第百三十五話 スロウの悩み
「ドルベル。今日、私がわざわざここまでやってきた理由、わかるな?」
ギルドマスターの部屋にて、ドイル商会の会長であるドイルが若干の苛立ちを募らせながらマスターに問いかけた。
部屋に設置されたソファで彼と対面しているドルベルは腕を組み、首をひねり答える。
「はて? 何の事でしょうか?」
「とぼけるな! 貴様! 前に約束したであろう! 新しい受付嬢のことだ!」
「あぁ、何だそっちでしたか」
ドルベルが納得し頷いた。ドイルに関して言えば様々な案件が現在進行系で動いており、いきなりやってきて問われてもどれのことかとつい考えてしまう。
「勿論考えております。そういえば孤児院の件も動き出したんでしたな」
「あぁ。上手いこと言いくるめて動いてもらったさ。あいつ口は達者みたいだしな。ちょっと協力してやると言えばちょろいもんよ」
ニヤリと笑みを深めドイルが答える。あいつと読んでるのは死んだコエンザムの息子のことだ。
一応建前は跡取りということになっているが、実は父親であるコエンザムは息子のドラムスに遺産を遺す気は無かったとされている。
もっともだからこそドイルが裏で画策したわけだが。
「それはそれは。でしたら丁度いいかもしれませんな。何せあいつも孤児院で育った身の上。その辺りを理由に上手くやればきっとすんなりいきますよ」
「そうかそうかぐふふ……」
全くあいも変わらず下衆な男だとドルベルは笑顔を貼り付けたまま思った。
今もぐふぐふ、と下品な笑みを浮かべている。豚でももう少し上品な笑い方をすることだろう。
「とにかく、その件は今日にでも早速話しますよ。楽しみに待っていてください」
「わかった。必ずだぞ!」
そしてドイルは立ち去った。全くとため息を吐きつつ、ドルベルは上がって来た報告書に目を通す。
「……ここのところ、あのエドソンがこそこそ動き回っているらしいな……全く商業ギルドまで巻き込んで何を企んでいるのか……もう少し注意しておく必要があるか――」
◇◆◇
「うぅ、もうすぐ期限が来てしまいますぅ……」
歩きながらスロウは眉を落とし呟いた。目下の問題は孤児院の借金であった。
スロウは普段からおっとりしているし良く道も間違うし、頓珍漢な行動をとることも多いが、だからといって常に能天気で何も考えていないというわけでもない。
特に孤児院については自分なりに色々気にかけてはいる。冒険者ギルドの受付嬢に募集したのも給金がかなり良かったからだ。それを孤児院に入れることで少しでも足しにしてもらえたらと考えている。
スロウは自分を育ててくれた孤児院とマザー・ダリアに感謝している。その恩には報いたいとも考えている。
だからこそ、孤児院の借金には心を痛めていた。だが一体どうしていいかはわからない。何せ金額が途方も無いのだ。
白金貨62枚など一体どうやれは手に入るのかスロウには何も思いつかない。
「そうだ、給金の前借りをお願いしてみようかな!」
スロウは決して何も考えていないわけではない。これでも本人は大真面目だ。だが普通に考えて白金貨62枚の前借りはありえないだろう。
そして、結局これといった解決策も思いつかないままギルドに出勤したわけだが。
「スロウ、マスターが呼んでるわよ」
「マスターがですかぁ~?」
先輩に声を掛けられスロウが小首を傾げる。だがすぐにハッとなった。
「もしかしてボーナスくれるのかなぁ~?」
「貴方って幸せよね」
先輩受付嬢が呆れ顔で言う。正直スロウは元ののんびりした性格もあり仕事ができるとは言い難い。ただ、見た目が幸いして冒険者受けが良く、またどこかぽわんとした性格は他の受付嬢からも可愛がられる要因となった。
そしてスロウはマスターであるドルベルの部屋に向かい扉をノックした。
「入れ」
低い声が扉の向こうから聞こえてくる。
「失礼しますぅ」
部屋に入ってきたスロウをドルベルがジッと見つめる。何だろうと思ったスロウだが。
「あの、用事というのはぁ、何でしょうかぁ~ボーナスを~頂けるのでしょうかぁ?」
「まだうちに入って間もないのにボーナスがでるわけなだろう」
やれやれと嘆息するドルベルである。しかしすぐに真顔に戻し。
「とは言えお前にとってはボーナス以上に光栄な話かもしれないぞ」
「光栄なですか~?」
「そうだ。ドイル商会を知っているな?」
ドルベルが尋ねるとスロウが指を顎に添え、ん~と悩んだ後で。
「えっと、どちら様でしたっけぇ~?」
「うちのお得意の商会だ! 全くそれぐらいは覚えておけ」
「ごめんなさいぃ~」
スロウがしゅんっとなる。その様子を認めた後、ドルベルが続けた。
「とにかく、そのドイル商会の会長であるムーラン殿がお前を気に入ったらしくてな。これから屋敷に来てほしいそうなんだ」
「屋敷にですかぁ?」
「そうだ。新しい仕事に繋がるかも知れない。これも大事な仕事のうちだ。上手く気に入られればお前の悩みを解決するのに役立つかも知れないぞ。だから気に入られるようしっかりやってこい」
「問題……は、はい~わかりましたぁ~マスター私のためにわざわざありがとうございますぅ」
そしてドルベルにお礼を述べた後、地図を受け取りスロウはドイルの屋敷に向かった。
スロウを見送った後、ドルベルが薄い笑みを浮かべ立ち上がり、窓の外を眺めながら呟く。
「これからどうなるかも知らずに幸せな奴だ――」
「そう言えばスロウみないけどどうしたの?」
「またどっかで迷ってるのかしら?」
ギルドの受付嬢が口々にスロウについて話しだした。するとギルドの職員がやってきて彼女たちに伝える。
「スロウなら今日はマスターに言われてでかけた。今日はもう戻らないと思うぞ」
「え? マスターに?」
受付嬢がそれぞれ顔を見合わせる。だが職員からさっさと業務に戻るように言われたので仕方なくスロウ不在で仕事を再開させたが。
「でも、スロウ一体どこにいったんだろう?」
一人の受付嬢がつい独りごちると対応していた冒険者が思い出したように口を開く。
「そういえばさっきスロウちゃんとすれ違ったけど、ドイルが何とかと言っていたぜ」
「――え!?」
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