『9、初めてのお茶会④』
その問いに、イグルくんは小さなため息をつく。
「だってリレン王子は4歳だから魔法は使えない。ここにいる人たちも魔法を使っていない」
「つまりカルスさんしかいないってことですな。本当にありがとう」
ラオン公爵が二の句を継ぎ、頭を下げた。公爵とは思えない行動に一同が唖然とする。
「いえいえ、ラオン公爵。頭をお上げください」
カルスが慌てて言うと、ラオン公爵はゆっくりと顔を上げた。
「それにしてもあの緑の男、何者なんでしょう」
マリサさんが壊された門に視線を向けながら呟く。
「元宮廷魔術師とかじゃないでしょうか。あれだけの風を詠唱破棄で出せるのは異常です」
「はい、あれは凄かったです。体が吹き飛ぶかと思いました」
キトの推測にビットが大きなため息をついた。
というか、もう日が暮れかけている。
とりあえず事態の収拾を図ろうと、俺は手を2回叩いた。全員の視線が俺に突き刺さる。
「とりあえず王城の騎士団に捜索依頼を出しましょう。まあ期待は出来ませんが・・・。それとフォルス家の皆さんはしばらく別館に泊めてはいかがでしょう?」
後半はアスネお姉さまに視線を向けて言った。
屋敷が燃やされてしまったため、彼らは寝泊まりするところがない。
俺が襲撃対象だったのだから、フォルス家は完全にとばっちりなのである。
アスネお姉さまはしばらく考えていたが、やがて大きく頷く。
「そうですね。今回の襲撃は明らかに王族・・・というか王子を狙ったものですから」
「フォルス家の皆さんは関係ないにも関わらず屋敷を燃やされてしまいましたからね」
カルスも援護射撃をして決定。フォルス家の3人はわずかながら顔を綻ばせた。
やはり寝泊まりする場所に不安があったらしい。住処の目途が付くのは大きいよね。
「よし、カルス候、ビット。馬車を用意してくれ。これにてお茶会は閉幕だ!」
ラオン公爵が声を張り上げる。
カルスとビットは頷き、馬車置き場に向かったが・・・カルスが突然膝から崩れ落ちた。
「カルス!?どうした?具合でも悪いの?」
俺は慌ててカルスに駆け寄る。
カルスは俺の姿を確認すると、手を胸の前で振った。
「リレン様、心配には及びません。ただの魔力切れですから」
それだけ言うと、カルスは目を閉じた。どうやら意識を失ったようだ。
ゆっくりと近づいてきたアスネお姉さまがカルスに優しいそよ風を当てる。
まさかの詠唱破棄。さすがお姉さまだな。
「これでしばらく安静にしておけば大丈夫じゃないかしら」
「そんなことより、御者がいないじゃない。馬車はどうするの?」
アリナお姉さまが不安そうに呟く。
それよりって・・・まずカルスを心配しようよ・・・。
アスネお姉さまも俺と同意見なのか、顔を歪めてアリナお姉さまの肩を強めに叩く、
「カルスも執事として家に尽くしてくれているんだから、今の発言はおかしいわよ」
声を尖らせるその姿は姉として、そして第1王女としての威厳があった。
「あ・・・ごめんなさい。私ったら自分勝手な発言を・・・」
アリナお姉さまが一気にシュンとなる。
「あの、カルス候はどのくらいで意識を取り戻すのでしょうか」
「そうですね・・・。早くて3刻後くらいだと思います」
恐る恐るといった感じで尋ねたラオン公爵を横目で見ながら、アスネお姉さまがハッキリと答えた。
この国では1日に鐘が24回鳴り、鐘が鳴ってから次の鐘がなるまでを1刻という。
つまり1日は24刻ということになる。
これについては前世とほぼ変わらないが、午前や午後と言った概念はない。
そのため、午後2時は14鐘(14しょう)という言い方をし、“14回目の鐘が鳴る時間”という意味を持っている。
この法則に当てはめると、カルスが意識を取り戻すのは3時間後ということになる。
まあ、今は馬車の問題を解決した方がいいか。
当然ながら俺やお姉さまたちは御者なんてやったことは無い。
