第百二十九話 鉱山の新たな異変

 メイの運転で街にはすぐに戻ることが出来た。もう戻ってきたのですか! と随分と驚かれたけど、魔導車があればこの程度容易いんだけどな。


 こんな便利な魔導具が全く浸透していないのが私からすれば信じがたい話だ。


「ところで湖は如何でしたか?」

「あぁ、ヌシと出会ったぞ」

「なんと、やはり噂は本当でしたか」

 

 デニーロが驚いてみせる。本人は噂だけで見たことはないのか。


「しかしよくご無事で。最近はヌシが暴れるという話もあったので心配でしたが」

「最近はか。つまり前は違ったということだな?」

「そうですね。ここ1ヶ月程の間で聞かれた話なので」


 ディニクティスは温厚な魔物だ。水を綺麗にするしヌシとして崇められるのはわかるが、暴れるというのはやはり適当ではない。


 何らかの理由があったのかもしれない。魔物の性格を変えてしまう寄生型魔物なんかもいるしな。


「デニーロ様。そのことならもう心配にはお呼びません。御主人様が原因を突き止めたことで元の穏やかな性格に戻りましたので」

「なんと! そんなことまで可能なのですか!」


 デニーロには随分と感心されてしまった。私からすればそこまで大した話でもないのだが。


「さて、水の問題を先ず解決するとしよう。枯れた川でこの街から一番近い場所を教えてもらえるかな?」

「はい。勿論です。では一緒に参りましょう」


 そして私は魔導車で一緒に川に向かったが、まぁ、反応はいつもどおりだ。


「ま、魔獣の体内に入って移動できるとは凄すぎる……」

「メイ、私はずっと疑問に思っているのだが、彼らは本気なのか? 私を謀ろうとしているのではないのか?」

「嘘偽りなく、本気で魔獣だと思っているようです」


 真剣にメイが答えてくれた。メイが言うならやはり本当なのか……


「ところでエドソンさん。これからどうされるおつもりで」

「あぁ、これを使う」


 私は腕輪から対となる転移門ポータルゲートを取り出した。手のひらサイズの門である。


「これはまた随分と小さいですな」

「確かに。ですがそこはエドソンさんの発明ですからね。とんでもない効果を秘めているに違いありません」

「いや、流石にそこまで期待されると申し訳ないな。中身は何の変哲もない魔導具だし、期待しすぎてもがっかりするだけだと思うぞ?」


 二人に予め伝えておく。無駄に期待を膨らませては、この程度かとガッカリされる可能性が高いからな。


「それでは設置だな。先ずはこの門を適当な場所に置く」

「ふむふむ」

「そして大きさを設定して川幅に合う大きさに変化させる」

「なるほどなるほど、て、はい?」


 フレンズが目をパチクリさせていた。

 うむ、やはりこの程度ではちょっとがっかりさせてしまうかな?


 とにかく設定を完了させると門が川にピッタリ合うサイズに変化した。このあたりは細かい設定も可能だが大雑把に川に合わせてとしても自動で大きさが調整される仕組みだ。


「す、すごい、一体この門はどうなっているのだ……」


 うん? 今デニーロが凄いと言ったような?


 あぁ、凄い玩具だと言ったのか。確かに見る人が見ればこれは子どもの玩具でしかないだろう。


「さて、大きさを変えたら湖側の門と時空を繋げてと、よし。これで大丈夫だ。門を開けるぞ」


 そして私が門を開けると水が一気に流れてきて枯れていた川が元通りになった。よし、これで一先ず解決だな。


「み、みみ、み水がぁああああぁあ!」

「ミミズではないぞ。水だ」


 デニーロが素っ頓狂な声を上げて何故か尻もちをついた。水の中にミミズなんて混じってないよな?


「ちょ、ちょっと待ってください! 頭が、頭がおいつきませんぞ!」

「もしかして思っていた効果と違ってガッカリしてしまったのか?」

「いやいや逆ですよ! デニーロ卿はとんでもなさすぎて驚いているのです!」


 とんでもない? これが? はて?


