第15話 マギアイト洞窟の馬鹿女幽霊
オーランドらに襲われ、幼馴染と一悶着ありながらも、ルドルフたちは、遂に洞窟へと辿り着いた。
《マギアイト洞窟》は人工洞窟で、名前通り《マギアイト鉱石》の主要な産出地であった。
だが魔物が棲みつくようになってからというもの、洞窟周辺の管理はされなくなり、今は人の出入りも疎らだ。
洞窟の傍にある人一人乗れそうな四角形の台座の上には、何も乗っていない。
だが、プレートにはシルヴィアと女性の名前が刻まれていた。
台座付近の立て看板を見遣ると
愛娘シルヴィアは、高潔な志を持ちながらも、志半ばにして夭逝(ようせい)してしまった。
あまりにも短い娘の死に、私は耐えられそうにない。
ルクス神よ。
人ならざる者としての生を望む私を、どうか許してほしい。
と、供述されている。
「これは何かしら」
「中に入れば、分かりますよ」
「ところで、アデルさんは虫って得意ですか、苦手ですか」
「別に平気だけど、どうかしたの」
ルドルフの問いかけに、アデルは呆けた顔で答えた。
「ならいいんですけど。うわ、いつ見ても凄いな」
洞窟内部に少し進んだ後、ルドルフは光魔法で、周囲を照らす。
と、ルドルフとアデルの目の前には、異様な光景が広がった。
地上にいる冒険者らの隙を伺うみたいに、闇の中で黄色い瞳を不気味に輝せる、天井のコウモリ。
足元には泥のような糞が堆積し、数百、数千、数万のゴキブリが、まるで絨毯のように地面を覆いつくし、蠢く。
黒一色の天井から糞が落ちると、羽化したばかりの赤茶色の集団が、狂喜し、我先にと群がっていった。
そして、それを食物とする《グラスホッパー》という魔物が、これまた恐ろしい。
斑模様が特徴的な、音に敏感な昆虫で、自分の体長の数倍はあろう跳躍力で、思い切り飛び掛かってくるのだ。
恐怖のあまり絶叫する冒険者へ送られる、《マギアイト洞窟》からの洗礼。
もとい粋な計らいである。
人を見掛けたかと思えば、《ポルターガイスト》が死者の体に乗り移って《ゾンビ》として徘徊しているなど、恐怖体験には事欠かさない。
そして極めつけには、朽ちた肉体に食いついた昆虫が、《ゾンビ》を剣などで刺すと同時に、血のように溢れ出してくるのだ。
虫が苦手な冒険者には卒倒もの。
そうでなくとも、一度入ったら二度と忘れられない場所。
それが《マギアイト洞窟》である。
「さて、いきましょうか」
「コウモリも、虫も、ゾンビも単体では苦手じゃないけれど。でも、限度があるわよね」
自分は何も見ていないとでもいう風に瞼を閉じて、アデルは一歩、また一歩と後退していく。
が、それをルドルフは許さなかった。
「もう、ここまできたんですから。逃げられませんよ、アデルさん」
「こんな所で冒険なんて絶対に嫌よぉ! 帰してぇ!」
「ハイハイ、四の五の言わずにさっさと終わらせちゃいましょうねぇ。叫ぶと《グラスホッパー》が向かってきますよぉ」
「ギャアァァァ! イヤアアアアァ……!」
ルドルフはアデルの手首を掴むと、有無を言わさずに連れ回した。
コウモリたちへ魔術を放って死んだコウモリたちの耳を切り落とし、革の袋に入れ、どんどんと奥へと進んでいく。
と、一歩一歩踏み締めていく度に背筋に悪寒が走り、心臓の脈が早くなっていった。
そして徐々に、感覚が冴えていくのを感じるのだった。
この胸騒ぎは、いったい何なのだ。
ルドルフは先に進めば、この違和感の正体が分かる気がして、着実に歩を進めていく。
数分後前方に、二人の人影が見えた。
一人は頭にバンダナを巻いた軽装の男。
そしてもう一人は肩までのミディアムヘアに、重厚感のある分厚い鎧を身に纏う、女性型の彫像だった。
