『100、転生者』
ボーランが目覚めてから馬車は再び進み、ついにウダハル王国までやってきた。
ここを超えないとイルマス教国にはいけないのだが・・・。
「ええい、リレン王子を愚弄する気か!?国王の勅命だから通せと言っているのだ!」
「ですから認められません。ロビウム様の指示です」
さっきから20分くらい、ずっとこの光景が馬車の外で繰り広げられている。
宣戦布告の影響で、グラッザドの馬車がウダハル王国内を通ることが出来ない。
エーリル将軍がそれに業を燃やしているのだ。
「これでは埒が飽きませんわね。少々遠回りですがアラッサムから行かれては?」
「確かにな。このまま問答を続けていても無駄のようだ」
門番を一睨みしたエーリル将軍が、ツバーナの助言で馬車に戻って来る。
アラッサムであれば宣戦布告はされていないからな。
少なくとも表立って拒否される可能性は低いと考えられるため、最善の策といえるだろう。
「いいえ、ここから強硬突破しますわ。古代魔法、幻影」
「そうか。ロビウムの幻影を見せれば警戒を解いてくれるかもしれないってことか」
ボーランの納得の声とともに魔法が放たれる。
途端に門の奥からロビウムの幻影が顔を出し、門番に細かく指示を出す。
すると門番たちは釈然としない顔つきながらも、固く閉じられていた門を開けてくれた。
「通れ。ロビウム様のお許しが出た。国王様の感謝するが良い」
「ありがとうございますー」
エーリル将軍の皮肉じみた発言にもロビウムは動じることなく、奥に消えていく。
幻影魔法は恐ろしいな。
こんなにもあっさりと侵入に成功するとは思わなかった。
「出るときはウダハルの商人に化けてしまえば簡単ですわ。ナッチの名で何とかなります」
「頼りになるね。さすが第1王女」
フローリーが満面の笑みを浮かべながら賞賛するが、ナッチさんに対しては逆効果だ。
案の定、彼女は半眼でフローリーを睨んでいる。
「私はナッチよ。決してナッチ=ウダハルじゃないんだから、その名で呼ぶのは控えて」
「す・・・すみませんでした!以後気をつけます!」
焦ったように頭を下げたフローリーだったが、突然起き上がって魔法の準備をしだした。
全員が首を傾げるなか、彼女はボーランに向かって魔法を放つ。
「わっ!どうして僕に魔法を・・・っ!?」
「気づいた?なぜかあなたの体が黒く染まりかかっているのよ。まるで呪いみたいに」
頭を下げたとき、ボーランの異変に気付いたのだろう。
さすが回復魔法が得意なだけあって、観察力と分析力は並外れているな。
しかし・・・異変の原因は何なのだろうか。
「意識対話の副作用ですね。3刻が経過しても治らないようなら教会へ行きましょう」
「それって・・・エーリル将軍がかけた魔法じゃない?」
俺が呟くと、事実を知らないカルスとフェブアーが馬車に乗ってから初めて口を開いた。
もっと積極的に会話に参加してほしいのだが。
「エーリル様はマーナス家の者だったのですか。それにしても、こんな酷い副作用が・・・」
「確かに褒められた方法ではないだろうが、あの方法が最もボーランを大きく成長させる」
エーリル将軍はそう言ってボーランの腕を優しく撫でた。
俺も便乗するように撫でてあげると、ボーランは真っ赤になった顔を隠すように俯く。
恥ずかしくなったのだろうか。
「確かに成長した感じがしなくもないですけど・・・この黒いものが気持ち悪いですね」
「どんな感じだ?魔力吸収タイプなのかもしれない」
「違いますね。記憶の壁を壊しているような感じでしょうか。何かを思い出させるような・・・」
ボーラン自身も上手く説明できないようだ。
こればっかりは本人の感覚だから、俺たちが意図を汲み取ることは出来ない。
どうにかしてあげたい気持ちだけは十分あるんだけどね・・・。
「多分、記憶遡上タイプだな。過去の思い出したくないような記憶を思い出させる」
「僕には心当たりがあり過ぎて、正直困りますがね」
確かにボーランの人生は壮絶だから、思い出したく記憶など溢れるほどあるだろう。
そう考えると、残念ながら彼には一番辛いタイプかもな。
早く呪いを解いてもらった方がいいような気もするが、とにかく失敗されるのが怖い。
慎重に事を運んだほうがいいだろう。
そんなことを考えながら馬車を走らせ続けて5刻が経ったころ、泊まる宿が見えてきた。
随分と豪華な宿だ。
無駄に広い部屋に入ると、待ってましたとばかりにエーリル将軍がボーランを調べ始めた。
「全く治っていないどころか侵食が進んでいる。これは教会に行った方がいいだろうな」
「分かりました。ここらに教会がないか尋ねてきます」
カルスが素早い身のこなしで宿を出て行き、フェブアーもそれに追随していく。
護衛はエーリル将軍だけで十分だと考えたのだろう。
そういえば戦っている姿を見たことがないが、どれほど強いのだろうか。
将軍という大役を任されるくらいだし、相当強いのかも。
「お姉ちゃんは大丈夫かしら。明日には到着できるはずだけど・・・」
「大丈夫ですよ。お姉さまの反応がイルマス教国でしたっけ?から確認できます」
魔導書を広げたツバーナが言った。
古文書と呼んで差し支えないほど古ぼけた本だし、エルフの世界の古代魔法みたいだな。
さすがエルフの王族といったところか。
「ありました。ここから歩いて2分ほどのところに教会があります」
「分かった。フェブアーを残してきたのだろうから交渉は大丈夫だろう。出るぞ」
エーリル将軍の指示で全員が移動を開始する。
