第八十六話 鋭いメイド
驚いたことにどうやらメイがここまでやってきたようだ。しかし、一体どうして?
私が疑問に思っているとガイアクが目の色を変え。
「もしかしてそのメイドが噂のメイドか。よし通せ!」
そしてガイアクが鼻息を荒くさせて許可を出すと、執事の男が一旦下がり、そして間もなくしてメイド姿の女性を引き連れて戻ってきた。
しかし、うむ、やはりメイだったな。
「……ご主人さま、来ちゃった」
「き、来ちゃったじゃない! 一体どうして」
「ほぉ! ほぉ~ほっほほぉ、ほ~、これはまた、ほぅ~」
私がメイに理由を問い詰めようとしたら、ガイアクがやってきて値踏みするようにそして舐めるように、メイを中心に回るような動きでジロジロ見始めた。
「あぁ、なんてこった」
少し離れた場所でドイルが頭を抱えていた。メイの姿を見られたから、しまったと思ったのだろう。
「……申し訳ありませんご主人さま。何かご主人様が困っているような気がしたもので。そして私がその問題に関係していて、例えばこの屋敷の主人と成り行きでチェス対決することになったものの、自惚れかも知れませんがその賭けの対象に私が選ばれたのでは? と思い、ご主人様が少しでも安心できればと参上仕った次第です」
お前鋭すぎるな! 自分で作っておいてなんだが予測能力が高すぎるぞ!
「はっはっは、それはそれは。また随分と気がつくメイドではないか」
それはもはや気がつくという話で済むものではないのだがな。
「しかし、なるほど、うむ気に入った。このメイドなら賭けにピッタリではないか」
「勝手に決められても困る。メイは、その、なんだ。私にとって大切なメイドなのだ。チェスの賭けになんて……」
「ご安心くださいご主人様。私はその覚悟で来たのですから、ためらう必要はありません」
「いや、お前が良くても……だいたい負けたら、メイは私の元を離れなければいけないのだぞ?」
「勿論承知です。ですが私は御主人様が負けるとは思っておりません」
メイが堂々と言い放つ。負けると思っていないか……確かに私も元々はそのつもりではあったが。
「少し宜しいですかな?」
するとフレンズが近づいてきて、私とメイにそっと耳打ちするように教えてくれた。
「その、こういっては何ですが、ガイアク卿のチェスの腕は確かなのです。私もそれなりに自信がありましたがチェスでは一度も勝てたこと無く、また他にもいろいろな貴族とプレイしてるそうですが一度も負けたことがないと豪語していた程です」
「左様ですか。しかし問題ありません。私はご主人様と何度かチェスを指しましたが、ご主人様は何度か私と引き分けておりますので」
「引き分けて? はっはそれは面白い」
私たちの話に聞き耳でも立てていたのか、ガイアクが小馬鹿にする用に笑い出した。
「いやはや、確かにそれは大したものではないか。まだまだ子どもだというのに大人のメイドと引き分けるのだから、これは私も油断すると危ないかもしれんな」
どうやら今の話でガイアクの自信は深まったようだ。だが、メイは私が勝てると信じてくれている。
そもそもでいえば、本来この賭けを持ち出そうと思っていたのは私だ。メイを賭けの対象にすると言われて焦りはしたが、冷静に考えれば今更引けるわけもない。
「……わかったうけよう」
「な、ほ、本気なのか?」
何故か、ドイルの奴が焦った。
「勿論本気だ!」
「はっは、いいぞそうこなくてはな。では早速準備を……」
「お待ち下さい。その前に大事なことをお忘れでは?」
張り切り始めたガイアクに釘を差すようにメイが口を開いた。ガイアクはメイを振り返り。
「何だ? 一体何を忘れていると?」
「勿論、ガイアク様が賭けるものです。今の話ではご主人様側からしか提示されておりません」
「……あぁ、そういえばそうであるな」
この男、負けると思っていないからか、自分も賭けるということを考えていなかったな。勿論メイが言わなければ私から指摘するつもりだったが。
「こう言ってはなんですが、私はご主人様に気に入られている自信があり、その期待に恥じないメイドであるとも自負しております。勿論見た目にも下手なメイドよりは上だと思っておりますので」
へ? いや、その、なんだ突然そんな……確かに同意は出来るが、そこまで自意識過剰でもなかったよな?
