『27、覚悟の主従関係』

お披露目パーティーから一夜が明け、後片づけを手伝っている俺たち姉弟3人。

壁を覆っていた壁画を普段用の真っ白な壁で隠し、テーブルを拭いてしまう。


準備の時はこの量を執事とメイドだけでやっていたのだと思うと寒気が押し寄せる。

皆さん、マジ尊敬。やれどもやれども終わらない仕事なんて発狂するよ。


「アスネ様、アリナ様、リレン様、本当にありがとうございます」

この数日で随分、痩せてしまったカルスが丁寧に頭を下げた。


「もういいって。僕たちが好きでやっていることだから」

「そうよ。カルスはそっちで休んでいた方がいいと思うよ?」

「じゃあ、次はモップを持ってきて。床をチャチャッと掃除しちゃいましょう」

俺の言葉に大きく頷くアリナお姉さまと、言外に自分が指揮を執っといてあげるから休めと示すアスネお姉さま。

姉弟間のコンビネーションは完璧だ。


「いや・・・しかし・・・」となおも渋るカルスに俺は向き直る。

「しょうがない。これは命令だ。カルス、そちらの部屋で休め。異論は認めない」

「承知いたしました。お心遣い、感謝します」


一礼すると、渋々といった感じでカルスは退出していく。

この感じ、なかなか慣れないなぁ。前世は人に命令なんてしたことないし。

これからは、命令も自然に出来るようにしなければいけないのだろう。


国王がやってくれないか?なんて威厳も何もあったもんじゃない。

そんな王じゃ国があっという間に滅びる。だけど俺は命令が苦手という体質なわけで・・・。

前世との乖離に頭を抱えていると、フェブアー騎士団長が部屋に入ってきた。


俺の前で臣下の礼を取り、鎧の胸部分に手を添える。

――何だ?突然どうした?

狼狽える俺を見ながらフェブアー騎士団長が口を開いた。


「この度、リレン様の護衛隊長に任命されました、フェブアーです。よろしくお願いします」

「えっと・・・?護衛隊長?」

ぶっちゃけ、今までと何が違うのかさっぱり分からない。

王都散策の時も一緒に回っていたから、俺の認識としては既に護衛隊長なんだけど。


「はい。騎士団長の上位互換とお考え下さい。騎士団長は国王から大臣まで様々な人物を護衛しますが、護衛団長は対象しか護衛しません。そして私の対象はリレン王子です」

「えっと・・・それってつまり、僕と四六中一緒にいるってこと?」

「そうなります。まあ、部屋にいる場合などは基本的に外にいますが・・・」


なるほどね。お目付け役のようなものか。

知らない人物を付けられるより、もう友好があるフェブアーさんの方が助かる。

一から友好関係を築くのは意外とキツイんだよ?


