第121話、戦闘のビジョン
街道を東進する魔人軍を迎撃する――話の流れはその方向に向かった。
慧太は、リンゲ隊長にアルフォンソを返すよう言った。魔人の大軍を相手にする手前、シェイプシフターの分身体はいくらあっても困らない。セラとリアナがそれに同行したため、残っているのは慧太にユウラ、アスモディアだけになった。
待つ間、再度偵察に飛ばしていた分身体が戻ってきた。王都方向から進撃してくる敵軍の陣容を確認し終えたのだ。
「騎兵約六〇〇、軽歩兵およそ一五〇〇――」
それが、斥候として出した分身体が報せてきた敵後続部隊の数だ。
「前衛の四〇〇を入れて」
合わせて約二五〇〇――街道を進撃するレリエンディール軍の兵力である。
元魔人軍の将であるアスモディアは口を開く。
「丸々一個連隊の騎兵を率いている点から見ても、相手はベルゼで間違いないでしょう。従える歩兵連隊から見ても、彼女は自分の軍勢の大部分を動かしたようですね」
「王都攻略を投げ出した、ということか?」
慧太が問えば、シスター服を着た女魔人は考え込んだ。
「リッケンシルト攻略の際、王都占領は重要な目標……ここを放り出して別の目標を攻撃というのは、いくらベルゼでも考えられない」
「……」
「別の部隊が王都攻略にまわり、ベルゼが別任務についたか、あるいは彼女が何か王都攻撃よりも価値のあるものを見つけたのでなければ」
「王都攻撃よりも価値のあるもの」
ユウラは小首を傾げた。
「具体的には?」
「それはわかりません」
アスモディアは眉をひそめる。
「あの単純バカの考えることなど、わたくしにはわかりません」
ふむ――ユウラは頷くと、散歩するように街道を歩き始めた。慧太くん、と彼が手招きするので、その隣へ歩いて追いつく。
「何だ?」
「ちょっと歩きながら考えましょうか」
彼の癖だ。慧太は隣を歩くユウラを見た。
「で、何かいい作戦は?」
「敵は二千六百。対してこちらの戦力はここにいる僕らと、リッケンシルト王室親衛隊が六十人程度。……戦力差が酷すぎますね」
「まともにやりあっても、普通は勝てないよな」
慧太が腕を組めば、ユウラは「まさに」と答えた。
「つまり僕らは『普通ではない』手段を用いて、敵を足止めしなくてはならない」
「あんたの魔法でどれだけ削れる?」
慧太は一本道を眺める。
「敵はここに集中する。あんたの魔法や、セラの『聖天』なら、かなり敵をやれるんじゃないか?」
「ええ、ある程度は。とくにセラさんの『聖天』はこういう一本道で効果が高い」
ユウラは同意したが、その表情は優れない。
「おそらくセラさんが、ここに留まって戦うと言った根拠の一つでしょうね。聖天が使えるから、ある程度の敵を食い止めるイメージがあったのでしょう」
なるほど、と慧太は思った。
セラだって、ただ感情論で残ると言ったわけではない。自分にできることを考慮した上で『戦う』決断をしたのだろう。もっとも、完全に勝利するビジョンまではなく、出たとこ勝負な面もあると思う。
そうでなければ、皆の前で作戦案の一つも披露できたはずだから。
「それでも二、三発……三回撃てればいいほうでしょう。魔人だって馬鹿じゃありません。大きな損害を被るなら別の方法に切り替える……例えば、さっき慧太くんが指摘したように、道がダメなら森に入って迂回するとか」
「今のところ、敵の大隊を完全に撃破するイメージはないわけだ」
「ええ、街道を戦場にする限りは」
何とも意味ありげな言い方だった。
「街道で戦わないってことか?」
「避難する王都の人々を安全圏まで逃がす時間を稼ぐ……敵を街道から引き離せれば、それはおのずと達成できると思いませんか?」
「すると――」
慧太は立ち止まり、眼前の森を眺めた。
「この森をフィールドにしようってことか」
でもどうやって? ――慧太が言えば、ユウラは肩をすくめた。
「囮が必要ですね。魔人から見て、それが目の前にいたら何としてでも攻撃したいと思わせられるような」
「……まさか」
慧太は嫌な予感がした。
「セラを囮にしようってか?」
