青い自販機と黒い猫

雪村 いては

前編

 通学路の途中に、長い長い坂がある。俺はそこを、自転車で毎朝上っていく。

 立ち漕ぎの姿勢で、ぜぇぜぇ言いながらペダルを漕ぐ。降りて歩いて行けばいいのにと思われるだろうが、それはしない。

見えてきた。 坂のちょうど頂上にある、青色の自販機。太ももに力を入れ、何とかペダルを回す。力を振り絞って、なんとか自販機にたどり着けた。バッグから財布を取り出し、百円玉を硬貨投入口に入れ、ジュースを買う。

 これはちょっとしたゲームなのだ。坂に差し掛かってから、1回も地面に足をつけずに自販機まで登りきれれば飲み物を買える。 だいたい、“勝率”は3割ぐらい。高校生活が始まった頃からやっていて、毎朝のちょっとした楽しみになっていた。


 その日の部活は中々ハードで、学校を出る頃にはもうすっかり辺りが暗くなっていた。へとへとになった体で自転車を漕いで自販機の前を横切る時、なにか黒いものが上に乗っていた気がした。 何だ? と思いブレーキをかけ、見てみると小さな黒猫が座っていた。緑っぽい目をしている。多分野良猫なのだろうが、わりあい綺麗な毛並みをしていた。

 黒猫はこちらに気がつくと、にゃあ、とだけ鳴いた。


 次の日の朝にまたいつものように坂を上ると(今回は途中でへばって足をつけてしまった)、また昨日の猫が居た。

 その日からはゲームがひとつ増えた。黒猫が居るか居ないか予想するのだ。“勝率”は…だいたい、8割ぐらいだろうか。内訳は、「居る」に賭けて勝ったのが8割、「居ない」に賭けて負けたのが2割だ。俺は毎朝この2つの“ゲーム”をしながら学校へと向かった。


 梅雨の時期になり、じめじめとした雨の日が増えた。 カッパを着て自転車に乗るのはなんとなく息苦しい気がして好きではなかった。

 それに、最近は部活があまり上手くいっていなかった。プールがあまり使えないので室内のトレーニングをしているのだが、真面目にやっているつもりなのに全然体力がついてない気がするのだ。他のみんなが成長していく中で、自分だけが取り残されているような気がしていた。部活の友達に相談してみても、「大丈夫だって、その内いつの間にか出来るようになってるよ」、と言われただけだった。

 そんなことが続いて落ち込みながら走っていると、いつもは自販機の上に乗っているはずの黒猫が道路の脇に居た。

 何だ?と思って止まると、小走りで駆け寄って来た。よく見ると、口になにか咥えている。俺のそばまで来て道路の上に落としたのは、灰色で細長い…トカゲ!?

「ぎゃああああああぁぁぁぁ!!」

 慌てて自転車にまたがり、そのまま全速力で逃げる。俺は虫が大の苦手なのだ。

 猫の方も、俺の悲鳴に驚いて慌てて逃げて行った。

 何となく仲が良いと思っていた猫に虫を持ってこられた悲しみから涙目で家に帰り、やっと落ち着いたのは家に着いてタオルで濡れた体を拭き、逆だっていた全身の毛が戻る頃だった。

 気が抜けてしまって何もする気が起きないままベッドに寝転んでスマホの電源をつけると、ほぼ無意識で親指を滑らせて

「猫 虫を持ってきた」と打ちこんで検索していた。検索結果のサイトを見る。

「猫ちゃんが持ってくるプレゼントは、人間からすると嫌がらせとしか思えないものが大半ですが、これは人間が獲物を捕っていないことを猫なりに心配しているようです。

 人間にとってはあまり嬉しくありませんが、猫に飼い主への好意があるから持ってきてくれるものです。……」俺は文章を何回か目で追った後、ベッドから飛び起きた。


 


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