『29、不正の理由』

「助けてくれてありがとう。あそこで同意するだけで死んでいたなんて・・・」

俺は小さく身震いする。この世界に転生してから命を狙われてばっかだ。

その中でも今回は特にヤバかった。これから気を引き締めていかなければ。


「いえいえ、道を間違えた時はお助けします。リレン王子が出した条件ですから」

「確かにね。まさか言った直後に助けてもらうことになるとは・・・」

これには苦笑いするしかない。


同じように苦笑しているフェブアーさんを見ていると、後頭部に衝撃が走った。

驚いて後方を振り返ると、仁王立ちした父上が立っていた。

その怒っているような態度とは対照的に、瞳は悲しそうに伏せられている。


「リレン、お前は優しすぎる。そして1人で背負い込みすぎだ。あそこには全属性の魔法が使える私がいたじゃないか。だから大船に乗った気持ちで任せてくれれば良かったのに」

「そうよ。魔法だけなら私もいたしミラもいた。だからあなたが背負うべき重荷じゃなかった。背負うべきじゃない荷物まで1人で背負って、命を落とすなんてバカバカしいわ」

「これはみっちりと勉強が必要ね。フェブアーさんが助けてくれなければ王子は死んでいたのよ。それほどまでにあなたが背負った重荷は、1人で背負うには危険だった」


父上の奥から母上とミラさんが出てきた。

今回に限っては何も言い返せない。すべて俺の未熟な行動が原因だ。


「ごめんなさい。僕がアイツから目を離したから、お姉さまたちが・・・」

「それは違う。アイツは元々アスネやアリナを害する気だった。結界が解除された時には既にアスネの背後を取っていたから、リレンが気づいていても止められなかった」


むむ、断言されてしまったぞ。

確かに、魔法を使えるはずの父上たちが止められなかったのは不思議だったんだよな。

アイツらは元々そういうプランだったって事か。


「この話はまた後ですることにして、今はあの3人だ。未だに分からないことがある。君たち3人は・・・いや、君たち2人はなんで不正を行ったんだ?」

後半はミグレーとブラウンドに向けて尋ねる父上。

パープルズは確か冤罪だったよな。


その瞬間、2人の瞳は寂し気に伏せられた。全てを拒絶するような寂し気な瞳。

何か込み入った事情があると分かる。


「僕たちに何か出来ることがあれば助けるよ。だからまずは言ってくれない?」

出来るだけ優しい口調で問いかける。

心を開くのには相当な時間と信頼が必要だから、こういう小手先の技が通じるかどうか・・・。


だが、発した言葉に偽りはない。

この人たちは心からの悪人ではない気がする。

どうしても不正をしなければならない事情があって仕方なくやったという感じだ。

その気持ちが通じたわけではないのだろうが、ブラウンドが口を開く。


「メイザ。この名前に聞き覚えは?」

「ダリマ郡の領主ね。あそこの辺りは4年前の戦で手に入れたところじゃなかったかしら?」

アスネお姉さまが苦しそうな声で答えた。


「そうだな。アイツは悪徳領主だ。今のダリマ郡の税の総額を知っているか?」

「確か1軒あたり平均で大銀貨1枚だと報告を受けているが・・・」

「大銀貨1枚だぁ!?ハッキリ言って、それは真っ赤な嘘だ。本当は大銀貨6枚だぞ!」


この世界の平均総所得は金貨2枚と言われている。つまりは大銀貨20枚というわけだ。

物価などから考えると、大銀貨17枚で4人家族がそこそこの暮らしが出来るくらい。


だがダリマ郡の税は大銀貨6枚だ。それを差し引くと残るのは大銀貨14枚。

それでは、よっぽど節約しないと生活していくのも困難だろう。

予想通り、ブラウンドとミグレー以外の全員が凍りつく。


「それはさすがに多くない?誰も文句言ったりしないの?」

恐る恐る問うと、ブラウンドが目を剥いた。


「やったさ。3年前にな。だがその時は1万が蜂起したのにも関わらず、4千の騎士どもに鎮圧され、首謀者はねちっこい捜査によって捕らえられ、全員切られた」