「ヒィィィ! やめてくれぇ!」
「邪悪なる冒険者め、我が神に代わって私が貴様らを成敗するッ!」
「シルヴィアさん、何をしてるんですか」
また、冒険者に因縁をつけていたのか。
ルドルフはバンダナの男を哀れに思い、二人の仲裁に入った。
「何故止めるんだ。奴らは片手に武器を持ち、私に向かってきたのだぞ」
「冒険者なんですから、常に周りを警戒して殺気立っているのは当然でしょう。シルヴィアさん」
「おっ、冷静に考えるとそうだ。ルドルフは賢いな」
そういうと、シルヴィアは納得したように腕を組む。
以前訪れた際にも、ルドルフは同様の台詞を放った。
彼女の記憶からは、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。
ちなみに彼の父ヘンリーの著作、《幻獣図鑑》では馬鹿女幽霊と扱き下ろされている。
「ところで、この彫像は?」
「あ、洞窟の前の台座が設置されていたでしょう。彼女がシルヴィアさんです」
アデルと彼女は初対面。
ルドルフは簡潔に、彼女の自己紹介を済ませた。
「アデルよ、私の名はシルヴィア・レイモンド。悪しき者は私が滅ぼす、遠慮なく言うのだぞ、うおおおぉ!」
剣を掲げて、格好つけながら、彼女は勇ましく咆哮する。
正義を気取っているが、洞窟に入ってくる人々を見境なく襲い掛かるのは、傍迷惑としか言いようがない。
義賊と呼ばれる盗賊もいるのだから、せめて相手は悪人だけに絞ってくれればいいのだが。
ルドルフにとって彼女は、現状では善にも悪にも、どちらにもなり得た。
「無差別に冒険者に襲い掛かる怪物に、悪しき者扱いされて気の毒ね」
「ハハハ、確かにそうですね。初対面の時は、僕にも襲ってきましたし」
ルドルフは苦笑しつつ、アデルの発言に頷いた。
辛辣な物言いだが、こればかりは彼女に同意せざるを得なかった。
「おい、二人して馬鹿にするなよ」
「馬鹿にされた回数、ちゃんと覚えてるのかしら?」
そう言われるとシルヴィアは、親指、人差し指、中指、薬指、小指と順々に指を曲げていく。
左手の指も同様に曲げると
「十回以上だ!」
と、高らかに叫んだ。
「あら、十以上数えられないの」
馬鹿馬鹿しい会話に花を咲かせていると
「ところであの光、綺麗だな」
話の途中に、突然シルヴィアが指差す。
指し示した方には、ふわふわと神秘的な光が漂っていた。
「……あれは《マナ溜まり》じゃないかしら」
「えっ、本当ですか」
《マナ》。
空気や水などに普遍的に存在する超常的な力で、魔法を用いる際にも必要となる物質。
平素は目視できないのだが、時折、《マナ》が過剰に発生して、《マナ溜まり》と呼ばれる現象が起こる。
すると米粒ほどの大きさの暖色の光が、視認できるようになるのだ。
しかし
「シルヴィアさん。この光、ここら辺で以前から見掛けましたか」
「いや、私は《マナ溜まり》とやらを初めて見たからな。綺麗だし、毎日見ていたいぞ」
「……かつての《月の御子》の《マナ事変》にも似ていますね。ありがとうございます」
三か月前は、ルドルフは洞窟深部で《マナ溜まり》を見掛けた。
にも関わらず、今は出入口からさほど遠くない場所で、この現象が引き起こされているのだ。
ルドルフが三か月前感じた違和感は、確信へと変わっていった。
間違いない、この地に眠る何かが、《マギアイト洞窟》の《マナ》を増大させている。
彼はシルヴィアに一礼すると、更に奥深くへと向かっていった。
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