第342話 火種の元です

 ナルビ村の村長であるマシャンさんは、質素な自宅に俺たちを迎え入れた。

 俺の他にはサマルネス先輩、ザトー副班長、バウさんが同行している。

 香しいコーヒーでもてなすマシャンさんは村のリーダーだけあって相応に高齢だ。

 こういった少数民族では年長の者が自然とリーダーになることが多い。


「まずは村の若い者たちの非礼を詫びさせてもらいたい」

「いえ……こちらも不用意でした。騎士団の代表としてその点を謝罪します」


 まずは互いに建前の話をし、そして自然と俺たちの仕事へと話が移っていく。


「もうバウさんからお聞きかもしれませんが、我々はこの地に異常がないか調べに来ました。具体的には、島の西部の森で発生する環境破壊がこちらに影響を与えていないかどうかを」


 その言葉に、マシャン村長の表情は険しかった。


「似たようなことを口にする商人が何度も来ました。最初は許可を出していましたが、彼らは植物を傷つけ、獣を攫おうとした。彼らは西だけに飽き足らず東側にも何か金になるものがあるのでは、と探しに来ただけでした。貴方方がそうではない保証などありましょうか?」


 バウさんに目配せすると、静かに首を横に振った。


「拙者は案内しておらぬ。自力でここまで辿り着いた者たちだろう」


 大したバイタリティだと感心するが、その甲斐はあまりなかったようだ。東の土地が瘦せていると考えた商人たちは調べるだけ調べて勝手に帰り、結果的に悪印象だけをばら撒いた形になったのだろう。


 最初こそ物珍しい客人をもてなす人も多かったらしいが、前述のとおり彼らは金になるものを探しに来ただけで、友好など二の次だった。それは礼節と自然への敬意を重んじる彼らからすると、余りにも傲慢に見えたのだろう。


 更に村の反感を煽ったのが、彼らが持ち込んだ王国本土や海外の品々に刺激を受けた一部の人々――主に若者――が村長に無断で西側に移住してしまったことだ。それが、東の民族が王国人を『悪魔』と呼ぶ決定打になったようだ。


 悪魔は人を欲で誘惑し、堕落させ、人の手に及ばない世界に攫ってしまう――それが彼らの考え方だ。成程確かに、特定の地に住み続ける彼らからすれば商人たちは十分に悪魔だ。

 ただし、と村長は言葉を区切る。


「これだけは勘違いしないで頂きたい。貴方方の仲間に暴力を振るった者たちは、そんな郷土愛に溢れた存在ではない。彼らは誘惑、不安、若さに弄ばれているだけの未熟者たちだ。我々の文化に、客人を嬲るなどという下劣な掟は存在しない」


 マシャン村長の語気が強まり、威圧感が俺たちを襲う。

 俺とサマルネス先輩は修羅場をくぐっているので動じず、バウさんも動じず、ザトー副班長は「まぁアキナ班長に比べれば……」と思っているのか動揺はしなかった。結果的に、家の外で様子を伺っていた若人たち――先ほどケベス先輩に集団暴行した顔ぶれだ――だけが腰を抜かした。

 自分でやらかしておいて村長の下す沙汰は気になってしょうがないようだ。


「おっしゃる通りのようですね。しかし、彼らの言動は大人たちの思いを映す鏡でもあるのでは?」

「ぬ……」


 マシャン村長が唸った。

 人間というのは若い頃は強い言葉や主義主張に熱狂しやすいものらしい。俺はずっと騎士道にお熱なので実感はないが、感情を持て余した若者は抑圧からの解放を求めてかりそめの主義を探す。


 彼らはこう思ったのだろう。

 大人たちだって本音では王国人を悪魔だと思ってるのだから、それを声高らかに叫ぶ自分たちは間違っていない。間違っていないから、自分たちの行動は正当化される――と。

 事実、俺が現場に来るまでの間、ケベスを助ける者は誰一人としていなかった。ネージュ先輩はその気になれば追い払えただろうが、騎士団の一員として苦渋の決断だったのだろう。


「我々騎士団は民の利益の為に行動する集団です。何が本当にこの島の人々の利益になるのか見定める必要があります。しかし、先住の貴方方を無視して島を調べ回っては侵略者と大差がなくなってしまう。だからこそ、我々は貴方方に協力を……いえ、許可をお願いしたい」


