闘』、つまり異常行動と言える。


 手紙の内容を見ていたマナが反応を見せる。


「これ、見た」

「オークの異常行動の現場をか?」

「これとは違うけど、断崖からなんの意味も無く滝壺に飛び込んでいくオーク達。時期的に一年半前……つまり手紙の異常行動と同時期」

「マジか。どんな様子だった?」

「まるで捕虜が崖に落とされ処刑されているように、生きる意思のない動きだった」

(なんで例え方が微妙に残虐なの?)

(例えるのが好きらしいよ、彼女)


 とはいえ、それは本筋でもないので読み進める。

 この異常行動は暫く続いたが、やがて気付けばぱたりと止まっていたようだ。冒険者たちは自分たちが被害を被らなかったために気には留めず、結果的にまたもやオークの異常行動はあまり記憶には残らなかった。


 そして今から一年前、オークはまたもや異常行動を起こした。


 彼らは防衛力の乏しい村に集団で入りこみ、女性者の衣服や下着だけを盗んで出て行ったという。どっかで聞いたことのある話だなと思ったら、クーレタリア偽オーク事件とあらましが一緒だった。


「なんだいその事件?」

「オークの皮を剥いで着ぐるみみたいに加工した馬鹿共がオークのフリした事件。オークが女物の下着盗んだり『自分はオークだ』って言葉喋るわけねーだろうに」

「それはなんとも馬鹿馬鹿しい……しかしヴァルナ殿、この事件なら記憶にあるぞ。このオーク達は本物のオーク、かつ討伐されている。盗まれた衣類も発見された筈だ」

「たしかに。私たちも、討伐に駆り出された。徴兵のように」

「……マジで?」


 ちょっと信じられない事実が浮上して頭が痛くなったが、それは一旦さておく。問題なのは、このオーク達は人を襲わず、村に長期間留まりもせず、家畜にも野菜類にも一目もくれずに下着だけを盗んでいったという点だ。

 オークは略奪をするし、ほんの僅かにだが衣服を身につけるという発想があるのか股間部辺りを適当な布で隠している事が多い。そんな連中がお行儀良く変質者さながらの下着泥棒「だけ」を実行するというのは実に奇妙な話だ。


 ただ、奇妙の性質が違いすぎる。

 マナは表情一つ変えずに首を横に振った。


「異常行動と言うより、変質者?」

「オークに人間の下着に欲情する性質があるとはノノカさんも言ってなかったけどなぁ……」


 だが、どんなに馬鹿馬鹿しくても冒険者二人が本当にあったと言う以上はひとまずあったものと仮定すべきだろう。他、下着に限らず人里付近に群れで出現したのに目立った被害がなかった、という妙な行動がこの周囲で散見されたらしい。


 そこから先の異常行動は本当に散見的というか、確かな記録の残らない冒険者たちの思い出話の中でしか確認出来ない不確かなものだったという。


 そして有能なるセドナはこれらの出来事が事実だと仮定し、これらの問題に共通項がないか探ってみたという。すると、一つの事実が浮かび上がったという。


 その前に前提として、セドナは二年前に起きたオークの異常行動と、その半年後以降に起きた異常行動を別のものとして考えたらしい。というのも、二年前の異常はメスオークを失って統率が崩壊したオークの行動に酷似した部分があるため、この時とそれ以降では異常行動の性質に差異があるというのが彼女の見解らしい。


 つまり、浮かび上がった一つの事実とは一年半前から起きていた事情。

 セドナの調べによると、それらしいものは一つ。


「アルラウネ変異種の異常繁殖と異常行動オークの発生が重なってる、だって……?」


 最後に、セドナは『この情報が何処まで役立つかは分からないけど、念のため判断材料として送りました』と報告を締めくくっていた。あいつ、僅か五、六時間でこれだけ調べ上げるとかどういう情報収集及び処理能力してるんだ。

