第228話、ジュルター山への道
めきめきと木が倒れる音が響く。
姿を現したのは、身体の太さ二メートル強、長さにしてその五、六倍もある巨大なミミズのような化け物だ。ぶよっとした外皮を
だが問題はそれではない。
「なんで、こうなるんだ?」
慧太は思わず言葉に出した。巨大ミミズ――ゲームやファンタジー小説なら、ワームというかもしれないそれが目に見える範囲で五、六……さらに複数、猛烈な勢いで迫ってきていた。
「ああ、くそっ!」
慧太は思わず声に出していた。
「ワームの巣を叩いちまったのか、これは!」
まるで海岸に押し寄せる波の如く、巨大ワームどもが迫る。その大きさの割りに動きが速い!
森を進んでいた慧太たちは、慌てて後退する。リアナとサターナが斥候に出ていたので、慧太のほかには、セラにキアハ、ユウラとアスモディアがいた。
下がりながら、アスモディアが紅蓮の槍、スコルピオテイルを具現化させる。
「太いし、ぶよってるし! 気持ち悪いッ!」
「お前はそういうの好きだろ」
慧太は手に斧――いや、
アスモディアが槍を持ちつつ、右手で得意の魔法を行使する動きを見せる。慧太は視界の端でそれを捉え、言った。
「魔法は加減しろよ。まわりは森だからな」
燃え広がって大火事ともなれば、こちらも危ない。特にアスモディアは火の魔法に長け、その威力も大きい。
セラ、ユウラを下げつつ、慧太は殿軍として、迫ってくる巨大ワーム――牙の生えた口をかわし、戦鎚を叩き込む。
ぐしょりと妙な弾力を感じさせる感触。……うへぇ、気持ち悪い。同じく後衛をつとめるキアハも、突進してきたワームに金棒の一撃をぶちかました。
怪力無双のキアハの一撃は、巨大ワームの半身を吹き飛ばし、その足を止めさせる。だが、そこまでだった。魔物は何事もなかったようにゆったりと身体の向きを戻す。
「効いてない!?」
「この手の虫はダメージに疎い!」
慧太は、顔を向けてくるワームを連続して殴打しながら吠えた。
「身体真っ二つにされても動くからな! 効いてると思って構わず殴り続けろ!」
「はいっ!」
キアハ、慧太が一匹ずつ相手どっている間に、セラが後方から光の槍を具現化させ投擲する。開いた口から飛び込んだ光槍の熱に身体の中から貫き、焼かれ、一頭が動かなくなる。
ユウラも加減した電撃の球を叩き込み、巨大ワームを痺れさせる。
「あまり、痺れているようにも見えないですが……」
青髪の魔術師は大気を引っかく。繰り出されるのは風の刃。魔物の身体が正面から三枚に切り裂かれる。
アスモディアは巨大ワームの突進をかわし、赤槍をその胴体に突き刺す。しかし巨大なワームの身体に対し、一突きはあまりに小さくて。しかも飛び散った体液が赤毛の女魔人の顔やシスター服にかかって。
「……汚いっ……!」
心底嫌そうな顔を浮かべたのもつかの間、愛槍の穂先に魔力を注ぎ込み、次の瞬間。
「燃え尽きなさいっ!」
巨大ワームが一瞬で全身を焼かれ、バーベキューよろしく焼きワームとなって果てた。
「アスモディア!」
一匹倒したのもつかの間、もう一匹が突っ込んでくる。寸でのところを跳躍して回避。赤毛のシスターは巨大ワームの上に馬乗りに乗り動くその背中で槍を――
「あぁん、ちょ、動き方厭らしい……!」
女魔人が跨る巨大ワームの下から無数の岩のスパイクが突き出し、その身体を貫く。ワームは刺されてなお前へと進んだために、自ら身体を引き裂く結果となり、やがて動かなくなった。
「ほら、動きを止めてあげましたよ」
ユウラが冷めた声で言えば、ビクリと一瞬身震いするアスモディア。
「はいっ!? ありがとうございます、マスター!」
