『60、新領主を狙う者』

「あれ?フェブアーはどこに行ったの?」


船の上に立ちながら、滝つぼや周りを覆っている森を注意深く観察する。

これも特別な技術が使われているのか、滝の直下のはずなのにそれほど揺れない。

船酔いをしやすい体質の人なんかは助かるんじゃないかな?


「エルフが来ている時は護衛は入れないんだ。結界の外で待っているんじゃないか?」

「そうなんですか。行ってみます」


親切なラオン公爵に感謝しなきゃ、などと思っているとお爺様がやってきた。

やがて俺の肩に手が置かれる。


「お前は王太子として、これから大変になるかもしれん。その時は声を掛けてくれ。出来る範囲なら力を


貸してやる。もちろん儂が存命していたらの話だがな」

今までのお爺様とは違う、真剣な眼差しと口調に若干気圧されつつ頷く。

これは物凄く頼りになるな。3大公爵家のうちの1家という大きすぎる後ろ盾を得たぞ。

ラオン公爵たちのフォルス家も敵対はしなさそうだし。


心配なのはバレット擁するフーラス家だが、商のフラン家には対抗してこないだろう。

各国と深いパイプを持つ商人なのだから、敵対すれば後がない。

多くの有力者から総スカンを喰らい、家が消滅の危機に扮するだけだ。

そういう意味ではいい抑止力にもなる。


「儂もそろそろ行くとしよう。今日は新領主即位の宴があるだろうしな」


お爺様がそう呟いた途端、2家が纏う雰囲気が一変した。

ラオン公爵とマリサさんは目をギラつかせ、バレットは顔を盛大に破顔させる。

明らかに浮ついた空気を察したイグルが不思議そうに尋ねた。


「お母さん、どうしたの?いきなり笑い出して・・・」

「新領主即位の宴はどこの領地でも豪華に行われるものなのよ!」


マリサさんの言葉に大きく頷くお爺様を見ながら、しばし思考の海に溺れる。

新領主というのは誰なのだろう。

一応は男子であるトルマか、はたまた女性領主としてカンナ騎士団長が即位するか。


俺としてはカンナ騎士団長が即位してくれると嬉しいのだが。

あの人はしっかりと家族の罪に向き合ったばかりか、自分にまで向き合ったのだから。

体の弱さを言い訳にしない姿勢には尊敬すら覚えた。


「リレン、そろそろ行くぞ。領主館まで送れば問題ないな?」

「そうだね。よろしく頼むよ。あと、間違ってもフェブアーを忘れないでね」


彼女はこれからも俺と一緒にいてくれないと困る。

不慮の結界で弾かれてしまったとはいえ、本当は連れて入りたかったんだから。

素の自分を出せる数少ない相手でもあるしな。


「分かっておるわ。儂もそこまで衰えてはおらぬ。ほれ、そこに護衛がおるぞ」


お爺様が指した方を見てみれば、ビットさんと談笑しているフェブアーの姿があった。

邪魔するようで何だか忍びないが、もう帰らないと宴の準備があるだろう。

王子、ましてや王太子が出席するとなれば、相応の振る舞いをしなければならないし。


森からる出る前に懐中時計を見たら15鐘を回っていたのだ。

普通は17鐘くらいから始めると言っていたから準備時間がたったの2刻しかない。

髪型のセットとか、意外と時間がかかるのに!


不幸中の幸いは、王族がみんなの前に出るタイミングは主役らが揃った後だということ。

要するに多少遅れようが、不敬などと後ろ髪を刺されることがない点である。


でもっ!!宴をフルに楽しみたいんだよ!!


