『43、姉妹の再開(フローリー視点)』
「は?あなたは何を言っているの?」
硬直する他のメンバーを尻目に、お母さんが怪訝な声を上げた。
その顔には明らかな困惑が浮かんでいる。
そばに立っているリレン王子も、碧い瞳をせわしなく揺らしていた。
「私とフローリーは異母姉妹だ、と言えばわかって頂けるかしら?」
マイセス姉さんが私の真横に立つ。
衝撃の真実を知ったのは、昨日の夜の事だった。
♢
「トイレに行ってから戻るわ」
「分かった。こっちも作戦を練らなきゃだし、本当に面倒臭い」
お母さんがウンザリといった声を上げる。
イルマス教のメンバーは確かにしつこくて、思わずドン引きしてしまった。
私もリレン王子のために頑張らなきゃ。
トイレに向かう道すがら、1人で気合を入れ直していると、廊下の角でマイセスと鉢合わせてしまった。
近くにシスター長のキリサも控えている。
「あ・・・すみません。退いてくれませんか?邪魔なんですけど」
「嫌だ」
たった3文字、3秒で拒絶され、私はイラッとした。
「でしたら言い方を変えます。巫女姫マイセス、そこから退きなさい」
「私の話を聞いてくれるなら、退いてあげてもいいわよ」
チッ、どこまでも偉そうな女ね。
だが、承諾しないとマズいわね。我慢にも限度というものがあるし。
ここで垂れ流しは絶対に避けなければ。
「分かったから退きなさい。どこに行けばいいのかしら?」
「2階にある松の間で待っているわ。私の可愛い可愛いフローリーちゃん」
自分に酔いしれているような声で、マイセスが私の名前を呼ぶ。
うっとりとしたように頬を赤く染めちゃっている・・・ああ、気持ち悪い!
著しく気分を害されながらも、松の間に入り、マイセスと対峙した。
「それで要件は何でしょうか?まさか分断しようとかいう姑息な策じゃないでしょうね?」
「大方そうね。ちょっとした説明は加えさせてもらうけど」
不気味な笑みを見せるマイセスに、悪寒が迸る。
ちょっとした説明というのは、イルマス教陣営に付くメリットとかかな?
もしそうだったら、速攻で部屋を出よう。リレン王子たちを裏切る気も無いし。
「あなたの父はダルマン=レインって言うのよね?」
「な、何であなたが知っているのよ!」
動揺を表に出してからしまったと後悔したが、もう遅い。
これじゃ、認めているのと同じことだ。
「私の父もダルマン=レインなの。もちろん母親はあの人じゃないけど」
「――何が言いたいのかしら?」
父親が常日頃から口走っていた異母姉の存在。
その人物が目の前にいるという実感が湧かず、物語を読んでいる気分になっていた。
違うな。私は異母姉に怒っていたっけ。
「アイツは栄えある役職に就いたのに、お前は何も出来ない奴だな」
そう何度言われたことか。
母親は騎士の仕事が忙しいのか、私と父の軋轢に気づく素振りも無い。
「一応、私はあなたの姉なのよ」
・・・悔しい。悔しい悔しい悔しい!