「別に普通なことだよな?」

「こう言っては何ですが、御主人様の普通はこの辺りでは全く普通ではないかと思われます」


 メイが答えてくれたが、いやいや別々の場所にあるものを魔導具を通して運ぶなど初歩中の初歩だと思うのだがな……


「こ、この水が湖から運ばれているのですか?」

「うむ、そうであるな」

「……て、転移魔法みたいなものなのでしょうかな?」


 転移魔法か。確かに近いと言えば近いが、魔法で行う転移と魔導具での転移は理論的には結構な違いがある。


「しかし、魔導具でここまでできるとは本当に驚きです。おかげさまで水の問題は解決できそうですし、本当に何とお礼を言って良いか」

「何、私だって見返りを期待してのことだしな。魔導具の件はどうか頼むよ」

「それはもう。むしろ断る理由が見当たりません」


 それは良かった。これで仕事が増えるといいのだが。


『エドソンくん聞こえる!』


 その時だった。指輪からロールスの声が聞こえてきたのは。しかも随分と緊迫した様子が声から感じられる。


「ロールス、何かあったのかい?」

『あ、通じた! 良かった。それがね、大変なの。今、火の魔石鉱山に来ているのだけど、サラマンダーが大量発生していてね。しかも相当気が立っているみたいで私達を見るなり襲いかかってきたの!』


 サラマンダーだって?


「今、指輪から聞こえてきたのはロールス様の声ですか」

「そうだな。魔石鉱山の調査にいってくれていたが、どうやら厄介な出来事に直面しているようだ」

「サラマンダーと聞こえましたが、あの精霊のサラマンダーですか?」

「だと思うが……」


 基本サラマンダーと言えば火の精霊をさす。そしてエルフにとって精霊は身近な存在だ。


 私もハイエルフだからな。その辺りは一緒でもあるのだが、しかしサラマンダーが人を襲うとは少々嫌な予感がするな。


「ロールス。詳しい話を聞きたい。体勢も立て直す必要があるだろうから一旦戻ってきてくれないか?」

『うん。わかった!』


 そして私達は戻ってきたロールスから詳しく話を聞くが。


「やはり精霊が荒ぶっているのだな」

「もう火なんてぼうぼう吐いていたよ~」

「お疲れさまですロールス様」


 メイが労う。ロールスに調査を頼んでおいて正解だったな。


「しかし、精霊が姿を見せるなんてことがあるのですか?」

「それは普通にあると思うが、見たことはないのかな?」


 デニーロが不思議そうに口にしていたので問いかけてみる。すると首を横に振り。


「そんな話、聞いたこともありません」


 そうなのか……確かに精霊は我らが暮らす次元とは別の領域に存在する。だから普通は見えない。もっともエルフだけは別の領域にいる精霊を強く感じ取れる事ができるし、ある程度成長すれば精霊を見る事も可能となる。


 もっともこれはこちら側に近づいてきた精霊を通すことで他の次元を感知しているわけであり、エルフが別次元を完全に見通せるというわけではないが――とにかく精霊とはそういう存在だ。


 そう言えば昔、人は精霊がいることで火や風が生まれるという見方をしていたが、これが誤りなのを私の研究ではっきりさせたことがある。


 精霊はこちらの世界の魔力が好物であり、魔力を求めることでこちら側の次元により接してきている。

 

 魔力の質は環境によって変化するが火の精霊が好む魔力は火が近いところに存在し水の精霊が好む魔力は水場に溜まる。そういった理由からそれぞれの属性に沿って精霊が集まるのであり精霊がいるから火が起こったり風が発生するのではなく、火や水や風や土があるからこそ、そこに精霊が集まってくるというのが正解なのである。


 そしてそれが結果的にエルフが精霊を見れることに繋がる。エルフでもあまりにこちら側の次元から遠ざかった精霊は見れないからだ。


 ちなみに精霊は自分の意思で完全にこちらの世界に渡ってくることがあり、その場合は人の目にも触れることになる。


 今回はまさにそのパターンだが、この際に取り込む魔力によっては性質がカオス寄りになり暴走したりするわけだ。


「それにしても一難さってまた一難とはこのことか、一体どうすれば……」

「そんなこと決まっているだろう」

「え?」


 デニーロが頭を抱えているが、私としても火の魔石は重要だ。とっとと解決する必要がある。


「ということはエドソンさんには何か考えが?」


 フレンズが問いかけてきた。デニーロも縋るような目を私に向けてきていた。だから私は自分の考えを表明する。


「サラマンダー狩りだ。とっとと準備に入るぞ!」

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