「彼女なら、囮ないし餌には十分かと」
餌――慧太の眉がピクリと動いた。だがユウラは動じなかった。
「何も本人を囮にしなくても、あなたが化けてもいいんですよ、シェイプシフター?」
青髪の魔術師は歩き出した。慧太は続く。
「とりあえずセラの『聖天』やあんたの魔法で適当に削りつつ、残りを森に引き付ける。でもそれだけじゃまだ不十分じゃないか?」
「そうですね」
ユウラは否定しなかった。ただその瞳は淡々としたものに変わる。
「正直言えば、王都の避難民を囮にして、森を通って逃げ込むという選択肢もあったんですよ」
「それは……」
慧太は続く言葉を呑みこんだ。
確かに街道を逃げるから追いつかれるのであって、密かに森に入れば、魔人兵は避難民に牙を剥き、こちらに気づかない可能性も――
「傭兵としては『あり』なのかもしれないが……」
慧太はいい顔をしなかった。
「だが、そいつは気に入らないな。セラはもちろん、オレも」
「ええ、つまる所、僕らの良心が許さない」
ユウラは遠くを見る目になった。
「おそらく、あの場では誰も賛意を示さなかったでしょう」
「だろうな」
慧太は否定しなかった。ユウラはポツリと言った。
「……あなたが敵の攻撃から完全に守ってくれるなら、一個大隊程度の敵、僕の力で何とかできるんです」
「ユウラ……?」
「でも、僕はそれを望んでいない。それをやってしまったら、僕は人間たちに『切り札』という名の兵器として利用されてしまう。……ええ、そんな未来は望みませんね」
兵器――友人の言葉に、慧太は押し黙る。
彼の言うとおり、慧太のサポートがあったとしても、一人で魔人軍の大隊を撃破できるなら、英雄と呼ぶにふさわしい活躍になるだろう。
戦争では多くの敵を殺した者が英雄となる。
だが同時に、強すぎる力は味方さえも恐れさせる。魔法に関して天才と言われるユウラが、辺境の獣人傭兵団にいたのも、多分にそれが影響しているのだろう。
「ねえ、慧太くん」
ユウラが何気ない口調で言った。
「あなたがシェイプシフターであることを周囲にバレても気にしない状況だったとして、魔人軍と戦うとしたら、どう戦います?」
「制限なしで、って意味か?」
「ええ、シェイプシフターとして、あなたの今もっている能力を全部活用したとして。一人で一個大隊。さらに約二千もの敵に立ち向かうなら」
――なんか、そんなゲームあったなぁ……。
日本にいた頃のことを少しながら思い出してしまう。まあ、あれはゲームだったが。
「そうだな、一人で立ち向かうってのはしんどいから分身体を使う。数百、数千相手なら、若干能力を落としても数を増やすなぁ。……どの程度まで能力下げて、数をそろえるかは相手次第だけど」
慧太は思案する。
川辺の町シファードのギャングを始末するのに分身体を使った。あの時は慧太と同性能の分身体を一体作った。
つい昨日の狼人傭兵団のアジトを襲撃した時は、少し性能を落として三体作った。
魔人兵の強さにもよるが、シェイプシフターとバレてもいいなら、思い切り性能を落として数を増やす手もありだ。
何故なら、基本的に物理攻撃に対してシェイプシフターはほぼ無敵に近い。殴られようが斬られようが怯まないシェイプシフターの分身体は、例え弱体でも敵に取り付いて殺してしまうだろう。
「だが問題は、魔法的な攻撃には弱いんだよなぁ。そういうのを使わせないために、森とか視界の悪い場所に引き込んで不意を突いて削っていく。んで、ちまちまやってくとキリがないから、倒した魔人も分身体で取り込んで、さらに分身――」
そこまで言って、慧太はふと思った。……おいおい、ちょっと待て。これひょっとして――
ユウラがニヤリとした。まるで慧太が何に思い至ったかを察したように。いや、初めから彼は気づいていたのかもしれない。
慧太は相好を崩した。
「あぁ、この状況で勝てるかもしれない。そんなビジョンが頭の中よぎった」
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