イケメンがフツメンに転生したけど、クズは死んでも直らない

製作する黒猫

第1話 クズなイケメンの終わり




 緑豊かな、恵にあふれた王国、メルニース。

 しかし、その豊かさゆえに周辺諸国から嫉妬され、時に戦争を吹っ掛けることもある。しかし、それも魔王が現れる以前の話。


 魔王。人間の宿敵は、いつか現れるといわれた神話の存在。ほとんどの人間がその存在が現れるまで、おとぎ話と信じていたものだ。

 そして、同様におとぎ話とされていた人類の希望、勇者。その召喚を豊かな国で、余裕のあるメルニース王国が行うこととなった。


 そして召喚された勇者は、何の力も持たない、たいして特徴もない者だった。

 誰もが裏切られた気持ちになる。


 魔王は実在していたが、勇者はただのおとぎ話だったのではないか?


 しかし、後にその勇者は、勇者の中の勇者、無血の勇者と称えられるようになる。




「いいよいいよ!いい笑顔だね!」


 パシャパシャという音と共に、眩しい光が俺を襲う。なんていうことはない。ただのカメラのフラッシュだ。



「宮前君、おつかれさま。」

「お疲れ様です、ありがとうございました。」



「宮前君、今日はもう撮影ないけど、どうする?学校行く?」

 マネージャーの女が声をかけてきた。

「いえ、今日は僕の取っている科目はないので・・・あと約束があって、あ、もうこんな時間だ!」

「え?ならすぐに送るわ。」

「ありがとうございます。」


 本当は、約束なんてしていないが、学校に行く必要がないのは本当だ。しかし、何の予定もないと、この年増に「ご飯でも食べに行かない?」と誘われることは目に見えている。そんなことに時間を取られるのは嫌だからな。


 マネージャーの車に乗り込む。

「あぁ、そうだ。これ、この前の撮影のやつ。」

 そう言って、一冊の雑誌を渡された。礼を言って受け取ったが、この前の撮影と言われてもわからない。撮影なんて数えきれないほどやっているわけだし。


 雑誌の表紙にはでかでかと俺が写っている。

 宮前ロウ・・・俺の芸名も書かれている。


「わ~カメラさん、かっこよく撮ってくれたなぁ。」

「いやいや、宮前君はもとから、かっこいいから!ま、確かにカメラさんの技術もすごいけどね。」

 何を当たり前のことを。ま、俺の謙遜の言葉に反応を返しただけだろうが。


 さて、友人にラインを送らないとな。今から行くって。




 友人の家の前で、マネージャーは車を止めた。

「着いたわよ。」

「はい、ありがとうございました。」


 友人・・・鈴木の家に入るまで、マネージャーは外で待機していた。

 本当、気持ち悪いな。



「よっ!」

 鈴木が玄関を開けると同時に、手をあげていつものように挨拶をした。


 鈴木は、俺の2倍の横幅をして、背は俺より10㎝くらい小さい男だ。こいつとは小学校からの付き合いだが、そのころからこんな感じで、デブとかブタとか言われていじめられている現場も何度か見た。

