第七十六話 東の邪悪な巫女

 それは今から数年前のこと。この国が代々ミカドと聖なる鶴亀山の大巫女様によって治められていたことは誰もが知っているとおり。鶴亀山にお宿りになった我らの大神様を大巫女様をはじめとする巫女団がお祀りし、都のミカドが政を取り仕切る。これが豫国のあり方でした。遙か昔に決められたこの形を豫国は長い間守り、法と文化を守り、平穏な、豊かな、実に素晴らしい時代が続いたのでございます。


 何しろ、先代の大巫女様はミカドの姉君でいらっしゃっただけでなく、豫国史上最高の霊力を持った偉大な巫女様でした。まさに豫国のますますの繁栄は約束されていたかに思えました。しかし、ここにとんでもない邪悪な者が現れたのです。

それは巫女団の大宮でのこと。月の輝く誰もが寝静まった夜更けに、ある巫女がやってきました。


「大巫女様、あなた様は優れた霊力をお持ちだけではなく、王家の血を引くミカドの姉君でもいらっしゃいます。どうかミカドに代わり、王都に神殿を築き、政を行ってはいかがでしょうか。あなた様は、女王となられるのです」


 当然先代の大巫女様は毅然とお断りになりました。


「私は大巫女です。ここで大神をお祀りするのが役目。しきたりを変えることは許されません。私はそのような望みを持ってもいません」


「そうですか。ならば私が大巫女となって、ミカドを討ち、この国を治めましょう」

「ああっ」


 こうしてこの邪悪な巫女は、偉大な大巫女であるサクヤ様を弑逆したのでございます。それだけではありません。この巫女は自分が次の大巫女に選ばれたと嘘をつき、弑逆した事実を隠すために神聖なる巫女の里に火をつけたのです。おかげで鶴亀の里は真っ黒焦げの壊滅状態。多くの巫女様が命を失い、何百年にも渡って受け継がれてきた大宮も数々の宝物も全て灰と化してしまったのでございます。


 これを察知した王都のミカドは、すぐさまあの有名な常勝将軍ヤクサ様と兵を差し向けました。しかし邪悪な巫女も、一筋縄ではいきません。自分に従う巫女をとりまとめ、東へと逃げ出したのでございます。


 この時、邪悪な巫女を助けたのが、なんとミカドの御子であるサルタ様。豫国の正統な王子でありながら、邪悪な巫女を助け、ミカドに反旗を翻したのでございます。サルタ様はミカドの御子の中でも一際聡明と知られた御方で、豫国の東部に領地コウゾ邦を任されていましたから、邪悪な巫女を匿うにはもってこいだったのです。


「ああっ、どうしたことだろう。私はミカドを敬愛しているはずなのに、お前に逆らえない」


「おっほっほっ。そうでしょう、そうでしょう。あなたはもう私に逆らえません」


 巫女は不思議な術でサルタ様を唆し、誑かし、意のままに操りました。邪悪な巫女の力は留まるところを知りません。サルタ様の他にも次々と東部の有力な貴族を唆し、配下を増やし、勢力を拡大しました。そしていつしか、豫国はまるで分裂したように、東と西に分かれることになってしまったのです。


 ミカドは大変心を痛められました。姉君を殺され、誰よりも愛していた我が子に裏切られ、それはそれは深い悲しみに沈まれました。しかし大変慈悲深いミカドは、ヤクサ将軍に東を攻めよと命令はなさりませんでした。そうです。ミカドはあくまで平和を望み、いつの日か、サルタ様が自ら目をお覚ましなるのを信じたのです。

 

 ところが邪悪な巫女はミカドのお慈悲を良いことに、豫国の東でやりたい放題。金銀宝石をかき集め、ミカドが住まうような宮殿をこしらえ、そこで繰り広げられる酒池肉林は到底ここで口に出来る事ではございません。

 

 その上、邪悪な巫女は恐るべき霊力で次々と国に災いをもたらしました。それが皆様を悩ませている豪雨に干ばつ、蝗でございます。けれどもそれだけではないのです。皆様も聞いたことがございませんか。昨日まで栄えていた村や町が、一夜にして消えてしまったという噂。そう、まさに跡形も無く消えてしまうのです。これは邪悪な巫女の呪いの力によるものなのでした!


 ミカドは王都に荘厳な神殿をお造りになり、新たな大巫女を「任命」させました。お血筋正しく、お美しく、サクヤ様にも負けない霊力の偉大な巫女様です。


「大神の正しき力で、民と国を守りましょう」


 わたくしも、一度だけ見た神殿でのお姿を思い出して、今震えが出てきました。ああっ、何という美しさ、なんという神々しさ。まさに大巫女様になるために生まれてきたような御方です。

 

 その方の清らかな祈りによって、今、豫国はなんとか保たれている状態なのです。

 東の邪悪な巫女は、皆様を取り込もうと、ありとあらゆる偽りで騙そうとしてきます。どうか皆様ご用心なさいませ。東の巫女を信じたなら最後、魂は黒く穢れ、もう普通の人間には戻れません。大神の加護は受けられません。ああっ、なんと恐ろしい。恐ろしい。

 どうかどうかご用心。

 東の邪悪な巫女にはご用心。

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