【書籍化・コミカライズ決定】最低皇子たちによる皇位争『譲』戦 ~貧乏くじの皇位なんて誰にでもくれてやる!~

榎本快晴

『第五皇子擁立』編

第1話 皇帝の地位なんて貧乏くじでしかない

 妾腹の第四皇子という地位は最高である、と俺は確信していた。



 第四子の上に妾腹であるから皇位継承とはほぼ無縁。


 将来的に国を担うという重責は回避しつつ、皇子としての待遇はほどほどに享受できる。これほど旨味に溢れた地位は国中を探しても他にない。


 二人の兄と一人の姉が全員亡き者にでもなればお鉢が回ってくるだろうが、彼らは三人とも殺しても死なないような無双の英傑である。心配するには値しない。


 そうした楽観に満ち溢れていたからこそ――


四玄スガンよ。お前には余の皇位を継いでもらいたい」


 父である皇帝からそう告げられたとき、俺は大いに動揺した。


 まったくの不意打ちだった。『危急の用があるから、謁見の間まで今すぐに来るように』と皇帝付きの侍従から告げられて、行ってみたら開口一番でこれだ。


 玉座の前で跪いたまましばし呆然としていた俺だったが、ある可能性を思いついてふと顔を深刻にする。


「まさか兄上たちがくたばったのですか?」

「あやつらが死ぬと思うか?」

「いえ。殺しにかかっても死なないでしょう。この安都が蛮族に焼かれて滅びようと、あの三人は生き延びるはずです」

「余の目が黒いうちは蛮族どもにそんな真似はさせんがな。まあ、そのとおりだ。あやつらは今も息災よ」


 息災というのは喜ばしいことであるはずだが、皇帝の声色には憂いが混じっていた。


「ならば、なぜ私を跡継ぎなどに選ぶのですか? 年の功にしても生まれの貴賤にしても、兄上たちの方が皇帝としてふさわしいはずです。いえ、まさか――」


 この国の皇帝に最も求められる能力は、周辺の蛮族への牽制となる強力な武の力である。

 父である目の前の現皇帝は、君主でありながら将として戦場の最前線に立ち、単騎で千人以上を斬り伏せたとの逸話を残している。


 かくいう俺も自らの武の腕には自信があった。兄や姉たちと同じく、蛮族の一斉侵攻があろうと生存を確信できる程度には。


「この私の腕が兄たちを上回っていると? お言葉ですが陛下。確かに私の才は彼らを凌駕して余りあると自負しておりますが、残念ながら私は日々の修練というのが大の苦手でして。才能でいくら勝っていても、修練を重ねた兄上たちには敵うものではありません。才能では勝っているのですが」

「いんや、お前たちの才も腕も大差はない。あまり自惚れるな」


 やや調子に乗りかけたところを冷静に戻される。


「それではなぜ私を皇帝などに?」

「君主となるためには、武や才よりも重要なものがある」


 重々しく皇帝は言う。それを受けて俺は閃いた。


「なるほど。分かりましたよ陛下。それはすなわち、人柄ですね? この私の心が兄上たちに比べて清く正しく人の上に立つに相応しいと」

「人柄なんぞで選ぶなら、余は最初からお前たち四人を選外にしているわ。最も大事なのは――単純にやる気だ」

「やる気?」


 ああ、と玉座のひじ掛けに頬杖をつきながら皇帝は目を閉じた。


「お前の兄姉きょうだいたちは、まるでやる気がないのだ。皇帝なぞ面倒くさい、皇子としての立場が気楽でいい――と」


 俺はぎくりと背筋を強張らせる。その思想は自分とまったく同じだった。


「陛下。皇帝という地位に重責を感じるのは当然のことです。そんな弱音を真に受けてどうするのですか」

「弱音というほど生易しいものではない。たとえば先日、姉の二朱リャウシャにこの話を持ちかけたところ、だ」


 苛立つように皇帝は顔をしかめる。


「『蛮族の殿方たちって逞しくて魅力的ですわよね。ああ、攻め入られて悲劇の降嫁というのも悪くありませんわ』と暗に蛮族どもへの降伏を盾に脅してきた」

「あの姉上は……しかし、三龍サウラン殿は? あの兄上は生真面目ですし、そうした脅しは吐かない方かと思いますが」

「あいつは余が呼びつけて以来、ずっと謎の病とやらで伏せっている。死相はまるで見えんのだが、『もう私の命は長くありません』と頑なに主張してきおる」

「仮病でしょうね」

「うむ」


 三龍は一見して真面目なようだったが、その真面目さはあくまで仮の姿だったらしい。まあよく考えたら腹は違えど俺の兄である。そこまで立派な人間なわけがなかった。血は争えない。


「しかし一虎イーフ殿がいるでしょう。長兄であり武技も優秀。あの方に任せずして誰に任せるというのですか」

「あいつが一番駄目だ」


 即座に皇帝は断言した。


「分かっています。どうせ一虎殿もやる気はないのでしょう。ですが陛下、やる気がないのは我々みな同じです。ならば長兄の一虎殿が年長者として務めを果たすべきです」

「四玄。お前、どさくさに紛れて自分もやる気がないと認めたな?」

「そうでないと本格的に押し付けられそうなので」


 四人全員が対等にやる気がないなら、おそらく長兄の一虎が選ばれるはずである。歳が上な分、これから将官として戦場に出られるのも早い。強さに見合った武功も積んでいくだろう。まさに適任だ。


 俺がそう思っていると、皇帝は途端に目を鋭くした。


「――お前たちが『どうせ最後は一虎になる』と考えているように、一虎自身もよほどのことがなければ己に回ってくると危惧したようでな」


 皇帝がぱちりと指を弾いた。


 その途端に謁見室の扉が開き、檻付きの台車に乗せられたフンドシ一丁の罪人らしき人物が運ばれてくる。


「昨晩、『花街で酒に溺れた挙句、破廉恥な姿で路頭を疾走しながら皇帝への暴言を吐き散らした男』がいた。それが、そいつだ」


 後ろ手に手枷を嵌められ檻に囚われた白い短髪の罪人。


 ――それは、不敵なる勝利の笑みを浮かべた兄・一虎その人だった。


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