目の前に飄々と座っている姉に対する憎しみが膨れ上がる。
栄えある役職って巫女姫のことだったのね。
そりゃ、あなたにとっては自慢の娘だったでしょうね!こんな聖女崩れに比べれば。
「だから何?生憎、私は姉に良い感情なんて持ち合わせていないのよ?」
「やっぱり比べられたのね。私と」
絞り出されたような声は、不思議と私の胸の中に沈み込んでくる。
だが、この人が私の姉だという確証も無いし、そんな言葉だけで今までの屈辱が綺麗さっぱり無くなるわけでもない。
「じゃあ、あなたが私の姉である証拠を見せて。私はこう見えても疑い深いのよ?」
そう言うと、マイセスは黙った。
しばらく思案するような表情をしていたが、ふと思い出したように首のネックレスを触る。
「このネックレス、あなたとお揃いじゃないかしら?」
自分の首に視線を向けると、マイセスが持っているそれと同じネックレスがあった。
リレン王子の瞳のような、澄んだ青色の宝石が埋め込まれている。
「確かに・・・。このネックレスは姉とお揃いとか言ってたわね」
ネックレスを買ってもらった時、父は2つ買っていたのだ。
1つは私の分だというのは分かった。
だが、2つ買う意味がその当時は分からない。
父に理由を尋ねると、胸を張って嬉しそうにこう呟いた。
「これはお前の姉のだ。栄えある役職についている、自慢の娘さ」
思えばこの直後から、父の姉自慢と妹である私への批判が始まった気がする。
綺麗だけど、とんでもない災厄アイテムじゃないか。
「マイセス・・・姉さん。用件を手短に話して。あまり遅いとお母さんに怪しまれる」
「それもそうね。あなたには邪魔な王子をどうにかしてほしいのよ」
胸が締め付けられるような窮屈さを覚えて、その場に蹲る。
「フローリー!?王子は王子でもリレン王子のことじゃないわよ!?」
そんな私の様子を見たマイセス姉さんが、慌てた様子で付け加えた。
窮屈さも一気に解消され、ホッと胸を撫で下ろす。
「紛らわしいことを言わないで頂戴。アラッサムの王子のことね」
「そうよ。アイツらがいたら私が馬車に乗れず、神託が達成されないわ」
この姉はアラッサムの王子が盗賊だって知っているの?
襲わせた張本人とかじゃないだろうね。もしそうだとしたら今の発言は失言だよ。
「分かった。何かアテはある?私の方は無くて困っているんだから」
「キリサに頼んで教会の地下を開放してもらうわ。どうせ第4王子でしょうし」
そこまで掴んでいるのか。教会ネットワーク、恐るべし。
「手下を潜ませといた方がいいわね。相手の弱点はズバリ、数よ」
「言えてるわね。こちらは信者たちに協力を要請すれば50は集められる。相手はフローリーの内応によって4しかいない。詰所をネタに脅せば行けるかしら」
マイセス姉さんがブツブツ呟きながら畳に指を走らせる。
今は人払いされていて私しかいないが、他の人に見られたらヤバいな。
完全に危ない人である。
「マイセス姉さんはそれでいいわ。私は詰所に協力を要請しに行くフリをするから、お目付け役とか適当な理由をつけてキリサを傍につけて」
こちらの世界に呼び戻すついでに、策の提案もしておく。
マイセス姉さんならこれぐらいの芸当は軽々しく出来るはずだ。
「了解。じゃあ明日。策を成功させるわよ」
「うん。お姉ちゃんと旅を出来るの、楽しみにしているわ」
口を突いて出た言葉にギョッとする。
絶対に言わないでおこうと決めていた本心が漏れてしまった。
キョトンとしていたマイセス姉さんは、トコトコと歩み寄って来て、私を思いっきり抱きしめる。
「可愛い!私も妹と旅をするのを楽しみにしているわ!」
「・・・良かった」
それだけ言い残すと、私は怪しまれないように部屋に戻った。
「・・・ゴメンね。あなたたちには賛成できない」
悲しい呟きは幸いなことに、闇に溶けて消えたようだ。
暴風が吹き荒れる私の心を鎮めてくれる人は、誰もいなかった。
♢
「これが昨日の夜の全てよ」
私がそう締めくくると、リレン王子が突然大きな声で笑いだす。
意味が分からず戸惑う私たちに向けられた瞳は、とても優しかった。
「最初からそう言ってくれれば、必死で打開策を考えたのに。舌戦は意味なしってか」
言葉だけ聞くと落胆しているようだが、リレン王子は笑顔だった。
見る人が惹きこまれてしまうような魅力的な笑み。
私の心臓がドクンと跳ねる。
いつも彼の笑顔を見るとこうなってしまうのだが、何なのだろう。
体も心なしか熱い気がする。
「なるほどね。これは面白い旅になりそうだわ」
隣でボソッと呟いたマイセス姉さんに、私は首を傾げた。
「何それ」
「何でも無いわ。さっ、荷物作りをしなきゃ!」
わざとらしく退出していくマイセス姉さんを見て、私はより大きく首を傾げたのだった。
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