全員切られたの部分でみんなが顔を顰める。

切られたということは処刑されて全員が命を落としたということだ。

聞いただけで、胸がどす黒い感情に支配されていく。


「つまり、生活に困って不正を?」

「そうだよ。お前ら王族が全く監査しないからな。家族を養うためにはそれしかなかった」

「不正の金で何とか食いつないでいたのを王子に見破られて、全てを失った」

母上の問いにミグレーとブラウンドが乾いた笑みを浮かべる。

パープルズは黙って話を聞いていた。


「良く分かりました。それで僕の命を狙っていたんですね。話してくれてありがとう」

そう微笑むと、3人は目線をそらす。

俺は軽くショックを受けながら父上に顔を向けた。


「どうにかなりませんかね?ダラマ郡の住人があまりにも不憫です」

「そうだな・・・。5歳になって魔法を手に入れたら領地巡りの儀式がある。それを使おう」

「領地巡りの儀式って何ですか?」


とてもじゃないが怪しすぎる。儀式って・・・。


「領地を王子が巡ることさ。私も5歳のころに5つの郡を回ったよ」

父上が5歳だった当時はこの国は5郡から成り立っていた。

しかし、父上が即位してから戦争で勝利して3つの郡を手中に収め、それぞれの郡を一番信用できる人物に分け与えたという。

というか儀式って何だよ。単なる視察旅行じゃないか。


「その時に秘密裏で内部監査を行おうということですか?」

「話が早くて助かる。そういうことだ」

父上が鷹揚に頷き、俺は微笑む。

だが、その案は茨の道だということに気づいた人物がいた。アリナお姉さまである。


「ねえ、誰か協力者とかいないのかしら?ダラマ郡だけとは思えないのだけど」

「鋭いな。これは盗み聞いた話だが、上級貴族の後ろ盾があると言ってたぜ」

ブラウンドが声を潜めて言うと、父上の顔が大きく歪む。


「上級貴族までグルなのか・・・。どうやら日和見しすぎたようだな・・・」

「父上、お気を確かに。郡の不正については僕の方で。貴族の方は父上で捜査しましょう。もちろん一斉にね。じゃないと一網打尽に出来ませんから」


父上もどうやら1人で背負い込みやすいタイプのようだ。

そんな父上を宥めてから、俺は3人に向き合う。


「あなたたちが僕にしたことは許さない。だけど家族を思うあなたたちの気持ちも分かる。だからこの件は僕たちが必ず解決します」

「・・・信じてくれるんですか?今まで誰も信じてくれなかったのに・・・」


ブラウンドが消え入りそうな声で言った。今まで辛い思いをしてきたのだろう。

不正をどれだけ訴えても一蹴され、嘲笑されてきたのだろうな。


そんなの許さない。平民あっての貴族であり王族だ。

自分たちを支えてくれる人たちを無下にするなんて、酷すぎる。


「信じるよ。そしてそれは正さないといけない。貴族や領主たちはもちろん、今まで気づくことが出来ず、国民を不正をしなければならなくなるまで追い詰めた王族もね」

そう言って苦笑いをする。


「リレン王子、ありがとうございます。国王殿、私は切腹いたしましょう。このような善人を殺そうとした私が愚かだった」

ブラウンドの言葉に全員が目を丸くした。

ご丁寧に腹まで出しており、その手には光を受けて鈍く光る短剣が握られている。


「待て、早まるな!ブルート、止めろ!」

父上が青い顔をしながらも、的確に指示を出す。

指示を受けたブルートさんは素早く近づいて短剣を勢いよく弾く。

ブラウンドが悔しそうに地に伏した。


「お前が死ぬ必要はない。むしろこの事件が解決するまでは生きててもらわなきゃ困る」

「分かりました。国王直々のお言葉とあれば」

ブラウンドが深々と頷く。


こうして王城を襲った陰謀は、3人が捕縛されて終わりを迎えた。

グラッザド王国に新たな火種を残して。

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