前世から宴の類は好きで、無理を言って孤児院のみんなと夏祭りに行ったこともある。

主人側の親友だった悠という少年の説得も功を奏した。

もう二度と会えないのかと思うと、今でも涙が溢れてきそうになるな。

まあ、クヨクヨしていてもしょうがないか。今、ここでの人生を謳歌して死ぬだけだ。


「フェブアー、そろそろ帰るって。何でも宴が行われるんだとか」

「そうなのですか。ビットさんも宴に参加できるのでは無いですか?だって・・・」


フェブアーが途中で口を噤んで剣を鞘から引き抜く。

俺がソラスと名付けた名剣は、最低限の振りで黒く光る矢を切り落とした。

また闇の矢かと内心ウンザリした気分になっていると、滝の方からイグルが出て来た。


「大丈夫か!?今、闇魔法の気配を感知したんだけど・・・」

「心配ない。僕には最強の護衛がいるんだから。それよりも撃ってきた奴は誰だ?」


森の奥を睨みつけていると、ガサゴソと茂みが動く音がした。

念のために杖を構えて待機すること数秒。ラオン公爵がのっそりと現れる。


「いい獲物を見つけたもんで思わずな。久しぶりに魔術師と戦えて俺は満足だ!」

「獲物って・・・。でもリレンを襲った人を捕縛できたのは良い成果かな」


イグルが苦笑した。

ラオン公爵が黒いローブに身を包み、緑色の杖を構えた魔術師を地面に転がす。

マークさんは黄色の杖だったはずだが、何か意味があるのだろうか。


「黄色の杖ということは中級魔術師ね。見たところ使い捨ての奴隷のようだわ」


弓を背中に携えたマリサさんが魔術師を観察する。

そもそも、この国は奴隷を禁止しているはずなのに何でこんなに蔓延しているんだ?

不正の首謀者といわれるメイザはそんなに強いのか。

そうだとしたら外国が絡んでいる可能性も考えられるため、事態は混迷を極める。


よし、とりあえずこの魔術師から情報を聞き出そう。

ボーラン、フローリー、マイセスの3人にも圧力をかけてもらって威圧面談だ。


「馬車の準備が出来たぞ。――どうしたんだ?」


俺たちを呼びに来たお爺様とともに領主館に帰ると、奥の部屋に魔術師を連れ込む。

現在、魔術師の周りには俺やフェブアーら6人が油断なく目を光らせていた。


「分かりました。全てを話しましょう」


早々に反抗を諦めた魔術師の話では、どうやら新領主はカンナ騎士団長らしい。

だが、幼いころから次期領主になれると疑ってこなかったトルマにとっては青天の霹靂。

怒っていた彼の下にカンナ騎士団長を良く思わない人たちが集結しているという。

魔術師の予想では宴が無事に終わり、油断しているところを襲撃して領主の座を横取りするのではないかとのことだった。

ひとまず魔術師を騎士団に預けた俺たちは、意見の交換をしあうことになる。


「トルマか・・・。宴の前に出来れば決着をつけたいんだけど」

「そのためには誰がトルマ派かというのを確認しておく必要があるわね」


拳を握りしめながらマイセスが吐き捨てる。

慕っているカンナ騎士団長の命を狙っているのが、彼女の琴線に触れたか。

その後も会議は続けられたが、これといってよい案も出ない。

それはそうだろうなと思う。


何故か高校生レベルの会話をしているが、ここにいる人たちはまだ10歳にも満たない。

そして俺も前世と合わせれば20歳は超えるが、まだまだ世間知らず。

難しい状況を覆せるような策はどう頑張っても思いつかないのである。


「あの・・・新領主就任の宴がもう始まっちゃいますよ」

ドアから顔を覗かせているウェルスの言葉に、俺たちは慌てて着替えをしたのだった。


そして新領主即位の宴が始まる。

俺は階段状になっている舞台の中で一番高いところに座り、1段下にカンナさんがいる。


「前領主であったオクトの捕縛により、新領主はカンナ=マースとなります」

「カンナ=マースは第1王子、そして巫女姫の御前に参れ」


フローリーとボーランがそれぞれ司会を担当し、俺とマイセスが後見人という立場になる。

脇に控えるカルスとフェブアーが考えた作戦だ。

王子たる俺と巫女姫であるマイセスを後見人にすれば、敵も表立って動けないだろう。


「ハハッ。只今、参ります」


短く、凛々しい返事とともにカンナさんが俺たちの下で臣下の礼を取った。

用意された口上を述べようとしたまさにその時、目の前が突然真っ赤に染まる。

会場には悲鳴がこだました。

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