第21話 異能者殺し


 タッタッ…タッタッ、タッタッ…タッタッ…――。


 淡い日光が窓から差す静かな朝の館に、階段を駆け下りる靴音が響く。


 その音は、子供が元気いっぱいに外へ飛び出す時の様なリズミカルでもなく、落ち着いた規則正しい耳触りでもない。……何か不安にさせる、耳障りな音だった。


 恐怖と焦りが脈動を激しく高鳴らせ耳の奥底で低く唸り、目に入ってくる光景の外周を黒くボケさせてしまう。ただただ躓かないようにと、冷たい大理石の手すりに手を添えながら、数歩先を見つめ足を動かす。


 (いっ今、……信用できるのは誰?)




 人工の微弱な光に灯されている地下で一晩を過ごした探偵達。


 目の前に見えるのは、館の主人がひっそりと未だ籠っているのでは? と推測されている部屋の扉。半ば予想していた事だったが、その西洋様式の内装には不釣り合いの宇宙船ハッチの様な扉は1ミリメートルたりとも開くことは無かった。


 探偵と揃って一睡もしなかった相棒クリスが、この大いなる無駄骨を、またひとしきり愚痴ってやろうと10回目の口撃しかけた時……。


 血相を変えた女が地下に駆け下りて来た。


 皆何事かと視線を向ける。メイドのウルフィラは近寄って来るクガクレ嬢の恐怖に満ちた形相を目に留め、良くない事が起きたのだと悟り顔を強張らせた。


 息を切らせ傍までやって来た彼女、予想通りマーヴェルが今朝もまだこの場所に居たことにホッとしたのか、ちょっとの間、その固い表情に安堵が浮かぶ。探偵を見つめ震えた唇に言葉を載せようとするが、息が上がったことにプラス狼狽からか、なかなか上手くしゃべれない。


 しかし名探偵マーヴェルは彼女の言わんとすることを即座に理解し、地下の開かずの扉を後に、目的の2階客間へと走りだす。


 息を少し整えたクガクレ嬢も、メイドと共に遅れて後に続いた。




 客間の扉は30センチ弱ほど空いたままだった。


 (隙間……このわずかに開いた扉と言うものは……どうしてこんなに不気味なんだろうな……)


 一晩中ぴったりと閉まった扉を見続けていたマーヴェルは、そんなことを思いながら隙間を見せるドアの取っ手に手を伸ばす。


 そろりと開け……体を室内に入れる。


 最初に目に飛び込んだのは、床に広がる真っ赤な血。


 広がるそれは染みなどでは無い……表面張力で盛り上がる血溜まり。


 男が仰向けに倒れている。


 誰だ? 誰だか分からない。……まだ。


 何故なら、その男の顔に斧らしき物体が刺さっていたから……。


 マーヴェルは良く観察しようと血の海に近づく。片手でも扱える程度の大きさ、40センチメートル弱の長さの手斧が、顔を横に真っ二つにする勢いで両目の辺りに深々と突き刺さっていた。


 血は固まり切っておらず、まだ新しいが、ドクドクと流れ出る様子はもうない……それは心臓の停止を意味していた。


 あまりの酷さに探偵の顔も曇る。

 (過剰な……過剰すぎる攻撃…………!?)


 背後で音がして、ハッと振り向く。


 玄関から入り、近づいて来ようとしているウルフィラとクガクレ、探偵は彼女たちを制して

 「お嬢さん方は……見ない方がいい……」


 致命傷は誰が見ても明らかに頭部への攻撃。

 頭をよく見れば後頭部にも傷があるようだ……死者を起こすのは忍びないが、もう少しはっきりと確かめるため、内ポケットから取り出した手袋をはめた手で頭頂部下を支え僅かに起こしてみた。

 ナイフや包丁のような薄い刃物ではない、いわゆる鈍器で殴られたような裂傷。


 (後ろの傷もかなりのダメージ……それなのに何故……)


 この惨状では死者の目を安らかに閉じてあげる事も出来ない……何とも言えない無念さが湧き、マーヴェルは黙とうをした。


 白髪交じりの髪に粘度のような赤が纏わりつく。



 それは、初老のカメラマンのオオツ カズフサだった。




 入口近くに立ち、自然と潜めた声で話し合う。


 マーヴェルは上着のポケットを整えながら、現状で分かった結論を端的に言った。

 「……血も乾いていない。おそらくは、まだ殺されて間もない」


 顔を下に向け、血の付いてしまった手袋を外した白く細い両手をボーっと見る。

 「息も無く……て、手遅れだが、……ドクターを呼んだ方がいいかもしれない……」


 「わたし呼んできましょうか」

 ウルフィラが肩を落とす探偵を心配そうに覗き込み聞いた。


 「犯人が……近くにいるかもしれへん……一人じゃ危ないで」


 クリスのその忠告にマーヴェルも頷き

 「……ウルフィラさん、とりあえず皆を呼びましょう。……こ、こうして下さい、……3階の……ミスターモリヤとマーティ君は、そこのラウンジ階段で上へ呼びかけてみてください。その後、この階のドクターとスリング婦人の部屋のドアをノックしてみましょう」


 探偵の指示は、あまりにも慎重すぎる行動のような気もしたが、その言葉に従うため部屋を出た。


 「クガクレさんも付いて行って……僕は廊下で見張っています」


 探偵はオオツに用意されていた、やぎ座の間のドアを大きく開け放ち、前の廊下から部屋の中、そして彼女たちを交互に見張った。メイドが中央ラウンジの階段辺りまで行って、大声で叫ぶ。傍でクガクレがキョロキョロと周りに目を配る。


 遂に起きた残忍な惨状を目の当たりにして、姿の見えぬ鬼を恐れるように得体の知れぬ震えを間近に感じる。

 (部屋の中に……誰も潜んではいないな?)


