『110、イルマス教の内乱(九)』

2つ目の村を電光石火で潰した俺たちは、物資を現地補給しながら進軍していく。

もうすぐ平原に到着するため、そこを決戦の舞台にしようと考えているのだ。


「前から調べておくことで地の利が使えます。是非ともさっさと着陣しておきましょう」などと強くお勧めされてしまっては、そう指示するしかない。


俺たちは近くの村をお借りしながら、戦の準備を着々と進ませていく。

そして、ここに到着した日の夜に戦に関する最終会議が行われることになった。


「とりあえず、敵はどこまで進軍しているのか知りたいわ」

「位置から考えると、この平原に姿を現すまであと1日はかかるかと」


ベーラが報告を上げる。

報告を聞いたエーリル将軍は難しい顔をしながら地図を眺めていた。


「相手は2600だからほぼ互角かしら。魔術師が多い編成だから前衛の使い方次第ね」

「デーガン派は魔術師が多いんだったか。それなら防御が大変だな」


魔術師を相手にした戦闘は、下手に前衛を突っ込ませると魔法の餌食になる。

ボーランが腕を組んで唸った。

自身が魔剣士を目指しているという特性上、魔法の怖さもよく知っているはずだろう。


「防御に割くか、攻撃に割くかっていうことだもんね」

「相手は多分攻撃重視で来ると思うわ。なぜなら兵数がほとんど変わらないからよ」

「とにかく攻撃して、相手の数を減らしていくっていう作戦か。ありそうだな」


俺を始めとした全員が納得したような表情を見せる。

フェブアーは先の推測と重ね合わせ、このような提案をして見せた。


「魔術師を封印すればいいのです。つまり古代魔法で結界を張ってみましょう」

「古代魔法の結界?魔術師の封印と何の関係があるの?」


エーリル将軍が眉をひそめると、フェブアーは得意げに胸を張りながら結界を制作した。

透明だからか、何だかガラスみたい。


「ここで誰か魔法を放ってもらえませんか?強度は保証しますから大丈夫です」

「それじゃ。水球ウォーターボール


俺が詠唱をして、いつものように指を前に突き出すが何の反応も無い。

――魔力は込めたはずだよな?

体から魔力が放出された感覚があったから、魔法は発動されているはずなのにどうして。


「リレン王子とカルスは覚えていらっしゃいますか?この結界のことを」

「まさか・・・お披露目パーティーの時のかい?」


カルスが瞠目しながら尋ねると、フェブアーは大きく頷いた。

いわゆる魔力支配というやつだったっけ。


「この結界には強い闇魔法が込められています。この魔法は空中の魔力を吸い取る」

「あれは闇魔法だったからね。ただ、あらゆる魔法を使えなくする結界なんて・・・」


カルスが呟くと、フェブアーは顔を歪めて俯く。

この結界は維持するのも大変そうだし、何か仕掛けというか副作用があるのかも。


「この結界は魔力をたくさん消費するので、私ももう限界です。だから本番の戦では・・・」

「まさか・・・あの禁忌の魔法を使う気!?」


俺が詰問するように顔を近づけると、フェブアーは無言で後ろを向いた。

放たれる全ての言葉を拒絶するかのように。


「ちょっと・・・それは認められないわね。この中の誰1人でも欠けてはならない」

「まさか命を代償にする気ですか!?」


エーリル将軍の拒否で察したのか、マイセスが悲しみを帯びた声で叫ぶ。

ボーランやフローリーも固まったまま動かない。


「命をかけるなんて無茶だ。やめなさい」

「じゃあどうするっていうの!?このまま魔術師に何の対策もないまま挑む気ですか!?」

「何か別の策を考えればいい」


カルスが必死に説得するも、フェブアーの表情は硬いままだ。

既に覚悟を決めているのだろう。


「明日には攻めてくるかもしれないっていうのに?そんなの無茶でしょ。これが最も確実な方法だって分かっているから覚悟を決めているの!私はリレン様を殺したくない。みんなも死なせたくない。だったら私だけが犠牲になった方がいいはずじゃない!」


合っているはずなのに、間違っている気がする。

こんな時、どんな言葉をかけたらいいのかは分からない。

正解なんてきっとないだろう。


でも俺は従者であるフェブアー=レインという女性を守らなくてはならない。

主従契約を結んだ日のことが昨日のように思い出される。


『もし俺が道を間違えることがあったら、遠慮なく意見を言い、罵倒し、ねじ伏せてでも俺を正してくれ。逆の時は必ずフェブアーを助けると約束しよう』


この言葉を実行する時だ。

俺はこの場にいる人たちは、誰も死なせないと決めていたのだから。


「リレン=グラッザドの名において命ずる。この命令以降、ライフ・バーンの使用を禁ずる」

「えっ・・・血迷ったのですか!?」


静かな声でそう言うと、フェブアーが声を張り上げた。

彼女はきっと自分が正しくて、俺が道を踏み外したと思っているに違いない。


「最初の勅命がまさかこれとはね。契約したその日に僕が死にかけたのを思い出したよ」

「リレン様は間違っています!何を言われても私の意志は固まっていますから」


そう、この勅命は死んだら適用されない。

一旦発動してしまっても止めることは出来ないから、勅命など怖くないことは分かっている。

だけど・・・もう1つの策をフェブアーは知らないだろう。


絶対にフェブアーは死なせないし、魔術師だらけの相手との戦にも勝つ。

目が血走ったフェブアーを見つめながら、俺はフタンズさんの指輪を握りしめた。

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