 可能な限り東の民族の掟には従う。

 略奪も破壊もしない。

 代わりに、絶対の味方にもなれない。

 それが俺の求める条件だ。


「味方にはならない……と?」

「片方に味方することは、もう片方を敵とみなすことにも繋がります。別に西の民と武力で争いたい訳ではないのでしょう?」


 マシャン村長は目を見開き、そしてしばし俯いた。


「それは……当然だ。元は交流もあった同胞なのだから。しかし、だからこそ掟を忘れて自然を壊す……そんな同胞の姿を見たくなくて、頑なになっていたのかもしれん」


 王国の人間に向けられた敵愾心は、知らぬうちに彼の考えを凝り固まらせてしたらしい。嫌うことと許せないことを混同すると、物事の本質が急にぼやけてしまうものだ。怒りがあるならば、怒りの原因と対処法を見極めることが肝要となる。

 村長は決意を固めた表情で顔を上げた。


「村の戦士を貴方方の監視につけ、貴方方が掟を破るようならば止めさせる。我らの生活を知ってもらい、西の民と商人たちの何を我々が許せないのかを知ってもらう。これでどうだろうか」

「十分です。感謝します」


 俺とマシャン村長は固く握手を交わし、ここに同意は得られた。


「……ときに騎士ヴァルナよ、聞きたいことがあるのだが」

「なんでしょうか?」

「鏡というのは、王国では当たり前のものなのか?」

「……???」


 後に聞いたことには、アルキオニデス島では鏡と言えば貴重な金属を加工して作られた祭儀用のものしかないらしく、一般の会話で名の上がるものではないらしい。にも拘わらず俺が「彼らの言動は大人たちの思いを映す鏡」などと当たり前のように鏡を例えに出したのが気になってしょうがなかったらしい。


「そうか……王国では一般の人の手にまで鏡が……そうか……頭では理解していたが、我らと王国を隔てる物質的豊かさの差は……大きいな……」

「何かすいません……」


 何となくいたたまれなくなって、俺は目頭を押さえて俯くマシャン村長に頭を下げた。




 ◇ ◆




 たとえ相手が先輩でも、やらかした部下に罰を与えるのも上司の仕事である。


 ケベス先輩には暴行で受けた怪我の治療に魔法を使うことを禁止する罰と、給料の天引きではなく減給を決定。ついでにネージュ先輩にはケベス先輩の介抱と今回任務中の彼への暴力禁止(正当防衛を除く)を罰として言い渡した。


「ちょっ、なんで私にまで罰がっ!!」

「だって結果的に唆したのネージュ先輩じゃないですか」

「本当に行くだなんて思わないじゃない!? 貴方死ねって言われたら死ぬの!?」

「だとしても、交渉が思うように進まず膠着していた状況でそれは若干の真実味がありますし」

「いや……俺は騎士団の為を想って敢えて泥を被る道を選んだんだ……ネージュが悪いわけじゃない」

「ケベス……」


 いつになく神妙な――神妙過ぎて逆にわざとらしいが――表情のケベス先輩にネージュ先輩も思うことがあったのか、諦めたようなため息をつく。


「……分かったわよ。確かにこいつがバカなのを勘定に入れ忘れた私も悪いわ」

「あ、そう? じゃあ悪いけどネージュおれ顔が痛くて寝たいから膝枕してくんない?」

「ブン殴るわよッ!! セクハラへの制裁までは禁止されてないんだからねッ!?」

「なるだけ新しい痣は増やさない方向性でお願いしますよ、二人とも……」


 全く悪びれないケベス先輩の笑顔はネージュ先輩にはさぞ憎たらしく見えていることだろう。どうせ騎士団は大々的にはまだ動かないのだから、暫く二人には待機して貰おう。


 アルキオニデス島東部の調査は海辺と平原、そして島の中央より東西をほぼ分断する台地の三方面を目標としているが、今のところ台地は後回しになっている。

 理由は、台地が「神聖な土地」だからだ。


 曰く、台地の上は羽の精霊が住まっており、精霊を敬えば豊穣あり、乱せば飢餓ありとされているそうだ。古来より人の辿り着くことが難しい場所は神聖視されることが多いというし、ここもそうなのだろう。


 デリケートな問題ではあるが、介入の糸口を探るためにも最初は慎重に事を進める。


 騎士団にはナルビ村の戦士たちが同行することになっている。

 彼らは村の外で狩りをし、もし村に危険が迫れば勇猛果敢に戦う。ただ、書物を読んだ限りではこういった民族の戦士は男にしかなれない場合が多かったのに対し、ナルビ村ではその限りではないらしい。少数だが戦士たちには女性が混ざっている。