しかし、御者がいないと俺たちは城に帰れないのだ。
どうしようか、この状況。
俺たちが途方に暮れていると、一人の男が恐る恐ると言った感じで手を上げた。
「それでは私が御者をやりましょうか?これでも御者歴10年なんですよ」
うーん・・・。どうせフォルス家が王城の別館に行くんだったら、一緒に来なきゃいけないし、この人にならお願いしても良さそうだな。
そう判断した俺はその男――キトに微笑みかけた。
「ではキトさん、よろしくお願いいたします」
「はい。リレン王子はお優しいんですね」
そう言い残すと、キトはビットとともに馬車を取りに行った。
優しいかぁ・・・。俺としては優しくしている気はないんだけど。
ただ、指示される側を想っているだけだ。
そんな事を考えているうちに馬車が到着。俺たちは王城への帰路についた。
王城に着いた俺たちは途端に門番たちに囲まれる。
「リレン王子、なぜカルス様が倒れているのですか?」
「フォルス家がいるのはどうしてですか?」
「御者をやっているこの男はどなたですか?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問にイラついた俺は声を張り上げて叫ぶ。
「一度に喋りすぎだ!今から順番に説明するから待て!」
まったく・・・俺は聖徳太子みたいに複数人の声は聞き分けられないんだから。
すると、今まで質問していた門番たちが一瞬で静まる。
俺はみんなに今回の事件の一部始終を話し、両親への報告をお願いした。
その結果、すぐに国王への面会を行うことになった。
何しろ王子が襲撃されているのだ。このままという訳にはいかない。
応接室に入ると、父上が待ちきれなかったとばかりに抱き着いてきた。
「リレン、無事だったか・・・。襲撃を受けたと聞いて心臓が止まるかと思ったぞ!」
「アスネとアリナも無事ね。本当に良かった・・・」
隣にいた母上もお姉さまたちを抱きしめている。
門番の話では、両親は襲撃の報告に顔を真っ青にしていたという。
「ラオン公爵、マリサ夫人、イグルくん、この度は本当に申し訳ない」
目の前で感動の再開シーンを見せられ、固まっていたフォルス家の面々。
彼らに声を掛けたのは、宰相であるホブラックである。
「いえいえ、宰相殿が頭を下げる必要はありませんよ」
ラオン公爵が落ち着いた様子でホブラック宰相を窘めた。
「で、その襲撃者とはどんな者だったのかね?」
「あの襲撃者・・・魔力量が異常だった・・・」
イグルくんが応接室に爆弾を投下した。全員の顔が凍り付く。
「イグルくん、魔力量が異常ってどういうこと?」
母上も顔を引きつらせている。
「屋敷と門を壊したのは中級魔法。ビットに打ったのは上級魔法。普通は上級魔法1発で魔力切れになる。立て続けに3発なんてあり得ない」
あれは中級魔法と上級魔法だったのか。どうりで威力が強かったわけだよ。
魔法は威力によって初級、中級、上級の3段階に分かれており、当然、級が上がっていくほど必要魔力量も増加する。
「間違いありません。それと、中級魔法と上級魔法を一瞬だけですが併用していました」
キトが同意し、他の面々も次々と頷いていく
「魔力制御の実力も一流と・・・元宮廷魔術師か何かか・・・」
父上が顔を顰めると同時に、俺を抱きしめる強さが少し強くなった。
それだけ命の危険が迫った状態だったということだろう。
「とりあえず、対策を練らなければ。キト殿、ビット殿、カルス、済まないが退出してくれ」
ホブラック宰相が場を纏めるようにそう言うと、3人は一礼して退出していく。
これより先は権力者同士の密談だと安易に察することが出来る。
父上も俺を開放して立ち上がり、凛とした声で宣言した。
「これより、襲撃事件対策会議を始める!」
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