「はっは、これはまた随分と自信があるようだな。だが、そこがいい! 益々気に入った! いや全く意地でもゲームに勝ってお前を手に入れたくなったぞ」
「それは私めの価値を認めてくれたということですね。それであれば当然ガイアク様側からもそれ相応の物を賭けていただかなければなりませんね」
「……ふむ、なるほどそういうことか」
ガイアクの目つきが変わった。そして私も何故メイがこんなことを言ったのか察した。メイは私の要求が通りやすくなるよう、あえてこんな真似を……やれやれそこまでお膳立てをされたなら私もいよいよ覚悟を決めなければな。
「――わかった。こちらもそれ相応のものを賭けると約束しよう。それで、何か欲しい物があるのか?」
「奴隷だ」
ガイアクの問いに私は即答した。するとガイアクが目を丸くさせ。
「何だそんなものでいいのか、ならば問題は」
「ただし、奴隷は奴隷でも今回のチェスで使われている奴隷全てだ」
「何?」
これには流石のガイアクも目の色を変えた。だが、この要求が通らなければこの勝負を行う意味がない。
「な! 何を馬鹿な! そんな賭けが認められるわけがないだろう! 賭ける物の差が激しすぎる!」
口を挟んできたのはドイルだった。全く何でお前が。
「差があるなんてとんでもない。私はメイにはそれだけの価値があると信じて疑っていない。むしろ賭けの対象がその程度で済むなら安いぐらいだ」
だがここまで来たら私も引けない。だから強気に行かせてもらった。それにこれに関しては私はいけると踏んでいる。何故ならガイアクという男は一度欲しいと思ったものは是が非でも手に入れなければ気がすまない質だと考えたからだ。
だからこそ、この男はフレンズにも新しいチェスを要求し続けた。それが手に入る可能性があるとわかれば、ドイルにだって声を掛けた。
それに私が作成した魔導具もドイルの用意したフザケたチェスも、引き分けという形にして両方手に入れようとした。こいつはそういう男なのだ。
「ガイアク卿、こんな賭け馬鹿げてます。乗る必要はありませんよ賭け自体考え直しましょう!」
しかし、ドイルは何故かそこから賭けを中止させようとし始めた。必死すぎるだろう。
「……わかった。いいだろう受けてやる」
だが、ニヤリと口角を吊り上げ、ガイアクが承諾した。思ったとおりではあるが、この男、余程自信があるんだな。もしくは裏があるかだが、しかしこれで第1段階は成功だ。
後は――
「さて、それなら早速」
「待ってくれ。これでも私は慎重でね。万が一後でなかったことにされても困る。だから書面で賭けの内容について取り交わしたい」
「書面だと? それは私のことが信用できないということか?」
若干不機嫌そうにガイアクが言った。だがこれは絶対に取り交わして貰う必要がある。
「私は慎重だと言っただろう? 別にガイアク卿に限らず、私は誰が相手でも後で揉めないよう書面に残すのがモットーなのだ」
「な、なんて無礼な! やはりこんな賭け……」
「――まぁいいだろう。子どもにしてはしっかりしているようだしな。その紙一枚で信用が得られるなら安いものだ」
「納得してもらえて良かった。見届人はフレンズとドイルということでいいかな?」
「私は構いません。しっかり見届けさせて頂きます」
「ドイルも構わんな?」
「え? は、はい勿論です……」
ガイアクに問われると、ドイルは気のない返事を見せる。渋々という体で納得はしたようだが。
そして私とガイアクはこの賭けについてしっかり内容を明記し書面を取り交わした。
よし、これで後は私が勝利すれば問題ないが――
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