『85、妙な剣術大会(リアン視点)』
「なあ、廊下に貼られていた貼り紙見た?」
「貼り紙?そんなのあったんだ。教えてくれ。どんな内容だったんだ?」
奴隷仲間のシーレンに尋ねると彼は目を光らせ、さりげなく大人から距離を置いた。
随分とハードな内容らしいな。
奴隷は裏切りがご法度で、バレると死刑になるのが普通だ。
大人から距離を置くということは、それらの系統に触れる話であることは自明の理である。
「剣術の大会で1位になった人とその家族を奴隷身分から解放してあげるだってさ!」
「そんなの?それならお母さんたちを・・・」
浮かれていたのも束の間、僕はふと目の前にいる獣人の少年を見た。
僕よりもはるかに強いであろう彼も恐らくは件の剣術大会に出場すると見ていいだろう。
これ・・・マズいんじゃないか?
大会に出たところで、負けてしまったら意味が無い。
ただでさえ僕は非力なのに、他の家族は大人の男の人を出場させてくるはずだ。
僕のような一番年上の男が子供という家は不利過ぎる。
「お前も参加するだろ?奴隷制が蔓延っているウダハルでこんなチャンスはもう無いぞ!」
「僕とかが出て行って勝てるのかな?」
思わず不安を口にしていた。
目の前の少年は僕みたいな子供相手なら簡単に捻り潰せるだろうから心配はいらない。
だけど、僕は人間だ。
獣人みたいに子供ながらにして強い力を持っているわけでも無いし、魔力も人並みだ。
王族の血というのも、案外薄いんだなといつも思う。
噂によると、今のグラッザド国王は全ての属性の魔法を使えるそうじゃないか。
その才能は僕たちには全く受け継がれていないけど。
「勝てるかな?じゃない。勝つんだよ。どれだけカッコ悪かろうとな」
「なるほど・・・。勝つか・・・」
自分に言い聞かせるかのように呟くシーレンの目は闘志に滾っていた。
こんな僕でも・・・今まで1度も勝ったことが無いような僕でも、勝てる場所があるのか。
「それなら参加してみるよ。初めて勝つ場にしてみせる」
「俺も負けないぜ?犬の獣人族の名に懸けて、絶対に勝利を掴み取って見せる」
不敵に笑うシーレンに苦笑いで返す。
大会に参加することにした僕は、毎日少ない自由時間を使って鍛錬に励んだ。
来る日も来る日も、剣を振り続けた。
ギルドに出向き、剣術の書を閲覧したことも1度や2度ではない。
行くたびに筋骨隆々の冒険者たちに鼻で笑われるのにも、もう慣れた。
そして大会当日、会場には余裕で100人を超える奴隷の出場者が集まってきていた。
すり鉢状の闘技場はメイドたちの使用人で埋め尽くされている。
・・・いったいどこからこんなに集まってきたんだか。
王城勤めの奴隷の多さに呆れていると、ウダハル国王が壇上に登壇した。
僕たちはすぐに臣下の礼を取る。
「ではこれより、私が推薦する出場者を紹介する。騎士団長のヘラレスだ!」
毅然とした声とともに、何者かが壇上に上がっていく。
下を向いているから騎士団長とやらの顔は分からないが、『圧』が凄い。
足音が止まった途端、背筋を嫌な汗が伝う。
まるで油断したら食い殺されてしまいそうな、野生じみた『圧』が会場を覆った。
見える範囲の使用人たちは全員腰が引けている。
全く・・・その『圧』を至近距離で浴びせかけられる身にもなってくれよ。
「ウダハル王国騎士団長のヘラレスだ。私が戦闘で負けるわけにはいかない!」
「そうだ。その意気だ。本気で奴隷どもを葬ってやれ」
わざと僕たちだけに聞こえるようにしたのか、ウダハル国王の嫌味が炸裂した。
隣で怒りに震えている男がいるが、何とかギリギリで抑え込んでいるといった感じか。
「それでは、これより剣術大会を始めます!」
重々しい空気に似合わない、司会者の軽快な声で剣術大会は始まった。
1戦目、躍動したのは騎士団長のヘラレス。
30歳くらいの大剣使いを細い剣1本で圧倒し、わずか1分で斬り捨てていく。
まさに無双状態としか言いようがない。