俺も出来るだけボーランを隠しながら進んでいき、やがて神々しい教会にたどり着く。
外には不満げなフェブアーと巫女らしき女性が立っていた。
「解呪でよろしいですよね?お布施として金貨1枚をお支払いください」
「何でです?この国では普通なんですか?」
「そうですよ。逆にお布施を取らない教会など、この国には存在しないと思いますが」
俺の問いにシスターが澄ました顔で答えた。
グラッザド王国では無料なので、お布施という単語に疑問を覚える。
しかしお布施を払わないと本当に治療してくれそうにないので、金貨を渡すしかない。
「確かに受け取りました。それでは中へどうぞ」
シスターに促されて中に入ると、華美なステンドグラスが教会の内部を彩っている。
グラッザド王国の教会とイメージが異なるな。
あっちの教会も確かに華美ではあるが、さりげない装飾品などによるものだ。
大胆に見せたりはしない。
「それでは神託をお聞きください。直し方は神が最適な方法を教えてくれるので」
「なるほど。全知全能という部分を使うわけか」
フェブアーの言葉に大きく頷いたシスターが、祭壇の前で祈りの姿勢を取りはじめる。
というか、フェブアーの喋り方がエーリル将軍の喋り方にそっくりなんだけど。
声で聞き分けることは出来るだろうが、面倒なことになったものだ。
半ばウンザリした気持ちで祈っているシスターを見ていると、彼女が突然立ち上がった。
こちらを見ているシスターは、明らかにさっきまでとは別人だろう。
何よりも目つきからして違っている。
「お久しぶりですね。絹川空さん。指示する側になった気持ちはいかがですか?」
「――っ!?」
あの女!カルスたちがいる前で前世での名前を暴露しやがったぞ!
違和感を持たれないうちに早く対処しなければ。
「えっと・・・どういうことでしょう。他の人と間違えているのではないでしょうか」
苦笑いをしつつ、心の中で女神に対して文句を送る。
シスターに乗り移っている女神は、転生したときに会ったあの女神で間違いない。
つまりテレパシーが使えるということだ。
「すみませんが、大人たちは退出してください。私は子供たちにのみお話がありますので」
「分かりました。それでは失礼いたします」
カルスがいつも通りの完璧な一礼をしてから、みんなを引き連れて退出していく。
大人が誰もいなくなったところで女神が再度口を開いた。
「後はこの2人ね。どうやら手違いで記憶が解放されなかったみたいだし、対処しましょう」
「記憶が解放?何を言っているんですか?」
「ちょっと・・・怖いですから杖を私に向けないでもらっていいですか?」
明らかに動揺しまくっているフローリーとボーランに、女神が杖を降りかぶる。
その瞬間、2人が地面に転がった。
「何をしたんですか!?頭が・・・頭が痛い・・・」
「ちょっと・・・視界がグラグラして立っていられないんですけど!早く解除してください!」
この現象・・・どこかで経験したような気が・・・。
首を傾げていると、痛みが治まったらしい2人が辺りを見回す。
さっきまでキョロキョロと眺めていたはずなのに、何を物珍しそうにしているんだか。
「ちょっと2人とも大丈夫?」
「ああ。それにしても本当に魔剣士になれるのか?俺が転生してから7年も経っているし」
「えっ・・・あなたも転生したの?私もヒーラーになりたいと思ってここに来たのよ?」
回復した2人から紡がれた言葉に絶句するしかない。
まさか・・・この2人も転生者だったとは。
「そういえばリレン、君もさっき“絹川空”って呼ばれていたみたいだけど・・・転生者か?」
「そうだね。俺は1000人記念とかで転生できた」
「もうそんなに増えたのか。俺は最初の死者だったから転生出来たんだ」
「そうなの?私は500人記念って言われたけど」
つまり、この3人は全員があの女神の神界で転生してきた仲間ってこと?
随分と偶然が重なったみたいだな。
始まりは領地巡りの旅の時、父上に同行させてくれと願わなかったところからだったか。
「そうだ、自己紹介しなきゃ。私はフローリーこと七星咲よ。2人ともよろしく」
「確かに名前を言っていなかったな。俺はボーランこと一条迅だ。これからもよろしくな」
「2人ともよろしくね。俺はリレンこと絹川空。普段は僕って言っているけど気にしないで」
お互いに自己紹介を終えて女神に向き合う。
記憶を破ろうとしたが叶わず、教会で発表だなんて随分と面白いサプライズじゃないか。
むしろそちらの方が神々しい感じが出る。
「迅くんは14歳の中学生、咲ちゃんは16歳の高校生だったっけ?節目の人は若いのよ」
「俺は17歳の高校生だったから確かにそうかもね」
俺が同意するように頷くと、2人が驚愕の表情を浮かべて固まった。
また何か始まりそうだという予感を感じながら見ていると、やがて迅くんが呟く。
「このままでいいか。空さんみたいに普段はボーランの喋り方と対応で行こうと思う」
「私も賛成ね。一番年上なら従うことに抵抗はないわ」
「そうか、ありがとう。これからも迷惑をかけると思うけどよろしくね」
この3人なら大丈夫だと思う。
俺たちはこの世界で夢を叶えるために努力をし続ける。
それこそが俺たちが偶然にも出会った理由だと信じて疑わなかった。
女神が消えるまで俺たちは前世の話に花を咲かせることになり、大人たちに聞かれそうになったのは、また別の話だ。
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