第31話「怪し火」⑪

 ご主人様が火の中に飛び込んで数分後、シャルロット様を両手に抱き上げて戻ってきました。しかしマントには火が燃え移り、炎を立てています。それにも関わらず、優しくシャルロット様を地面に下ろすご主人様。


「おぉ!シャルロットよ!父を許してくれ!」


「心配ございません。気を失っているだけです」


「ご主人様!火が!火が!」


「それも心配無い、燃えてるだけだ」


 慌ててマントの火を踏み消しますが、肝心のご主人様は全く意に介して無い様子。それ程シャルロット様が心配なのでしょうか。少しは自分の身も労って欲しいものです。


「……さて、何があったのか教えて頂けますか?ネラ・アンジュー卿」


 あくまで冷静で丁寧ななご主人様の口調。冷静過ぎて逆に何か怒りのようなものを感じます。


「あ、あぁ……娘の事について色々な教会の司祭に相談してたんだが、とある司祭様に、怪し火は娘に悪魔が取り憑いているのが原因だから、それを取り払えば何もかも解決すると言われ、それで……」


「悪魔祓いを依頼したのですか」


「そうだ、私の行いのせいで呪いを受け、娘が悪魔憑きになって不幸な目にあうのはもう沢山だったから……それで司祭様と数人の祭司が娘の部屋に入って数時間後、突然激しい炎が吹き出し、あっと言う間に……」


 俯き首を横に振るご主人様。


「ご息女のシャルロット様が怪し火の中心なのは確かです。しかしそれは呪いや悪魔憑きでは無く、その厚い信仰心と強い意志に宿った"火の奇跡"が抑圧された環境下で発現したためです。密室下での激しい尋問を伴う悪魔祓いで無理に取り除こうなどとしたら、その力が暴発するのは当然です」


「火の奇跡だと……なんであれ私は娘には真っ当な幸せを享受して欲しくて、そんな力を取り除いて普通になって欲しくて、寄進やこのような聖地巡礼を重ねてきたのに……」


「そのようなお考えの下、木剣を取り上げ、自由を奪った事がシャルロット様を抑圧する事になったのです。火の奇跡はご息女を害するためでは無く、ご息女を守るために発現したのです」


 冷静な口調ながらも責めるような文言に、ネラ様も返す言葉が出てこないようです。


「ゴホッゴホッ、ここは……?」


「おぉ!シャルロットよ!気が付いたか!」


 しかし娘に抱きつき、心配と嬉しさから流れるネラ様の涙に、嘘は無いようです。


 それよりも、肝心のハットー様が姿を見せないのは全くもって気に入りませんが。

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