 だが、その体の大きさと心の大きさが比例しているように、とってもいい奴で、俺が唯一心を開いている男だ。


「全く、いつも急なんだから。とにかく、入りなよ。」

「いつも悪いな。お邪魔しまーす。」


 壁一面に貼られた、2次元の女たち。棚に並べられた、パンツが見えそうな女のフィギュア。鈴木の部屋に来た。


「いつみても、お前の部屋はすごいな。」

「ま、君はオタクじゃないし、この部屋は異様に見えるかもね。でも、僕らにとってはこれが普通さ。」

「・・・そうか。」


 そう言えば、鈴木はキモオタとも呼ばれていた。大学生になった今では、オタクであることをなぜか隠し、俺にも口止めをしたので、周りの連中は知らない。


「あ、あのさ。僕も用事があって・・・別にここにいてもいいけど、僕はもう出るから。」

「え、出かけるのか?珍しいな、いつもパソコンかゲーム機の前で忙しい忙しい言っている奴が。」

「あのね、僕だって外に出るの。引きこもりじゃないんだから。」

「で、用事ってなんだ?買い物なら付き合うぞ?」

「買い物だけど・・・他の子と行くんだ。」

「他の子?」

「・・・サークルの・・・まゆみちゃん。」

「・・・は?」

 鈴木がとうとう妄想にはしってしまったようだ。


「いや、本当だから!サークルの買い出しに行くだけだから!」

「・・・なーんだ、デートじゃねぇのか。」

「違うよ・・・僕なんて、まゆみちゃんに釣り合わないし。」

「・・・おいおい、まさか?」

 好きなのかと視線で問えば、鈴木は頷いた。


「鈴木に春が来た。」

「いや、一方的に好きなだけだし、春とかおおげさ。」

「お前が現実に興味を持ったこと自体が、もう春だぜ。」

「それは、僕に失礼じゃない?」


「そうだ、お前、パンツがアニメ柄とかないよな?」

「え?見たの・・・」

「マジかよ。おい、今すぐ着替えて来い。オタクなの隠したいんだろ?」

「いや、別にいいじゃん?見せるわけでもないし。」

「何を言っているんだ。女と出かけるっていうなら、見せる覚悟で行け。」

「は!?」

 呆ける鈴木に頭が痛くなる。


「お前な、女が男と出かけるっていうのは、そういうことだ。」

「い、いいい意味がわからないよ!?」

「だから、そこのフィギュアの女たちみたいに、鈴木にパンツを見せてくるんだよ。いや、むしろお前がめくれ。」

「だめだよ!それただの変態!変態だから!」

 そんなことしたら、怒られるし嫌われる。そうつぶやいた鈴木に、俺はにやりと笑った。


「大丈夫。女なんて、いくら怒らせても、キスでもすればすぐに機嫌がよくなる。」

「・・・梅君。」

 梅君とは、鈴木が使う俺の呼び名だ。本名は、梅次郎というクソダサい名前だからな。ものすごく嫌いな名前なので、鈴木以外には「宮前」か「ロウ」と呼んで欲しいと頼んである。


「君って、前々から思っていたけど、クズだよね。」

「俺のことをそうやってディスるのは、お前だけだよ。」

「だって君、他の人の前じゃ、気持ち悪い猫をかぶっているじゃないか。あのね、梅君。もう少し考え方を改めた方がいいと思うよ?君がそうなってしまったのは、わからなくもないけど・・・」

「気持ち悪いって・・・周りの馬鹿どもはあの猫に満足しているんだから、いいじゃねぇか。」

「・・・ふぅ。ま、この話はここまでだね。僕も行かなきゃいけないし・・・でもね、ちゃんと考えなよ?」


 そう言って、鈴木は部屋を出ていった。


「何を考えればいいんだよ。鈴木、お前の方が頭はいいんだから、俺にわかるように説明してくれよ・・・」


 鈴木の部屋を出ると、ちょうど鈴木が出るところだった。

「鈴木、俺も今日は家に帰るわ。お前がいないとつまんねーし。」

「そう。」


 鈴木は少し嬉しそうに笑った。

「なんだ?気持ち悪いぞ?」

「・・・そう言ってくれるのは君ぐらいだよ。」

「ま、今はな。」

「今は?」

「まゆみだっけ?好きなんだろ。だったら全力でおとせ。お前が本気になれば、どんな女もメロメロだ。なんてたって、この俺の友達なんだからな。」

「それ、どういう関係があるわけ?ま、いいか。ありがとう。」




 鈴木と別れ、俺は自宅に向かっていた。

 すぐ近くにある俺の家は、5分もしないうちに見えた。


「ん?客か?」

 家の前に、一人の女が立っていた。長い黒髪に白のワンピース。後ろからわかるのはそれくらいだ。


 女の年齢なんて、後ろからじゃわからねーしな。

 それにしても、女か。


 ストーカー・・・そんな言葉が浮かんだ。


 昔からかっこよかった俺は、何人ものストーカーから被害を受けていた。

 年増女から、毛も生えてなさそうなガキまで。本当に、女ってやつは面倒だ。


 だが、見たところ力もなさそうな女に、どうこうされることもないだろうと思い、俺は家の前まで来たとき声をかけた。


「ウチに何か御用ですか?」

「・・・!」

 女の肩がびくりとはねた。


「あの?」

 振り返りもしない女に、俺は女の肩に手を置いた。

「ロウ君・・・」


 名前を呼ばれ、ストーカーだとわかったので、距離をとろうとしたが、その前に女が振り返った。


「好きです!」


 熱かった。その視線、その言葉・・・恋する乙女なんて可愛げのあるものじゃない。その思いは・・・異様だ。


 そして、何よりも熱いのは、俺の腹部。


「な、なん・・・だ?」


 腹を見れば、白いシャツにケチャップみたいな、赤いしみが広がっていた。その中心には、突き刺さったナイフがある。突き刺さった・・・ナイフが。


 力が入らなくなり、崩れ落ちる体。


 砂嵐のような音が聞こえ、ざぁざぁとうるさい。


 息が苦しくて、金魚みたいに口をパクパクと開ける。これは、いくら俺がかっこよくても、100年の恋も目覚める光景だろう。


 そんなアホなことを考えていたら、突然、ジェットコースターに乗っていて、下にくだる瞬間のような浮遊感が襲い、次に前後左右に体が振り回された。


 あまりに激しい運動に、何も考えられず、ただそれが終わるのを待った。





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