「リレン王子が私では不満というのでしたら変えることも出来るそうですが・・・」

「いや、むしろフェブアーさんの方が助かる。これからよろしく、フェブアーさん」

「ありがたきお言葉。このフェブアー、貴方のそばにいつまでも」


そう言って、大きな剣を差し出してくる。

受け取ったその剣は、明らかに高価なものだと分かった。

重量感のある柄、綺麗な装飾が施された鞘。

流石にここでは抜かないが、きっと刀身も白銀に輝いていることだろう。


「この剣はどうすればいいの?突然渡されても困るんだけど・・・」

「その剣に名前を付けていただけませんか?それが信頼の証でございます」

名前か・・・。剣の名前なんて考えることがあるとは思っていなかった。

必死に頭を回転させていると、アスネお姉さまが近づいてくる。


「リレン、相手の愛剣に名前をつけるというのは主従関係の証。愛剣に名前を付けられた騎士は、それだけ主人に信頼されているということになるわ」

「そう。だから名前は安易につけない方がいいわよ。心から信頼できる人物でなければね」

アスネお姉さまの後ろから顔を出したのは、意外にもミラさんだった。


確かに、安易に名前を付けて、そいつが刺客だったら目も当てられない。

改めて目の前に跪くフェブアーさんを観察してみる。

わずかではあるが、変装の可能性も否めないことに気づいたのだ。


その場合、刺客と主従関係を結ぶという意味の分からないことになりかねない。

大丈夫そうだな。特におかしな点は見当たらない。


「あれ?主従関係を解除する場合はどうするの?例えば刺客の騎士と主従関係を結んじゃって、今すぐにでも解除したいって時」

そう尋ねるとアスネお姉さまが顔を伏せ、代わりに重々しく口を開いたのはミラさん。

「その場合は相手を斬り捨てるか、騎士を引退してもらうしかないわ。騎士をやっている限り、この方法による主従関係は絶対よ」

「だからこの行為を行おうとする騎士は英雄ね。主人から離れられないのだもの」


アスネお姉さまがフェブアーさんに視線を向けながら呟く。

フェブアーさんは俺のためにそこまでしてくれるのか。

これは俺も相当な覚悟をしなくちゃいけないな。


フゥッと一息つくと俺は剣を両手に乗せ、フェブアーさんの目の前に差し出した。

「ソラス。意味は光の剣。フェブアーさ・・・フェブアー、これからよろしく頼むぞ。お互いに道を間違った時は正すんだ。もし俺が道を間違えることがあったら、遠慮なく意見を言い、罵倒し、ねじ伏せてでも俺を正してくれ。逆の時は必ずフェブアーを助けると約束しよう」


心からの言葉だった。言ってから一人称を変え忘れたと気づいたが、俺の本心であるということが伝わればそれでいいと思い、特に訂正はしなかった。


「はっ、このフェブアー、精一杯の力を持ってリレン王子をお救いいたします」

ここに、俺とフェブアーさんの強い主従関係が成立した。

いつの間にか全員が俺たち2人を見ていたらしく、大きな拍手が沸き起こる。

その中にはこの場にいないはずのカルスや父上なども混ざっていた。


「これは良いものを見れたな。今日の夜はお祝いだ」

「そうですね。どうせならフェブアー#王子付き護衛騎士__・__#も参加すると良いわ」

父上と母上が笑みを浮かべながら言うと、フェブアーさんが俺をチラッと見てくる。


「2人がそう言ってくれているんだから、一緒に食べようか」

「はい、分かりました。ではその前に不穏材料を片付けておきましょう」

そう言うと顔を上げ、天井を睨みつける。

つられて全員が天井を見上げるも、ただシャンデリアが灯っているだけ。


「フェブアーさん、どうしたの?天井に何かがあるの?」

「待てよ・・・天井からわずかだが闇の魔力を感じる」

父上が呟くと天井板の1枚が外れ、黒装束の男が姿を現す。

顔はフードに隠れて見えなかったが、パープルズとは違う得体の知れない強さを感じた。


「誰だお前は・・・ジャネ、騎士を呼んで来い!」

閉じられたドアの向こうで控えているだろうジャネに向かって呼びかける父上。

「了解しました。最大速でお連れします」

そう言って気配が遠ざかる。


「誰だ・・・か。この王城に7年も使えていたのに、2年で忘れられちまうのか」

寂しそうな口調で呟いた後、おもむろにフードを取り去った男。

フードの下から現れた顔は、美青年と言っても過言ではない。


短く切り揃えられた銀髪がクーラー代わりの魔導具から出る風に揺れ、切れ長の目には燃えるような赤い碧眼が付いている。

今はその赤い瞳は、真っすぐこちらを睨みつけており、顔もしかめっ面。

せっかくの美形が台無しだ。


「やっぱりお前か・・・。“影の銀髪”ミグレー」

父上が悲しそうに顔を歪めながら言う。かつての腹心と対峙する心境は推して知るべきだ。


「そうだね、元副騎士団長のミグレーだよ。今は王子の命を狙う刺客かな?」

「僕の命を?もしかして不正絡みだったりする?」

カマを掛けてやると、ミグレーは目線を鋭くした。


それと比例して、得体の知れない圧力が身体にのしかかる。

これが騎士たちが使う殺気って奴か。凄い。1ミリも動ける気がしない。


「そうだね。僕の机からあの資料を奪っていなければ、今頃将軍だっただろうに」

将軍?そんな役職あったんだ。今は誰がやっているんだろう。


「だから、僕の出世道を閉ざした君は許さない。今ここで死ね!」

1オクターブくらい低い声が響いたと思うと、すぐ目の前にミグレーの姿があった。

――速い。瞬きをしているうちに10メートルくらいの差を埋められたのか。


「四ノ型、氷華斬!」

「リレン王子に手出しはさせない。五ノ型、炎獄斬!」


殺られると思った瞬間、フェブアーが俺とミグレーの間に割り込んできた。

ここに、元騎士団長と元副騎士団長の本気の戦が幕を開ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る