『69、公開断罪会』

「嘘だろ・・・これはヤバくないか?まだ証拠が完璧に揃っていないのに」


思わず頭を抱えて蹲る。

このままでは力を失っている領主軍が息を吹き返す可能性があるのだ。

公開断罪会を安全に行うためには、オーガスを領主館に入れてはいけない。


「オイプス、領主の馬車をどうにかして足止め出来ない?さすがに厳しいかな」

「どうでしょうか・・・考えていても不利になるだけなので、単純な策程度はやってみましょう」


そう言って部下に何事か指示を出す。

部下は小さく頷いた後、1冊の分厚い本を抱えて走り去った。


「何で本なんか持っていくんですか?あれに作戦の概要でも記してあるのですか?」

「あの本には幻惑の魔術が乗っているんです。この国にも2つしか無い特注品ですよ」


どうして平民のはずのオイプスが領主館の図書館の蔵書を知っているのだろうか。

それにしても、幻惑の魔術というのは何なのだろう。

名前からして人に幻を見せたり惑わせたりする効果を持つのかな?


「幻惑の魔術って・・・本限定でしか使えないと言われているレア魔法じゃないですか」

「確かに図書館にはレアな本がたくさんあるとは思ってたが・・・そんなものがあったのか」


フェブアーとカルスが驚いたように呟く。


「昔はここで護衛隊長として働いていましたから。それに私は本が好きなんでね」

「だから知っていたのか。少し違和感があってな」


どうやらフェブアーもオイプスの知識量に対して違和感を抱いていたらしい。

俺としては十分納得できる理由ではあった。


「成功しました。彼らにしか見えない幻の神獣を呼び出しましたから1刻は稼げます」

「よくやった。後は捜索班が証拠資料をかき集めてくれるのを待つだけだ」


満足そうに腕を組んだオイプスがそう言いながら椅子に座った。

机の上にはカルスが執務室から取ってきた証拠資料の一部が置かれている。


「これで南のエルハス王国との繋がりが見つかった。外国まで関わって来ちゃったね」

「別に不思議ではありません。ドク郡の元執事やニーザス郡の元護衛もウダハル王国と繋がっていましたから。懸念するとしたら警戒する国の数が増えたことです」


後者は繋がっているとは1言も口にしていないが、奴隷を売っていたのだからそうだろう。

アラッサム王国とも襲撃の件で関わらなきゃいけないし、ウダハル王国には奴隷の件で苦言を呈さなければならない。

仕方のないことなのかもしれないが、非常に面倒なことこの上ないな。

どうしてどの領主も外国と関係を持ちたがるのだろうか。


「オイプス様、館の中にあると思われる資料はこれで全てです」


30分ほど経った後、兵士たちが分厚い紙の束を持って図書室に現れる。

オーガスは隠し場所に自信があったのか、膨大な数の書類を証拠として残していた。

根拠のない自信は、人海戦術に容易く崩されてしまったが。


「これならいけますね。さっさと民衆たちを集めて断罪会を始めましょう」

「もちろん領主軍を潰してから。断罪会中に襲われたら洒落にならないし面倒くさい」


ウンザリしたように言うと、オイプスは大きく頷く。

それから間もなく広場の設営が整い、オーガスは捕縛された。


「只今より公開断罪会を始めさせていただきます!今日は王子にも来て頂きました!」


館内に残っていた領主軍を全員討伐した俺たちは、広場で大規模な断罪会を開く。

壇上にいるオーガスたちは民衆から射殺すような視線を受けている。

今まで彼の圧政に散々苦められてきた。

その悪徳領主が断罪されるというのだから見に来ないという者はいない。

しかも自分たちの目の前でだ。


「それでは証拠資料の公開をオイプスさん、お願いします」


司会を担当しているフローリーが舞台上を指すと、紙の束を持ったオイプスが現れた。

オイプスは淡々と、不正がどんな罪に当たるかというのを解説していく。

民衆たちは、それはそうなるだろうなという、どこか達観したような表情を浮かべていた。


「次に別の罪について。ドニクさん、お願いします」


今さら何の用だと言わんばかりの冷たい視線を受けながらドニクが檀上に上がる。

マイク代わりの魔導具を受け取った彼はゆっくりと口を開いた。


「僕はデナム郡領主のオーガスは極刑に処するべきだと考えています」


最初の一言に民衆たちがざわめく。

実の息子に極刑を推奨されたオーガスは、顔を真っ赤にして声を荒げた。


「どういうことだ!実の父親に極刑が相応しいだと!?育ててやった恩も忘れて!」


