第123話、横たわるは雑兵の山

 二回目の『聖天』は、再突撃する魔騎兵隊と、後続の魔人歩兵を三〇ほど消滅させた。

 敵歩兵部隊の損害が思ったより少なかったのは、突進する魔騎兵から距離が離れていた事と、二度目の攻撃を見るや、歩兵たちはその場ですぐ立ち止まったのが影響している。


 そう、敵も馬鹿ではない。


 目の当たりにした聖天の恐るべき威力。その膨大な光を見れば、先の攻撃で消滅した味方と同じ末路を辿りたくないと兵たちが身構えるのは当然のことだった。

 そうなると、もはや彼らは軽々しく聖天の威力圏内に飛び込ようなマネはしない。


 この時点で、魔人軍の前衛を務める大隊は、その三分の一ほどが倒された。

 残っているのは数騎の騎兵と歩兵部隊がおよそ二個中隊半、約二五〇ほど。しかしその足は完全に止まった。

 距離を詰めれば、セラの放つ聖天の餌食になる。だが退却しないのは、やはり聖天の射程が、今いる場所まで届かないとわかったからだ。

 大隊指揮官は逡巡する。どう攻撃すべきか思案しているのだ。

 そしてこのわずかとはいえ、完全に部隊が停止している状態は、セラたちが布陣する位置より前方百メートルミータ付近に潜伏しているユウラにとって、逃すべくもない好機のひとつだった。


「爆砕」


 茂みに潜んだまま、青髪の魔術師は一言呟いた。恐ろしく短い呪文詠唱。


 ヒュッと風が巻いたのが一瞬、次に膨大な熱量が解放され、街道上の魔人軍部隊を飲み込んだ。

 ルベル村での屍人集団、王都前に夜営していたベルゼ連隊を空から空爆したのと同等の猛火が、魔人兵らを大隊本部要員もろとも吹き飛ばした。

 ユウラがセラたちより前方に潜伏していたのは、魔法の射程内に多くの敵兵を巻き込むため。その狙いどおり、この一撃で、魔人兵大隊は一七〇程度の兵を一挙に失った。


「……密集などしているから悪い」


 蒸発した者。

 炭化し屍と化した者。


 爆発時の立ち位置でその状態は変わるが、衝撃に吹き飛ばされ、全身火傷を負い、死の淵にいる者も少なからずいた。

 苦悶の声をあげ、大地に横たわる魔人兵。街道そのものを破壊する火力はおぞましく、ここに至って、指揮官を失った前衛大隊は壊走を始めた。


「……」


 慧太は茂みから顔を出した。

 ほぼセラの聖天とユウラの魔法攻撃で、前衛部隊を追い払ってしまった。魔人兵はなす術なく三百近い兵を失ったのだ。

 リッケンシルト王室親衛隊の兵たちは勝ちどきを上げた。圧倒的に劣勢な自軍が損害を受けることなく、敵を撃退したのだから無理もない。

 白銀の勇者の末裔であるセラと、魔術の天才たるユウラ。

 二人とも規格外の力を見せたが、街道という一本道で、敵の行動を予測し、かつ効果的な位置で待ち伏せしていたのが勝因であるのは間違いない。これらのいずれかの条件が変わるだけで、おそらくここまでの損害を敵に与えることはできなかっただろう。