 おかげでかなり気になる話が出てきた。

 俺は手紙を片手に冒険者二人に尋ねる。


「アルラウネ変異種の特徴が今日見かけた変異種の特徴と同じっぽいんだけど、どういうことだ?」

「それは簡単さ。一年半か或いはそれ以上前に一体のアルラウネ変異種が出現し、その種を食した複数の魔物が森のあちこちに種を運んでしまった。始まりはそうだったのではという仮定の話だが、とにかくそれで本来増えない筈の変異種がこの辺では増殖してしまったんだよ。全く、変異種ではあるがそこまで従来種と違いがないから『森枯らしピリス』よろしく森ごと燃やす訳にもいかず、ルフランくりかえしさ」


 『森枯らしピリス』はアルラウネが変異した有名なネームドモンスターで、成長しすぎて森をまるごと枯らしてしまったために仕方なく徹底した焼却作戦で駆除されたと本にあった。そのため誰も直接戦闘をしておらず、危険度がつかなかったという色々と例外的な存在である。


 そういう前例があるから積極的に燃やしてはいるが、一向に撲滅出来ていないのが現状らしい。さほど通常種と害の差はないとはいえ、気持ちの良い状況ではなさそうだ。


 一瞬オークの腹の中から出てきたアルラウネの種を思い出すが、種が原因であるなら中の成分に問題がある筈だ。だとしたら種はかみ潰している筈であり、丸呑みされていたのはおかしい。


 しかし、今のところアルラウネ変異種くらいしか疑わしい部分がない。

 さて、どうしたものか――と考えていると、背後から近づく気配。


「専門家さん、なーんか面白い話してんじゃーん? つまりオークの異常行動がアルラウネ変異種の仕業だって動かぬ証拠があれば、仕事は失敗しても手土産が出来て四星昇格の確率が上がるって話よね~~?」


 そこには、悪戯を思いついた悪ガキのような笑みを浮かべたルルの姿があった。

 セフィールが青い顔をし、マナが呆れた視線を送り、ルートヴィッヒの口元が引き攣り、アストラエは完全に無視して晩飯のシチューを煮込む鍋をかき混ぜる。おいアストラエ、何でお前そんなに楽しそうな顔でおたま握ってるんだ。

 ルルは武器を手早く装備すると、俺とルートヴィッヒの二人の肩をがっしり掴んだ。


「じゃ、善は急げ!」

「ちょ、夜中に森の中をうろついて調べるつもりかい!? そんな危険なことさせられるわけないだろ――」


 非難の声を上げるルートヴィッヒの言葉を、今度は意外な人物が遮る。

 ルルの仲間のマナだ。


「問題ない。三代武闘王サードデッセイヴァルナには別の二つ名がある。その名も……『宵闇の剣鬼』っ!」


 開いた掌の指をびしっと伸ばして半ば顔を隠すような謎のかっこつけポーズを取るマナだが、俺的にはその二つ名はダサすぎて二度と思い出したくない類のものだった。アストラエがああ、と思い出したように振り返る。


「あったねーそんなの。コロセウム・クルーズの小大会で君が目隠ししたまま参加してそのまま優勝したときのアレだろ?」

「そうだけど、何でそんなあだ名覚えてるかねぇ君は」

「だって響きがかっこいい。その名も……『宵闇の剣鬼』っ!」


 よほど気に入ってるのかおかわりを一杯押しつけられてしまった。

 彼女は少々独特なセンスの持ち主らしい。

 お腹いっぱいだからもういいよ。


「……まぁ確かに俺は目をつぶってても近くの敵の居場所は大体分かるし、今日は月明かりもあるから無理じゃないな」

「よっし、決まりぃ!! んじゃアタシ、偵察係のヴァルナ、そんで証人のルートヴィッヒの三人で夜の森林探索と洒落込もうぜーっ!!」

「トホホ、まったくこの子は言い出すと止まらないんだから……」


 こうして夜の強行軍が始まる――その前にアストラエが待ったをかける。


「出発するのは良いけど、先にご飯くらい食べて行きたまえ諸君。王子シチューをよそってあげよう」


 どや顔で器にシチューをよそうアストラエだが、奴は煮込み時にかき混ぜてただけなので、それに王子の名をひっつける資格はないと思う。まぁ、アストラエファンクラブならこのレベルで充分納得してくれそうではあるが。

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