転生王子の奮闘記

@yamakoki

プロローグ

『死亡』

「――行ってきます」


 誰もいない玄関に向かって1人で呟いた。

 どうして誰もいないのに挨拶するのかは自分でもよく分からない。

 この家に対しての最低限の敬意というやつだろうか。

 俺、絹川空はゆっくりとドアを開けた。


 今日も今日とて高校生をしなければいけない。

 家にいても居心地は最悪なため、高校生として学校にいる方がむしろ有難いか。

 登校中に考えるのは、親の代わりとなってくれている人のことである。


 両親を早くに亡くした俺は、叔父&孤児院経由で伯母のもとに預けられた。

 俺を養うために、夜の仕事をしている伯母は朝がとっても遅い。

 その為、俺が朝ご飯と昼ご飯を作って、冷蔵庫に入れておいてあげるのだ。

 俺の料理を食べる時だけは伯母は笑顔を見せる。

 まるで天使のような微笑みだ。作られた笑顔ではなく、心からの笑顔。

 その顔が見たくて、毎回こうしているのだ。

 もちろん、伯母たっての希望という理由もあるにはあるが。


「今日は、トーストセットとチャーハンを入れたよな・・・?」


 自問自答するように呟き、入れたことを思い出すと大きく頷く。

 学校に着き、普通に授業を受けて昼休みに突入した頃、ポケットに入れてある携帯がメッセージの着信があったことを知らせた。

 はぁ、またいつものメッセージだろうな。毎日毎日嫌味みたいに送りつけやがって。

 内心ウンザリしていたが、後でブツブツと愚痴を聞かされるのも限りなく面倒なので、渋々メッセージアプリを開く。


 予想通りというべきか、送られてきたメッセージは件の伯母からのものだった。

『しっかりと門限までに帰ってくること。破ったら・・・分かっているね?』

 昨日と一字一句違わない文面。もう4年間、暗唱できるほど見ている文面。

『分かってます』

 返信の文面も4年間、変わらない。伯母にとってもこの6文字は見慣れているだろうな。

 そんな事を考えながら午後の授業をこなし、放課後を迎えた。


「え、2人とも欠席!?つまり、俺1人で20個以上ある本棚を整理しろという事ですか?」

 高校の図書室。図書委員の俺は素っ頓狂な声を上げた。


「うるさい。図書室で騒ぐな。みんなお前に注目しているぞ」

 図書委員長の言葉に辺りを見回すと、ほとんどの人が俺の方を向いていた。


「で、質問の答えだが、もちろんだ。僕はカウンターにいなきゃいけないからね」

 やたら恰好をつけて喋る図書委員長、松村陸先輩。

 だが、カウンターには、新田朱莉という副委員長の先輩もいる。

 何も、わざわざ松村先輩がいる必要はないのだ。


「そんなの、朱莉先輩に任せればいいじゃないですか」


「僕は図書委員長。これは委員長命令だ。一人で整理しろ。いいね?」


「僕もさすがに女子に本棚を整理してくれとは言えませんしね。分かりましたよ」

 俺の指摘を完全に無視し、委員長権限を行使した松村先輩に嫌味をぶつける。

 こうなれば俺に勝ち目はない。全く、指示する側は楽だよな・・・。

 嫌味も、もはや負け惜しみである。

 俺はいつも指示される側だったから、こういうやり取りも慣れてしまった。

 昔の友人みたいに指示する側でも優しければ問題ないのだが、この人は全く優しくない。

 自分も指示される側に回ってみればいいんだよ。こっちの苦労も知らないで。


 湧き上がる不満を何とか抑えながら、俺は本棚整理に向かうのだった。

 うーん。やっぱりと言うべきか、全く終わらないぞ。

 このペースだと整理が終わるころには、先輩の怒りが爆発して・・・


「全く・・・動きが遅い!お前はもう2年目なんだから、本棚の整理くらいちゃっちゃと終わらせてくれないと。おかげで僕も最終下校時刻まで残らなきゃいけなくなったじゃないか。今日は久しぶりに塾が休みだったのに・・・」

