第16話 あるある
俺は、お湯につかっていた。
「はぁ~」
この世界では、風呂の文化が定着していない。多くの者がシャワーすら浴びないこの世界で、俺は相当参っていた。前の世界では、毎日お風呂に入っていたのだから、当然だろう。
匂いも気になるし、さっぱりとできない。一応、濡れたタオルで体を拭いたりはしていたが、やはり風呂に入るのが一番だ。
「それにしても・・・まさか、ここにきて一番の楽しみが風呂になるとは。」
俺たちは、第二の首都と呼ばれるルマスに来て、もう3日が経った。
散財するぞと張り切っていた俺だが、散財する場所が少ないことに気づく。
女・・・別にどうでもいい。
酒・・・そこまで好きではない。一杯で十分。
賭け事・・・ルールを知らない。
買い物・・・そこまでの価値を見出せる品物がない。
俺は、つまらない男だったようだ。
考えてみれば、前の世界でも金に困ったことはない。それは、稼いでいたせいもあるかもしれないが、特に欲しいものがなかったからだろう。
だから、ここに来ての俺の楽しみは、風呂と散歩くらいだ。どこのじじぃだよ!
ルマスでは、他国の文化を楽しむこともでき、その一つに風呂があったのは、俺にとって本当に幸運だった。
ちなみに、俺たち3人は、ここに来てから別行動をしている。それぞれ好きに楽しめばいいし、異論はない。しかし、なぜか俺は楽しむだけでなく、鍛錬や勉強をさせられている。そこが気に入らない。しかも、サウスやロジが教えてくれるわけでなく、ルマスで雇った者が教えているのだ。
俺が必死に鍛錬や勉強をしている間、あいつらは余暇を楽しんでいると思うと、ちょっと腹立たしい。
「あやつの様子はどうじゃ?楽しんでおるかの?」
日本風で言えば、銭湯と呼ばれる店を凝視していたサウスは、ロジの言葉にため息をついた。
「全く、楽しんでいるとは思えん。鍛錬を終えた後は、ここにいつも来て汗を流し、午後は授業を受けて終わりだ。食事は、宿屋か露店で食べるだけ。」
「なんじゃそれは・・・」
「夜も、出かける様子がない。」
「・・・金も時間もあるはずじゃろうに、なぜ楽しまんのか。理解に苦しむの。」
「それで、良い奴は見つかったか?」
「いや、全く。ま、無理な話じゃろう。国を敵に回す危険をおかす者などそういない。」
「だよな。」
2人は、余暇を楽しんでいるわけではなかった。サウスは、隠れて勇者を守り、ロジは、自分たちが死んだ後に、国を敵に回してでも勇者を守ってくれるものを探していた。別にそれが目的でここに来たわけではないので、見つからなくてもどうということはないが。
ここに来た目的。それは、勇者自身を強くすること。勇者が一人でこの世界を生きていけるように、強くなってもらい、生きるための知識も得てもらうためだ。
2人が教えてもいいのだが、あまり2人と一緒にいれば情がわく。2人が死んだとき、悲しみを感じることが少ないように配慮してのことだった。
「楽しめるときは、ワシらが生きているうちだけじゃ。今のうちに楽しんで欲しいものじゃが。」
「死ぬと思っているはずなのに、あの様子なんだ。あれでも楽しんでいるのかもしれないな。」
「今までどんな生活をしてきたのか。修行僧か何かだったのか、あやつは。」
「仕方ない。ワシが教えてやるかの。楽しみというやつを。」
「おい。あまりかかわるのは・・・」
「大丈夫じゃ。わかっておる。」
風呂からの帰り道。俺は人気の少ない近道を通って、宿に戻る最中だった。
女の悲鳴が聞こえた。見れば、屈強な男に囲まれた女が涙を流して、地べたに座り込んでいる。
「や、やめてください!」
「いいじゃねーか。ちょっと一緒に食事をするぐらいよぉ?」
なぜ、俺はこういう現場に遭遇するのか。
何回か、一人が複数に囲まれている現場を目撃したことがある。
それは、小学生の時。
「お前、ほんとは人間じゃねーだろ!」
「だよなー。だって、こんなに太っているのは、おかしーぜ。ぜってー豚だよ。」
そんな、頭の悪そうな言葉が聞こえた。
豚と言われてしまうほど、太っている人。それの心当たりは、鈴木しかいなかった。
見れば、トイレ付近で鈴木が大勢に囲まれていて、やっぱりと思った。
そのころは、まだ鈴木と話すことがなかった俺だが、鈴木を助けることにした。
「やめろよ。」
「は?なんだよ梅次郎、しらけることすんなよな。」
「お前ら、鈴木が豚だと言ったな。」
「文句あんのか?だいたい、食ってばっかのそいつがわりーだろ。デブって、邪魔なんだよ。そいつのせいで、教室が狭くなってんだぜ!」
「ま、それはどうでもいいけど。鈴木が豚なら、お前らはなんだ?」
「は?人に決まってんだろ!馬鹿じゃねーの。」
「いや、違うだろ。だって、お前ら人間にしては不細工だぞ?」
俺の言葉に、全員が固まった後、なぜか俺は殴られた。イケメン死ねとか言われながら。中には、泣きながら殴る者までいて、大騒ぎとなった。
というように、俺はよくこういう現場に遭遇する。
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