第76話、橋を架けるシェイプシフター
夜にも関わらず、シファードの町の表通りは明かりが焚かれていた。
旅人などが疲れを癒したり食事をする夜の店が開いているからだ。
ただ、現在ゴルド橋が分断され、川を境に往来がストップしているため、普段に比べて閑散としているという。
その日は雲が多く、月もほとんど見えなかった。
日が変わる深夜、慧太らは宿を出た。
川さえ渡れば、リッケンシルト国の王都エアリアは徒歩で二日の距離だ。携帯食四日分を買い足し、準備を整えた四人と一頭はゴルド橋へと向かった。
橋の手前の広場では、数人の姿が見えたが、いずれも適当な場所で座り込んだり、横になっていた。大方、酒で酔っ払い休んでいるか、お金がなくて宿がとれなかった者たちだろう。
特に注目されることなく、ゴルド橋を踏みしめる。
先頭を行く慧太はランタンを手に進む。木製の橋は数え切れない人間や乗り物が通過してもなお頑強だ。
他に明かりがないため、眼下を流れるバーリュッシュ川は黒々としており、水の流れる音が大きく耳に届いた。その強さからして、まだまだ川の流れは激しいようである。
肝心の分断箇所――二番島と三番島の間に差し掛かる。
橋は約十
さて――慧太はランタンと橋の上に置いた。そしてすっと目を凝らす。
橋の向こう側に人の姿があるかを確認……。
――……?
慧太は目を瞬かせた。見間違いと思い、じっと対岸を見つめ――
「ユウラ」
振り返り、蒼髪の魔術師を招く。彼は隣までやってくる。
「トラブルだ。……対岸に明かりが見える。さっきまではなかったのに」
「つまり……」
「ああ、照明を持った誰かが、橋の向こう側にいる」
予想外の事態だ。これから橋を架けようとしているところを、人に見られるわけにはいかないのだ。
魔人の待ち伏せ――ユウラがそれを口に仕掛ける。
「ではないですね。……彼らが明かりを焚くとは思えない」
アスモディアが裏切った、という可能性を彼は否定した。夜目の利く魔人もいるだろうし、わざわざ自らの所在を明かして待ち伏せする馬鹿もいない。
「可能性としては……」
「向こうからシファードにやってきた旅人か商人」
ゴルド橋が落ちていることを知らない連中だろう。慧太は舌打ちする。
「……ここまで来て、引き返すなんてできないぞ」
振り返り、小首をかしげているセラを見やる。
先を急ぎたいという銀髪のお姫様はもう限界のはずだ。それに何と言い訳するつもりだ? 対岸に人がいるから渡れません、なんて納得できるか?
「強硬手段で行くしかないですね」
ユウラは淡々と言った。殺しもいとわない任務において彼が見せる冷淡な一面だ。
「向こうの人たちには悪いですが、少し眠ってもらいましょう」
「……わかった」
慧太は頷くと、小さく口笛を吹いた。控えていたリアナが小走りにやってくる。
「状況は把握しているな? ……向こうにいるのが何者かわかるか?」
「武装してる」
狐人の少女は答えた。
「……リッケンシルトの兵士みたい。複数……五、六人」
鋭敏な狐人の耳が、離れた場所にいるそれを掴む。だがわずかに彼女が額にしわを寄せたのは、川の流れる音や風などが一種の雑音となっているからか。
「国の兵士なら、最小でも分隊以上で行動していると見るべきでしょう」
ユウラは口を挟んだ。
「すると十人くらいか」
慧太は眉をひそめた。少なくて十名以下、多いとそれ以上。
「何だって、兵隊なんか……」
「ゴルド橋が落ちたという知らせを受けて、調べにきたのかもしれませんね」
「ありうるな。……橋を架けると同時に、オレが先導して連中を無力化する」
「セラ姫がいるんですよ?」
ユウラが異議を挟んだ。
「彼女の前であなたはシェイプシフターの能力を使えない。……リアナさん、お願いできますか?」
「承知」
リアナは愛用の二本の短刀を抜いた。慧太は言った。
「相手は十人くらいいるぞ? やれるか」
「楽勝」
無表情だがリアナは頷いた。……頼もしい。
ユウラも頷く。青髪の魔術師は、待機しているアスモディア――シェイプシフター製のシスター服姿だ――と二言ほど話した後、黒馬(アルフォンソ)の荷物を降ろし始めた。
入れ替わるようにセラが慧太の隣に立った。
「何があったんですか?」
「何も」
慧太はそっけなく応じた。対岸のことをお姫様に知らせる必要性はない。
セラは何か言いたげな表情になった。リアナが傍らで武器を抜いたのだ、何もないわけがない。だが、小さく息をついてそれ以上追求しなかった。慧太が言わないなら聞くまいと判断したらしい。
