『65、カルスの闇の記憶』
ニーザス郡をわずか2日で出発した俺たちはデナム郡に来ていた。
移動期間が過去最長の1週間と5日間だったということもあり、皆が疲れている。
領主館でゆっくり休みたいところであるが、現在は反乱の真っ最中。
当然のことながら館は完全包囲されており、俺たちが入る隙間などない。
「あの人たちは王子を敵視しているんでしょうか?誰か送って確かめてみては?」
「誰を送るの?僕の関係者だということがバレたら捕まっちゃうじゃん」
そんなリスクの高いことを率先してやりたくないんだが。
だからといって俺が出向いて殺されちゃうのは絶対に避けなければならない。
「事情とかから考えて私が適任かしら?平民だから幸いにも爵位とかは無いしね」
手を上げて立候補したのはフローリーである。
親は貴族扱いにはなっているものの、実際に叙爵してもらっている訳では無い。
そのため立場としては平民なのである。
王子の俺や伯爵家のボーラン、巫女姫のマイセスよりかはリスクは低いだろう。
「フローリー、頼んだ。危なくなったらすぐ逃げてきな」
「分かっているわ。私は回復専門の人。お母さんみたいに剣を上手く使えないもん」
自嘲めいた笑みを浮かべて馬車から降りていく。
窓から動向を観察していると、近くの八百屋にいた子連れの客に質問していた。
子連れなら少なくとも冷たくあしらわれることは無いと思ったのか。
新領主即位の宴でも斬られたマイセスが偽物だと伝えていたし、本当に凄いと思う。
俺は前世の記憶というチートがあるが、フローリーは無いはずだ。
本当の7歳であそこまで機転が利くのだから末恐ろしい。
しばらくして、フローリーが馬車に戻ってきた。
「安心して。この反乱は領主であるオーガスに対抗してのもの。平民の陣営はむしろ王子を狙っているみたい。後ろ盾が欲しいのね」
フローリーがもたらしてくれた報は、俺たちにとっては朗報だといえるものだった。
この街にある宿屋ならば泊めてくれるだろう。
代わりとして反乱軍に巻き込まれる形になるが、領主とは元々敵対する予定だったのだ。
したがって、反乱のための軍を断罪のための軍にすり替えてしまえば良い。
一番近くにあった宿屋に入ると、受付のところにいた女将さんが俺たちを一瞥した。
俺が王子だと気づいたのか、その瞳が驚愕の色に染まる。
「みんな、大変だよ!この宿に第1王子のリレン様が来てくださったよ!」
「これでオーガスの狸に対抗出来るわ。プランは?」
「バカッ!もちろんAに決まっているでしょ?相手側に付かれちゃ困るのよ!」
慌ただしくなっていく宿屋に唖然としていると、年配の女将が揉み手をせんばかりの勢いで俺たちに迫ってきた。
周りには王子を一目見ようと、多くの人間が集まってしまっている。
宿屋の玄関は100人近くの人間がひしめき合うカオス極まりない空間になってしまった。
「恥ずかしいから早く部屋に案内してくれない?」
「申し訳ありませんでした。すぐに最上階のお部屋にご案内させていただきます」
最上階ということは十中八九VIPルームであろう。
普段なら適当な理由を言って断るところなのだが、今日は長旅で疲れている。
お言葉に甘えてVIPルームを使わせてもらいましょうかね。
「こちらが当旅館で最上級のお部屋となるユリの部屋でございます。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。疲れているから誰も近づけないでね」
「承知いたしました。明日から内乱が本格化しますのでよろしくお願いします」
完璧ともいえる一礼をして去っていく女将に大きなため息をつく。
予想はしていたが、こうもあっさりと反乱軍への参加を義務付けられるとは思わなかった。
騎士団にでも鎮圧されそうなのだろうか。
「どうする?反乱軍への参加なしにはこの街にはいられなそうだな」
ボーランが苦々しい顔をしながら皆の是非を問う。
特に異論は無いのか、全員の不安げな視線が交錯した。