 戦士の代表が槍を片手に歩み出てくる。


「貴様を監視する戦士の代表、トゥルカだ」


 トゥルカと名乗った男は、動きやすい簡素な服を身に纏い、身の丈2メートルを超える巨漢だった。流石にどこぞの人類最強ほどじゃないが、王国内ではほとんど見かけない体格だ。顎が大きめで顔つきも厳つく、こちらを見下ろす顔面には民族特有の紋様が塗料で描かれている。

 子供が出くわしたら間違いなく泣くし、騎士団員でさえその威圧感に若干気後れしている。


「騎士ヴァルナだ。よろしく」


 俺は挨拶がてら握手を求めて手を差し出す。

 すると、トゥルカは乱雑に手を振り、ばしっ、と俺の手を払い除けた。


「馴れ馴れしい余所者が。村長は騙せても俺の目は騙せんぞ、病的な嘘つき共め」

「それ遠回しに村長の人を見る目を馬鹿にしてないか?」

「黙れッ!!」


 トゥルカは俺の胸を突き飛ばす……つもりで突いたようだが、力任せの動きだったので身をよじっただけで衝撃は簡単に逸らせた。ただし、まともに受ければ尻餅をつく威力だったのは間違いない。


(おいおい、なんつー奴を案内に寄越してんだあの村長は!?)


 俺は身をよじったついでに彼に同行している戦士たちの反応を伺う。彼の行動が当然だとばかりにふんぞり返っている者もいれば、辟易している者もおり、戸惑っている者もいる。この村の戦士は一枚岩ではないようだ。


 突然の暴行に騎士団が唖然とする中、戦士の中から気の強そうな女性が出てきてトゥルカの背を叩く。


「トゥルカ、貴様……その態度は最早ただの礼儀知らずだぞ」

「……ちっ」


 トゥルカは忌々しげに女性を横目で見て、謝罪も何もなしにその場を離れて近くの木に寄りかかる。


「……同じ村の戦士が失礼をした。私の名はシャーナ。彼は見ての通り偏見で凝り固まった男だ。聞きたいことがあったらこの私に言ってくれていい」

「そうですか……よろしく」

「それと――」


 シャーナは凛々しい目をすっと細める。


「私を女の戦士だと嘲笑うことは許さない」

「したことないですよそんなこと。大体うちの騎士団にも女性いるでしょーが」

「……そうか」


 シャーナは騎士団の方を一瞬遠い目で見つめ、かぶりを振る。


「いや、済まない。東西の対立に際して西側に若者が流出するまで、村では女の戦士は認められていなかったのだ。だからつい神経質になってしまう……ただ、言葉そのものは訂正しない。我らにも誇りがある」

「諒解です。部下にも言い聞かせておきます」


 こちらも正直思う所は幾つかあったが、それらは飲み込んでおく。

 ローニー副団長は仕事毎に現地の人たちとこんな風にコミュニケーションを取っていたんだろうかと思うと上の役職の大変さを改めて実感する。


 俺を中心とした部隊はこのまま内陸へと、サマルネス先輩率いる部隊は海岸沿いを、それぞれ偵察する。


 俺の側にはリンダ教授とキャリバンにカルメ、あと植物学者のプファルさんが同行。

 海岸側はサマルネス先輩と海洋学者のハピさんを中心とした人選だ。

 なお、道具作成班のザトー副班長が居残り組の面倒を見る。バウさんもそこに残る。


「本来なら仮にも隊のトップなら本陣に居残ってるべきなんだろうが、あのトゥルカさんを放っておいたら火種ばっかり出来そうだからなぁ……」


 俺の言葉に、カルメは先ほどの出来事を思い出してむかっ腹が立ったのか不機嫌そうに口を尖らせる。


「失礼千万な人ですよね、あの人。次に先輩に手を出したら矢の一本ぐらい掠めさせてやります」

「そのバイオレンス思考やめなさい。こっちから火種作ることはないって」

「はーい……」

「不満そうっ!」


 どうも東の村は烏合の衆とまでは言わずとも浮足立っている印象が否めない。様々な不安を胸の内に秘めながら、外対騎士団はやっとアルキオニデス島東部の本格調査を開始した。

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