第3話 人間なだけマシ
着替えを終えた俺は、また別の部屋へと案内され、そのソファに腰を掛けていた。一緒に来た女はお茶を入れている。
先ほどの光景を思い出すと、ぞっとする。
鏡に映る、自分ではない誰か。
鏡がおかしいのかもしれないと思った俺は、着替えた後に女を鏡の前に立たせたが、映ったのは女の姿で、鏡がおかしいわけではないことがわかった。
気が気じゃない。
なぜ俺の姿は変わっている?
その答えは、出ていた。
得意げに話す鈴木の姿が浮かぶ。あいつの好きな転生モノの話。そう、きっと俺は転生した。
転生というのは、死んで生まれ変わるっていうこと。そして、あいつの好きな転生モノは、死んで、別の世界で生き返り、そこで現代知識などを使って成り上がったりする話。
だが、転生というのは、赤ん坊からやり直すやつだよな?
この体はどう見たって、赤ん坊ではない。ま、裸だったけど。
他には、ある日突然、前世の記憶が蘇って、今ある問題を解決するとか、そんなことを言っていたな。
部屋にノックの音が響いた。
「失礼します、勇者様。」
入ってきたのは、最初に出会った男だった。
これで、やっとスタート地点に立てる。おそらく、今から説明されるのだろう。俺がここにいる理由、勇者と呼ばれる理由なんかが。
説明を聞いた俺は、一人にさせて欲しいと頼んだ。
考える時間が必要だと思ったからだ。
まず、この国はメルニース王国という、名前からわかる通り王政の国だ。思っていた通り、ここは別の世界、異世界ってやつだった。
そして、今この国、というか世界は危険にさらされている。これも鈴木から何度も聞かされたテンプレ通りだ。
魔王が人間に害をなしているらしい。その理由は不明だ。
土地も食べ物も人さえも、何も欲していないようで、襲われた場所は襲われただけで終わる。襲うことだけが目的だとでも言うように。
そして、その魔王は強く、対抗する力がない人類は、勇者を召喚した。それが、神話に残る、魔王への対抗手段だったからだそうだ。
そして、召喚されたのが俺。
「鈴木が言ってた、チート能力ってやつも、俺は持っているのか?もしかして、体が違うのはそのせい?」
鈴木の話によると、異世界に行った主人公は不思議な力を持っていることが多いという。それをチート能力と言っていた。
俺にもその力が備わっているのなら心強い。
「イケメンで強いとか、最強じゃねーか!って、今はフツメンだった。まさか、チート持ちでイケメンだと最強すぎるから、フツメンになったとか?マジか。」
俺はがっくり肩を落とすが、まだカエルに変えられるよりはましかと思い直す。人間なだけまだましだ。それに、不細工ではない。平凡な顔だったことも、感謝するべきかも知れない。
「今日からこの顔か。こんな平凡な顔で、どうやって生きていけばいいんだ?この顔じゃ、女にも見向きもされないだろうし、うまいように女を扱えねぇな。」
女なんて、しょせん顔でしか男を判断しない。だから思い通りにできていたが、今のこの顔では無理だろう。
「あぁ、でも肩書も好きだよな、女って。」
有名人ってだけで騒ぐ女ども。
今は、勇者という肩書があり、それは身分も高いようだし使えるだろう。
「ま、そこそこいい感じだな。」
とりあえず、これからの方針としては、このまま猫をかぶることにした。ただ、女へのスキンシップはやめておく。
ここの文化がわからないし、この平凡顔でやれば、肩書だけでは許されない可能性もある。
「よし、決まった。」
俺は、外に控えている女に声をかけようと、部屋の扉を開けた。
「え、まだいたのか?」
そこにいたのは、もう帰ったと思っていたあの男、説明役ともいうべき男だった。
「はい。まだお話したいことがありますので。」
「そうか・・・すみません、時間を取らせてしまって。」
素になっていたことに気づき、慌てて猫をかぶった、
「いえ。では、失礼します。」
男と、その後から女が入ってきた。
女は、冷えた紅茶を片づけ、新しいものを入れ直した。
「ありがとうございます。」
「いいえ。」
そういえば、この男に自己紹介をされたな。
目の前の男を見る。
サウスという名の騎士。なんだか長い名前と所属を言われたが、覚えきれず、そんな俺にこの騎士は「サウス」と呼んで欲しいと言ってきたので、それだけ覚えている。
「勇者様、今後のことですが・・・まずは、勇者様の能力をお見せいただきたい。」
「・・・能力ですか。それは、どういったものですか?」
「剣術や魔術・・・他にも何かあれば、見せていただきますか?」
「・・・」
剣術は、きっと剣道部とかに入っていれば、身についていただろうが・・・残念ながら入っていない。運動部ですらなかったな。
魔術は論外だ。そんなものなかった。
他は、一定の学力があって、運動神経は悪くなかった。・・・あ、この体はどうかわからないな。
「どうかされましたか?」
サウスが心配そうにこちらを見ていた。
「やはり、お疲れでしょう。今日はもうおやすみください。」
そう言って立ち上がったサウスに、俺は何も言えない。
俺に何ができるか?全く分からない。
もしかしたら、この体にはものすごい力があるのかもしれないが、今の俺には何もわからなかった。
夜。最初に通された部屋は、俺に用意された部屋だったようで、俺はそこに案内された。それから、することもないのでベットに潜って、いつのまにか寝てしまったようだ。
完全に辺りは暗くなっていた。
俺はベットから出て、鏡の前まで来た。
月のほのかな明かりで、なんとなくわかる自分の輪郭は、やはり俺のものではなかった。
「俺は・・・誰なんだ?」
その問いに、鏡が答えることもなく、ただ俺の疑問だけが残るばかりだった。
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