最強の騎士団長に勝てるはずも無く、回を重ねるごとに奴隷たちは次々と負けていった。
その結果、1番最初に決勝進出が決定したのだ。
ちなみにシーレンは4戦目で彼と当たり、30秒足らずで瞬殺されている。
一方、僕は危なっかしいながらも2戦目、3戦目と順々に勝ち上がっていった。
そして4戦目に辛勝したとき、司会者からリアン=シルバーの決勝進出が告げられる。
その時、会場から大歓声が上がった。
もちろん全ての歓声は僕に向けられたものではなく、騎士団長のヘラレスのものだ。
決勝戦に残ったのが僕みたいな子供だから、勝った気でいるようだな。
何とか倒せればいいのだが。
「それでは、ヘラレス=シード様とリアン=シルバーの決勝戦・・・始めっ!」
司会者のかけ声とともに、僕は必殺の間合いまで一気に詰め寄った。
これは今までの4戦とは違う戦い方である。
ヘラレスは決勝戦への進出が決まった後、みんなの戦い方をじっくりと見ていたのだ。
従来の戦い方は研究されていると確信し、子供らしいの戦い方をしよう。
そう思った僕は素早さを活かすことに決めた。
相手の反応を確かめずに、勢いのまま剣を一閃したところで違和感に気づく。
手ごたえが・・・無い?
恐る恐る自分の手を見てみれば、緩く握られた拳が虚しく宙に浮かんでいる。
剣を払われたのだと気づいたときには、喉に剣が突き付けられていた。
試合開始からわずか4秒。
この大会の最短記録を更新しての敗北に、言葉が出ない。
「決まりましたっ!今回の大会の優勝者は・・・ヘラレス=シード騎士団長だ!」
「我に勝てる者はこの国にはおらぬわ!」
これが大会前ならば一笑に付されるだけだが、誰もが圧倒的な強さを見せられている。
今までで一番大きな歓声が会場を包む。
悔しさを押し殺しながらヘラレス騎士団長の顔を見ると、口元に嘲笑を浮かべていた。
もはや怒りを通り越して冷静になったとき、この大会の真の目的に気づく。
この大会自体、忠誠度が低い奴隷を炙り出すための罠だったのか。
僕みたいに待遇に不満を持っている奴隷は、奴隷からの解放という餌に食いついたのだ。
ああ・・・まんまと引っかかったんだな。
全てウダハル国王たちの手のひらの上だったのか。
しばらく呆然としていた僕のもとに、ゆっくりとウダハル王がやってきた。
「準優勝か。奴隷の少年にしては奮闘したじゃないか。褒美にこれをやろう」
「――ハッ、ありがたき幸せ」
妙に優しい顔で渡してくれた腕輪を装着すると、激しい痛みが襲い掛かって来る。
クソッ!これも罠だったのか!
貰った腕輪は魔導具で、装着した者は所有者の指示に逆らえないというものみたいだ。
僕が愕然としたのは言うまでもない。
「その腕輪をつけて、儂のために誠心誠意尽くしてくれ」
「ハッ、このリアンはいつもご主人さまとともにあります。何なりとお申し付けください」
こんなこと言いたくないのに、口が勝手に動く。
魔導具の効果は恐ろしいほどに強く、ウダハル王は満足げに頷いてから目を鋭くした。
「お前は別館にいけ。そこがお前の新しい職場だ!」
「分かりました。この不肖、すぐに荷物を纏めて別館に向かわせていただきます」
いちいちオウム返ししなくとも。
腕輪が紡がせている言葉なので僕にどうこう出来るわけでも無いのだが。
事実上の左遷にも、文句1つ言えない自分の体が恨めしい。
ウダハル王が去ると、体が勝手に荷物を纏めて、勝手に古ぼけた別館に向かわせる。
「うわっ・・・酷い環境だな・・・」
思わず呟いてしまうくらい、別館はボロボロであった。
窓はほとんどがひび割れており、壁の塗装も大部分が剥がれている。
人が住んでいるのかも分からない。
「すみません、ウダハル国王の命令で来たリアン=シルバーですが・・・」
「やっと来たんだね。待ちくたびれたよ」
別館の玄関にはよく知っている顔がいて、僕は瞠目することになったのであった。
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