そうして大股でドニクに近寄り、頬を思いっきり叩いた。

パンッという乾いた音が広場に響き、ドニクは尻餅をついて後ずさる。

引け腰の息子を容赦なく足蹴にするオーガスに民衆たちもドン引き状態になっていく。

広場はカオスを極めていた。


「あなたはすぐ引いてしまう癖を直した方がいい。何度も言いませんでしたっけ?」


壇上に呆れたような、それでいて落ち着いた声が響く。

ドニクは、父親の嵐のような攻撃を紙一重で躱しながら声の主を顧みた。


「カルス、こんなの・・・どうにもならないんじゃ・・・」

「逃げないで下さい。必ず突破口があるはずです。味方も私1人では無いはずだ」


不思議と、心に直接響いてくる優しい声。

ドニクはカルスの声に触発されたように広場の民衆たちを見回した。

先ほどまでの厳しい視線は影を潜め、逆に応援するような温かい視線に満ちている。

それを確認したドニクは涙を1滴流した後で魔導具を手に取った。


「理由は2つ。1つ目はもちろん不正で民衆を欺いたこと。もう1つは・・・僕への圧力だ」


みんなが納得したように頷く。

オーガスが壇上でしたことを思い出してみれば、正しいということは自明の理だ。

日常的に暴力を受け続けていたのではという推測も出来るな。


「そのせいで優秀な執事も護衛も失った。護衛はまだ間に合うが、執事は手遅れだ」


一瞬だけドニクが俺を睨んできた気がする。

確かに俺とカルスは主従契約を結んでいるから、離れられないけど。


「後に残ったのは父上の言うことを聞くだけの奴らだ。もちろん彼らとて愚かではない」


ヴァイスもフェブアーが苦戦する程度には強かった。

執事としての職務もカルスを倒すことで果たそうとしていたのは、記憶に新しい。


「だけど彼らには腹を割って話せない。主従関係も無い。物のように扱うのを強要された」


ドニクが自分勝手に振舞っていたのは父親であるオーガスの指示だ。

執事は物と一緒なのだからそのように扱ってあげろ。反論されたら遠慮せず言え。

そんな歪んだ教育を受けさせられてきた。


「それを1回破ったら殴られた。俺が信頼していたメイドは物理的に斬られた」


最後の8文字に民衆たちが顔を歪める。

この事件がきっかけでドニクは父親に怯えるようになり、約束を守ることに決めた。

守ってさえいれば、信頼されている者は命を落とさなくて済む。

信頼する者は命を落として欲しくないというドニクの苦渋の決断だったのだろう。


「僕の意向を無視してきたお前なんて大っ嫌いだ!家族圧迫罪で極刑になってしまえ!」


自分の思いをさらけ出したドニクの表情は実に晴れやかだった。

家族圧迫罪は、2年前に父上であるモルネ国王が作った新しい法律である。

家族の意思を無視したり、暴力を加えた者は罰せられるというもの。


前世での虐待とDVを纏めて取り締まるという法律だ。

今回の事案は息子に暴力を働き、関係ないメイドを殺したということで重罪だろうな。

民衆たちもこんな話を聞いてしまったら極刑を要求するだろうし。


「それでは判決を発表していただきます。リレン王子、どうぞよろしくお願いします」


フローリーに呼ばれて壇上に立つ。

民衆たちには俺を暗殺するメリットが無いので、堂々と立っていられる。

もし攻撃が飛んできても、脇に控えているフェブアーが叩き斬ってくれるだろう。


「発表するよ。まずはデナム郡領主であるオーガスは身分剥奪の上、幽閉とする」


領主の職を奪い取った後で、牢屋に閉じ込めてしまえということである。

2つの重罪を犯したんだし、これぐらいが妥当なんじゃないか?


「その上で次の領主をドニクとする。執事にヴァルス、護衛にオイプスをつけよう」


一緒にいる時間が長くなる執事と護衛は信頼している人物の方が安心できるだろうな。

そういう思惑からこのような人事としたのだ。


「これで公開断罪会を終わります。次期領主即位の宴は今夜、行われます」


フローリーの司会とともに公開断罪会は終わりを告げた。

次期領主即位の宴では、今度こそ領主の印を手渡してあげたいところ。

ドニクとは親友として末永く付き合っていきたいと思っている。

そのためには、俺の後ろ盾があるということを明確にする必要があるしね。


「皆さんも是非出席してください。最大限のおもてなしを致しますよ」


ドニクが人懐っこい笑みを浮かべてそう言った。

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