それで最後だった。慧太もキアハもワームを仕留め、セラもまたワームとの近接戦に挑まざるを得ない距離まで詰められたが、銀魔剣アルガ・ソラスで返り討ちにした。
「しぶとかったな。皆、無事か?」
慧太が確認すれば、仲間たちに怪我などはないようだった。ただし――
「ひどい有様だな、キアハ」
「ええ、ねっとりしてます……」
返り血ならぬ返り体液で、キアハは全身緑色の液体を浴びていた。慧太自身もワームの体液を浴びたが、量ではダントツ彼女が一番だった。
一方で、セラは綺麗なままだった。接近戦を演じたのが最後だったこともあるが、光剣化した銀魔剣は、魔物の身体を引き裂くと共にその傷口を焼いたために内容物が飛ばなかったのだ。
アスモディアがやってきて、キアハの肩を叩いた。
「お互い汁まみれね。腐食性の何かが含まれてなくてよかったわ。もしあったらあなたの可愛い顔が酷いことになっちゃうから」
「……可愛い……ッ」
キアハが途端に赤面した。あまり他人から褒められた経験がないからだろう。
慧太は口もとを歪める。
「お前は、体液まみれのわりには、なんか嬉しそうだな」
「『ぶっかけ』」
日本語だった。慧太は首を横にふった。
「どこで覚えた、そんな言葉」
どうせ、日本語を解するサターナだろうが。またエロエロなことをやってたのか、と勘ぐる。
セラがキアハとアスモディアのそばへ来て言う。
「とはいえ、このまま、というのも……」
「気持ち悪いです」
しょんぼりというキアハ。慧太は嘆息した。
「少し戻って、川で洗い流すか」
あの綺麗な川を汚すのも躊躇われるが、水をすくって、流せばいいかと考えたり。
「うわっ、ちょっと、やめて!」
セラが素っ頓狂な声を上げた。見れば、アスモディアが体液まみれの手でセラの手を握ったのだ。
「貴女だけ綺麗なの、何かむかつく……」
「え、そんな理由で?」
眉をひそめるセラに、アスモディアはその大きな胸を張った。
「綺麗なものは汚したくなるものよ!」
「はあ!?」
「すみません、セラさん。私の浴びた体液で」
もとはアスモディアがキアハの顔についた体液をぬぐったものだ。間接的に責任を感じたらしいキアハの侘びに、セラは慌てる。
「あ、いや……あなたが謝ることじゃないのよ、キアハ」
なにやら騒がしい三人娘をよそに、慧太は生暖かく見守っていると、ユウラがやってきた。
「しかし、あれは何だったんでしょうね?」
ワームの集団のことだろうか。慧太も首を傾げる。
「テリトリーでも侵犯したのかな?」
「どうにも解せませんね」
青髪の魔術師が腕を組む。
そこへ、先行していたリアナとサターナ、アルフォンソが戻ってきた。
「何やってるの……?」
汁まみれの娘たちをながめ、リアナは無表情ながらどこか呆れたような声を出した。慧太は手を振る。
「こっちも色々あったんだよ。そっちは?」
「とくに問題なし」
答えたのはサターナだった。
「まあ、そうそう問題なんてないでしょうけれど」
漆黒ドレスの魔人少女は、どこか汚いものを見る目になる。
「それと……これは言わなくてもいいかなって思ったけれど、どうにも身体の汚れを流したほうがいい娘たちがいるから言うわ。少し行った先に岩場があって川との間に狭い通路になっているのだけれど、その近くに『温泉』があるみたい」
「温泉?」
あるみたい、とは?
「リアナが匂いを拾った」
「うん。あれは温泉で間違いない」
狐娘がコクリと頷いた。
「温泉に入ることを勧める」
そこで珍しく、リアナが自らの鼻を摘んだ。
「その
セラ、キアハ、アスモディアの三人が途端に肩を落とした。苦笑するユウラ。慧太もまた、処置なしだった。
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