「それで、どうやって渡るんですか?」
「……実は、いままで君に黙っていたことがある」
まるで他人事のような口調で慧太は言った。
「アルフォンソだが……本当は馬じゃない」
「馬じゃない……?」
セラは視線を、アルフォンソへと向ける。荷物を取り去った黒馬は、のそのそと近づいてくる。
「私には馬にしか見えないのですが。……まさかロバだとかそういう冗談ではないですよね?」
冗談ね――少し軽口に似たことを言える関係になったのかな。慧太は唇の端を吊り上げた。
「君が魔人嫌いだから、言うのを躊躇っていたんだが。アルフォンソは魔物だ」
すっと、セラの目元が僅かに厳しくなったように感じた。
「シェイプシフターって知っているか?」
「……いいえ。初めて聞きます」
「姿を変える化け物だ」
慧太は感情を込めずに告げる。だが内心では妙に緊張し、声がかすれないか不安になった。
「お化けとも妖怪とも言われている。姿を自由に変えることができるんだが……」
「姿を、変える? ……人間に化ける、とか」
思わず慧太は笑い出したいのをこらえる。ここにまさに人間の姿をしているシェイプシフターがいる。
「まあ、そうだな。そうやって人を驚かせたりするらしい」
自分自身のことではあるが、他人事のように振る舞う。
セラは問うた。
「何故、それを今言うんですか?」
「シェイプシフターの能力を使ってゴルド橋を渡る」
「橋を、渡る……」
銀髪のお姫様は、傍らで止まった黒馬をじっと見つめる。
「そんなことができるのですか?」
「できる」
慧太は即答した。アルフォンソの首筋に手を当て、頭の中のイメージを送る。
アルフォンソの影が伸びる。分断された箇所から黒いそれが伸びて、対岸側の分断箇所へと伸びていく。
数秒で、シェイプシフターの分身体から伸びた影が向こう側に繋がり、即席の橋をかけた。慧太が頷けば、リアナが足音もなく橋を一気に駆けて行った。
セラが「今のは?」と言いたげに視線をくれたので、慧太は「対岸の偵察」とだけ答えた。
「こんな簡単に橋を架けてしまうなんて。……ここ二日の足止めは何だったのかな」
「人前ではあまり使いたくなかった。町の人を驚かせたくないし」
慧太は視線をセラに向けた。
「君が嫌がるかと思ったんだ。……アルゲナムのことがあるから、魔物と聞いて怒るんじゃないかなって」
「私に遠慮してたと」
セラは睨むような目を向けてくる。
「確かに、あまりいい気はしませんね。……アルフォンソが魔物だって、私に隠してた」
「余計な気遣いはかけたくなかったんだ」
自身の頬をかく。
「悪かった」
「いえ……」
セラは俯いた。
「気を使わせてすみません。……ユウラさんやリアナも知っているみたいですけど……このシェイプシフターは危険がないと思っていいですね?」
「ああ、たぶん大丈夫」
「たぶん?」
片方の眉を吊り上げるセラ。慧太は肩をすくめた。
「大丈夫だ。問題ない」
ちょうど、対岸から定期的な金属音が聞こえた。剣戟――ではなく、一定のリズムで放たれるそれは合図だった。……リアナが対岸を制圧したのだ。
さすが、リアナ。闇をついての奇襲はお手の物か。
慧太は、アルフォンソの影から伸びたシェイプシフター体の橋に一歩を踏み出す。
夜風がやや強かったが、幅も十分のため、よほど脱線しなければ落ちることはないだろう。
「頼もしい味方だよ、シェイプシフターは。……いちおう確認するけど、橋を渡ったら追い出すとか言わないよな」
「……言いませんよ」
間があったのは気のせいか。
「だって彼――アルフォンソも、ケイタや傭兵団の仲間なんでしょ?」
セラは小さく笑ったが、すぐに真顔になった。
「あの人に比べれば、アルフォンソは可愛いほうです」
少しトゲがある言い方になったのは、ユウラの背後にたたずむ赤毛の女性――アスモディアにだった。
――そうだ。彼女がいるから、シェイプシフターだってバラしたんだ。
慧太は意地の悪い顔になる。女魔人に比べたら、アルフォンソは如何にも無害そうだ。
アルフォンソの架けた橋を渡った慧太は、ランタンで後続のために道を照らす。セラが抜け、アルフォンソが通過した。ユウラとアスモディアが分断箇所を渡り終わったのを確認した後、慧太はアルの分身体を回収させた。
結果、橋は元の寸断された状態に戻るのだった。
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