 はい。やっぱりこうなりました。本当にありがとうございます。

 文句を言われているはずなのに、一周回って可笑しくなってきた。


 すっかり辺りは闇に染まった帰り道。

 朱莉先輩と別れるや否や、松村先輩は俺への不満をこれでもかとぶちまけている。

 一応、目の前に本人いるんですけど。


「だったら手伝ってくださいよ・・・。こっちは1人でやってたんです!20個以上ある本棚を1人で整理しろなんて、それだけでも無茶振りなんですから」

 普段は2年生3人がかりで行うのだが、今日は生憎、他のメンバーは欠席。

 俺が1人で整理することになってしまったのだ。


「何だ、貧弱な。俺ならそんなの、2時間で出来るぞ」

 適当に、「そうですか。凄いですね」と返事を返しておく。

 言っちゃ悪いが、松村先輩が本棚整理をしているところなんて見たことがない。


 ジットリとした視線を先輩に送っていた時、門限の存在を思い出した。

 慌てて時計を見ると1時間以上もオーバーしている。

 これはこってり絞られた後、図書委員の辞職を迫られそうだな・・・。

 というか100%迫られる。


「ん、どうした?もしかして門限か?」


「ええ。完全オーバーですね。図書委員を辞めろと言われるかもしれません」


「親はそんなに厳しい人なのか・・・。1人で整理させてすまなかったな」


「いいですよ別に。・・・指示する側って、指示するだけで後はドンと構えていればOKなので羨ましいで

すね。俺はいつでも指示される側ですから」

 自虐的な言葉が漏れる。その声は自分でもビックリするほど冷たかった。

 門限も、この時間までに帰ってこいと指示されているようなものだしな。

 図書委員でも松村先輩に逐一指示されているし。


「・・・そう思うのなら、スキルを磨いて将来図書委員長になったらいいじゃないか」

 何故か複雑そうな声で答える松村先輩。

 裏の事情がありそうな口調である。一体何なのだろうか?


 しかし、尋ねようと思った時には、既に歩みを進めている松村先輩。

 既に先輩と別れるT字路に到着していたようだ。

 次の委員会の時にでも聞けばいいか。どうせ次の委員会にも来るだろ。

 にしても、スキルを磨いて、指示する側に回れか・・・。

 俺が指示する方に回ろうとすると、なぜか敵が現れるんだよな。

  “僕もやりたいから、じゃんけんで決めません?”とか、“空くんじゃ不適任だと思います!”

 とかいう奴が必ず1人は現れる。松村先輩のように、満場一致とはいかない。

 ・・・何でそんなに俺がリーダになることを阻止しようとするんだろう?

 友達にも分かりやすい性格だって言われるから、そのせいかな?

 指示する側が乗り気じゃなかったりしたら、士気が下がるもんね。

 だったらその性格を直さなきゃリーダになれないのか。


「おい、お前!危ないぞ!おい!聞いているのか?」

 そんな事を考えながらしばらく歩みを進めていると、男の人の怒鳴り声が聞こえた。


 何だ?うるさいな・・・。そう思いながら顔を上げる。

 そこは俺が住む街でも、ダントツで交通量が多い交差点のど真ん中。

 さらに、横から迫ってくる信号無視のバイク。


「おっとヤベェ・・・早く渡っちゃお」

 あんなのに轢かれたら俺は一発でお陀仏だぞ。まだ死にたくないわ!


 勢いよく走り出した俺の目に映ったのは、ありえない光景。

 それは、他の車に衝突した衝撃でこちらに突っ込んでくるバイクだった。

 典型的な交通事故の現場である。

 見れば、運転手は投げ出されており車体だけがやけにスローモーションで近づいてくる。

 その場で体を投げ出そうにも、体は接着剤で固められたように動かなかった。


「おいおい、よりにもよってここで死ぬのかよ!」

 迫りくるバイクを横目で見ながら大声で叫び、俺は意識を手放した。

 最後に脳裏に浮かんだのは、4年前に別れた大切な親友だった。


「ゴメン、もう二度と会えなくなっちゃったね」


 遺体の目からは、一筋の涙が零れ落ちていたという。

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