 何度目かの注意を向けた時、何か違和を感じた気がした……。


 「ク…クリス、何か?」

 傍の相棒に確認する。


 「ううん……部屋に誰もおらへんで」


 「……だ、だよなぁ……」


 ガチャっとドアが開く。


 パッと探偵は顔を上げ、メイドとクガクレも気が付きそっちを一斉に見る。


 さそり座の間のドアがゆっくり開いた。



 同階の中央階段を挟んで彼らがいる廊下と反対側、建物正面に向かって左翼側のその部屋からスリング婦人が滑らかな動作で出て来た。


 ほぼ時を同じくして、3階のモリヤが階段を速足で下りながら下へ向かって呼びかける。

 「おっおい、どうした! 何の騒ぎだ?」



 

 老婆は探偵の警戒心丸出しの動きを見て、少し顔をしかめながら近づいていく。

 マジシャンはメイド達と合流して探偵の側へ。


 探偵の話すいきさつに驚きを見せつつ、二人それぞれ部屋を覗き込む。


 「うっ! なんてことだ」


 「……あの爺さんがやられたのかい?」


 中に入り、もっと近くで見ようとするスリング婦人。


 「くっ、酷いね……程度ってものを知らないのかい? あれじゃ脳がぐちゃぐちゃだろ……素人が恐怖に駆られて滅多打ち……それとも……」


 それ以上言葉は続けず、ますます険しい顔つきになり、大きく首を振った。



 「マーヴェルさん。アシモフ様が……来ません」


 ウルフィラが心配そうに上の方を見上げて言った。


 「やっぱり、わたしが上がって呼んできましょうか……」


 モリヤ達が部屋から出てくる。


 「おい、ドクターは来てないのか? え? 子供じゃあるまいしマジでへそを曲げて部屋から出ないつもりじゃないだろうな」


 「いえ、ドクター様は、まだ直接呼びに行ってません」


 「先生かい? 確かこの同じ階で…奥の部屋だったかねぇ。そういやあ、あの坊やも……あれから全く姿を見ないね」


 「……あ、ああそうだな」


 「と……とにかく、この状況では一人で行動すべきではないと……僕が提案したので……そうですね、大体みなさん揃った事ですし、まずあっちのドクターの部屋へ行きますか?」


 探偵はそう言いながら、2階の右側『やぎ座』、誰も泊まっていない『みずがめ座』、そしてドクターのいる『うお座』の方へ顔を向けた。


 もともと白い肌が血の気を失い青白く見えるクガクレ アマコが、美しい顔を硬直させて呆然と室内を見つめている。


 「なるほどな……じゃあ、もうここに突っ立っていても仕方ない……おっ死んだ奴相手には手遅れ……みんなで向かってもいいんじゃないか?」

 怯え、ちょっとした興奮? モリヤの言葉に動揺が混じっている。


 「中に誰か隠れているか見張るってのか? ベッドの下やクローゼットの中にでも……フフッそんな馬鹿な……もうとっくにいないだろ?」


 別に現場は密室でもなんでもなく彼の言う事ももっともで、事を済ませた犯人がぐずぐず残っている道理も無い。それでもいいとばかり探偵も頷く。


 何も浮かぶ感情が無い蝋細工の人形のように、部屋に視線を釘づけにされていた彼女の両目が大きく見開かれた。

 

 「……ぁ………ぁあ」


 スリング婦人が探偵に近寄り聞く。

 「坊やの所、確か3階の隅だったかい? あたしがひとっ走り……行って来てもいいけど……誰かと一緒に行動するってのは、安全確保だけが目的というわけじゃあなさそうだねぇ…………」


 モリヤがにやりと笑い、彼女の言葉の最後に続ける。

 「お互いを見張るためか?」


 「ぁ……ぁぁあ……」


 アマコが細く奇麗な人差し指を震わせ……何かを指さす。


 「……」


 それぞれが会話や自己思考に注意を取られていたために、遅まきながらやっと彼女の動作に気が付く……。


 皆の視線が誘導され…………。



 様々な人生、様々な体験を経て今までを生きてきた招待客達。それは大半の人間が決して味わう事の無いスーパーエクスペリエンス。その人並み以上特殊で豊かな人生経験の中でも、誰一人として一秒たりとも味わった事の無い驚愕の現象が起き始めていた。


 名探偵マーヴェルは思った。


 (これが夢でなく現実ならば……敗北と言う二文字を初めて覚悟しないといけないかもしれない)

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