「参加するしか無いでしょう。はぁ・・・どうして私が他国の内乱に参加しなきゃいけないのかしら」
「確かにお姉ちゃんにとっては外国の出来事よね」
俺もマイセスの意見については苦笑いで誤魔化すことしか出来ない。
神託に従って俺たちと一緒に行動してみれば各領地で事件に巻き込まれている。
妹と一緒でなければ散々な旅になっていただろう。
「あの、もしかしたら領主館に入れるかもしれません」
部屋の隅に控えていたカルスの言葉に全員が驚いて目を見開いた。
反乱軍が包囲している領主館に入るのは至難の業であるが、入れるに越したことはない。
魔導具で証拠を見つけてサクッと断罪してしまえばいいのだ。
その上で新しい領主の即位を反乱軍に見せつければ、全て解決である。
「どうやって入るの?門の前は完全に包囲されているはずだけど」
「隠し通路があるんですよ。王子に仕える前はオーガスの息子に2年仕えてましたから」
カルスの隠された経歴を聞いてさらに驚く俺たちを尻目に、彼は大きなため息をつく。
噂によればオーガスの息子は絵に描いたような悪徳お坊ちゃんだったとか。
「彼に会うのは気が進みません・・・。過去にイザコザがありましたから」
「お茶の銘柄で喧嘩したんでしたっけ?」
首を傾げたのはフェブアーだったが、カルスは大きく頷いて拳を握る。
オーガスの息子が紅茶を飲みたいと言ったから紅茶を持っていったら怒られた。
理由を聞くと、自分は麦茶を飲みたいと言ったの一点張りで埒が明かない。
予想では寝ぼけていたんだと思うが、自分の非を認められない心の狭い貴族である。
当然のように喧嘩になった直後にオーガスから呼ばれて王城の異動を命じられたのだ。
この経歴を説明してあげると、最初に顔を歪めたのはボーランだった。
「使用人に対してその態度は酷いな。主従契約を結ばなくて正解だったみたいですね」
「ええ。自分の非も認められないなんて・・・子供過ぎるわね」
ここぞとばかりにマイセスが同調する。
彼女も、教国では使用人を侍らせる巫女姫という職業についているのだ。
「実はリレン様とも同じ出来事があったんですよ」
「あったね。不正の資料を夜遅くまで作っていたから寝ぼけていたみたいで・・・」
考えてみれば、あの時のカルスの顔は強張っていた気がするな。
また離れなくてはいけないのかと憂慮していたのだろう。
「やっぱり王子は自分の非を認めたか。カルスさんは良い主と主従関係を結べたね」
「そうですね。最初から会っていたかったです」
カルスと主従関係を結んだとき、彼の年齢は32歳だった。
執事界では平均で30歳になるまでに特定の主と主従関係を結ぶんだそう。
つまりカルスは遅い方だったのだ。
「でもオーガスの息子は馬鹿だったんだね。こんな優秀な執事を手放すなんて」
「そうね。リレン様だけでなく私も助かっていますから」
俺とフェブアーは、何度カルスに助けてもらったか分からない。
今となっては、カルスは俺たちにとって無くてはならない存在になってしまっている。
恥ずかしくなったのか、カルスは頬を朱に染めていた。
「それじゃ、明日の朝にデナム郡の人たちとカルスを過去から決別させに行こう」
俺が場を締めると、カルスがお茶を淹れてくれていた。
美味しい茶葉が置かれているのを見て、思わず頬が緩んでしまう。
「カルスさん・・・優秀なだけでなく主の心まで掴んじゃっているじゃないですか」
「こんな甲斐甲斐しいお世話を受けて、オーガスの息子は何で彼を手放したのかしら」
ボーランとマイセスがお茶を飲みながら信じられないという顔をする。
「美味しい!今まで飲んだどのお茶より美味しいかも!」
フローリーがはしゃぐくらいの美味しさがあるお茶に、無言ながらも舌鼓を打つ。
前を見れば、ボーランとマイセスもお茶を見つめながら瞠目していた。
やっぱりカルスのお茶は最高だ!
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