 二人がいてこその勝利だが、生還の望みのない戦闘を生き残ったという意識は、リッケンシルト兵の士気を大いに盛り上げた。


「……もう少し、粘り強いと思ったのですが」


 しかし当のユウラは小首を傾げる。


「第一段階が上手く行き過ぎましたね。第二段階に移行して、残存する敵歩兵を森でしとめるはずだったのに」


 できれば後続の主力が来る前に手勢を増やしたかった、と呟く青髪の魔術師。物事というのは、考えたとおりにはいかないと言う事だ。


「さて、アスモディア。この先、ベルゼはどう出てくるでしょうか」

「この損害を受けて逃げ帰る、というのはないでしょう、まず」


 シスター服の女魔人は、元同僚の思考を辿る。


「あの女は猪突猛進ですが、一方で魔騎兵という兵科を重視し、特に自分の連隊が無為に損害を受けることを嫌う性質があります」


 直属の部隊に愛着でも持っているのだろうか。慧太は思う。自分のお気に入りにはとことん甘い性格なのかもしれない。


「前衛大隊の魔騎兵がほぼ全滅したとあっては、少なくとも魔法を封じない限りは街道上を無策に突っ込んでくることはしないでしょう」

「つまり、今みたいな待ち伏せ策は、もうそれほど効果がないと?」

「囮に軽歩兵を突っ込ませてくるかもしれませんが、二千もの数がいる中で、先のような効率のよい攻撃はさせないでしょう。十中八九――」

「森に入って進んでくるだろうな」


 慧太は腕を組んで言った。


「いっそ森ごと吹き飛ばすか?」

「あまり無駄打ちはしたくないですね」


 冗談めかした慧太だったが、ユウラは真面目だった。


「じゃあ、作戦の第二段階、やるか?」

「そうですね。……でも囮の分身体、足ります?」

「……まあ、いちおう目の前に転がってる死体使えば」


 慧太の視線は、街道上に点々と転がる焼け焦げた魔人兵の遺体を見た。

 ユウラは茂みをかきわけ、街道へと出る。


「では、僕はセラさんたちに移動するよう行って来ます。後は任せますよ、慧太くん」

「ああ、任せておけ」


 ユウラを見送った慧太だが、ふとアスモディアが無感動な表情で街道を眺めているのに気がついた。何を見ているのか、慧太は察する。


「やっぱ複雑か? 同族の亡骸を見るのは」

「は?」


 アスモディアは眉をひそめた。慧太は小首を傾げる。


「お前はレリエンディールの出身で、ここで死んだ連中は同胞だろう?」

「ひょっとして、わたくしが感傷に浸っていると思ってる?」

「違うのか?」

「まあ、多少は思うところはあるけれど……」


 赤髪の美女魔人は、慧太の隣に立った。


「でも勘違いはしないでね。わたくしは、こいつらの不運には同情するけれど、これといって悲しいとか、そういう気持ちはないから」

「身分が違いすぎるから?」


 アスモディアは魔人の国では七大貴族と呼ばれる高貴な家柄出身だ。戦場で駒同然に死んでいく雑兵に、いちいち感情移入をしないのかもしれない。


「身分以前の問題よ」


 女魔人は慧太の腕をとり、その大きな胸を押し付けてきた。……何やってるんだこいつは。


「逆に聞くけど、あなたは王都に行く途中で遭遇した盗賊どもの死が悲しい?」


 ゴルド橋を渡り王都エアリアへ行く道中に襲ってきた盗賊たちか――慧太は首を振った。


「いいや、全然」

「つまりは、そういうことよ。あなただって同族だからと言って盗賊のことなんて、別にどうなろうと知ったことではないでしょう……?」


 なるほど――慧太は納得した。


「でもそいつは、知り合いだったら別って話だよな」

「それもまた、そうね」


 アスモディアはその顔を慧太の肩に寄せた。言葉では平然としている様子だが、その表情はどこか物憂げに感じる。いつものエロい感情での行為ではない。


「どのような理由であれ、わたくしが故国に弓を引いているには間違いないわね」

「ユウラと契約したせいだろ」


 どこか、アスモディアに同情しているような物言いだと自分でも思った。青髪の友人のことを悪く言うことで、アスモディアを慰めてようとしているのか。


「そうね、わたくしは、マスターの契約奴隷。……逆らうことはできない」


 すっとシスター服の女魔人は慧太から身を離した。


「でもそれだけだったら、わたくしはマスターに協力しないわ。これでも誇り高き七大貴族の家系に生まれた女ですもの。わたくしがあの方に従うのは、それとは別の理由――」


 言いかけ、アスモディアは口をつぐんだ。慧太は首を捻る。


「別の、理由?」

「少し喋りすぎたかしら」


 アスモディアは、彼女がマスターと呼ぶ男のもとへと歩き出す。


「あなたもあの方の友人なら、本人の口から聞きなさい」


 同族をも敵に回してなお主人マスターと呼ぶ人物のもとにいる理由。確かにそういうのもあるのかもしれない。契約奴隷だから、というわけでは割り切れないことだってあるはずだ。

 アスモディアが契約以外でユウラに従う理由、はたしてそれは何だろうかと慧太は思う。だが考えたとて、それらしい理由は浮かばない。友人などと言ってはいるが、ユウラとの付き合いは一年にも満たないし、お互いに過去のことは詮索しなかったからだ。


 ――ま、そのうち気が向いたら聞くさ。


 慧太は自分に言い聞かせるのだった。これまで通り、そう。これまでと同じだ。

 それよりも、いまは次にやってくるだろう魔人軍――ベルゼ率いる二千強の敵に備えなければならない。

 壊滅した前衛大隊も一個中隊程度は残っていたから、およそ残りは二二〇〇といったところか。戦う場所にもよるが、一度にその数とぶつかることはない。……まずは、敵の数を減らす。


 慧太は街道に横たわる魔人兵の死骸の前でしゃがむ。ユウラの魔法にさらされ、皮膚が炭化している。


「……」


 影の伸びる。魂の抜けた抜け殻、魔人兵だったそれが影に沈むように飲み込まれていく。放置しておけば、やがて自然の力がこれらを消滅させるだろう。今やっている行為は、その手順を少々早めてやっているに過ぎない。

 同時に、これからの作戦上、必要な行為だった。ひいては避難民を逃がすため、セラやリッケンシルト兵らが、このような屍を晒さないようにするために。

 慧太は感情のこもらない眼差しで、それらを見下ろし『作業』を遂行した。

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