第四十七話 親子の対立

「嫌に決まってるだろそんなもの」

「なんだと!」


 私は即答した。メイクが憤る。


「貴様! そこまでの啖呵を切っておいて、無理とは語るに落ちたな! 結局自信がないということだろう!」

「そんな一方的に決められた条件に乗るわけがないだろうと言っておるのだ」

「確かに、それをそのまま受けてもエドソンさんに何のメリットもないな」


 ガードが苦笑交じりに言う。当然だ。条件なんてものは一方が勝手に決めていいものでもない。


「だが、まぁそうだな。貴様が負けたらこの工房ごと全ての権利を私にゆずるというなら、その挑戦受けてやってもいいぞ」

「な、何? 全ての権利だと? そ、それは……」

「何だ? 随分な啖呵を切っておいていざとなったら怖気づいたのか?」

「なんだと!」

「ふむ、まぁそうだろうな。ここまで言っておいて未熟と思っている息子に負けるなど流石に恥ずかしくて鍛冶師など二度と名乗れんだろう。そのリスクを考えればおとなしく尻尾を巻いておいた方が身のためというもの」

「ふ、ふざけるな! あぁ判った! なら受けてやるよその挑戦を!」

「う~ん、何かいつの間にか主導権がエドソンさんに移っている気がする」

「あの、そもそも俺、やるともなんとも言ってないのですが……」


 クリエが戸惑いつつそんな言葉を口にするが。


「だが、お前とてこのままでは良くないと思っていたのだろう? 何かを変えたいなら、自分から動かなくては話にならん。相手が変わってくれるだろうなどと指を咥えて待っていたところで、何も良くはならないさ」

「こ、こいつ言わせておけば」

 

 メイクが拳を握りしめプルプルと震わせた。ふむ、悔しいと思う気持ちぐらいは残っていたか。


「……判りました! 俺だって一流の鍛冶師を目指しているんだ! 今の親父の作った物ぐらい超えられないと話にならない!」

「うん、良く言ったぞ」

「……はは、息子にそこまで言われるとは……俺も舐められたもんだ。だがな――」


 クリエが乗り気になったところでメイクが奥に引っ込んでいき、一本の剣を持ってまた戻ってきた。


「どうやらお前は俺の腕を鋳物だけ見て判断しているようだが、当然勝負では俺は鍛造で作る。そしてこれは俺が前に作った剣の一振りだ。俺に勝つということはせめてこの程度は超えてもらえないと話しにならないぞ」


 どうやらそこらに転がっている出来損ないよりは自信があるらしい。なので私は鞘から抜いて出来を見てみる。


「ふふ、どうだ。さっき息子が見せた玩具なんかとは輝きが違うだろう?」

「ふむ……ぺろっ」

「――は?」


 私が剣身を舐めてみると、メイクが眉を寄せ、何やってんだこいつ? といった顔を見せたが。


「……駄目だなこれでは」

 

 私は剣を鞘に戻しメイクに返す。戻された彼は目を白黒させた後、戻した剣を上に振り上げながら文句を言った。


「ふざけるな! 舐めただけで何が判るってんだ!」

「馬鹿いうな。舐めたからこそ判ることもある」

「……おい、本当にこいつにものの良し悪しが判るのか? でたらめな判定で負けとか言われたらたまったもんじゃないぞ」


 胡乱な瞳でメイクがガードに訴えるが、ガードは、はは、と苦笑するだけだ。何せガードも私と知り合って間もないからな。どう答えていいか判らないのだろうが。


「不安ならガードにも審査してもらうといい。ついでにそうだなBランクの冒険者も一人連れてこよう。それなら問題ないだろう?」

「ふん、なるほどな。確かに冒険者なら下手なやつより物が判るってものか。それでいつ、何でやる?」

「ならば勝負は一週間後だ。勝負は剣で素材は鉄と魔法銀だ。どうだ?」

「え? ちょ、ちょっとまってくれよ。一週間で俺が親父の剣と競うのか?」

「何だ不満か?」

「いや、不満というか流石に短すぎなような……」

「おい、俺は期間には文句ないが、魔法銀って……どこで仕入れろってんだ」


 ふむ、確かに見たところ魔法銀はないようだな。やれやれこんな粗悪品ばかり作っているから魔法銀でさえ用意できないのだ。


「仕方ない。なら素材は譲ってやる」

「譲る? は、はぁああぁあああぁあ!?」


 私は無限収納リングから魔法銀を1000kgほど出してその場に置いた。やたらと驚かれたがただの魔法銀だぞ?


「これだけあれば十分か?」

「いや、一体どこから……何か頭いたくなりそうだからそれはいい。だが、魔法銀なんてもの一週間でどうにかなるもんかね」


 自分の息子を挑発的に見る。クリエの方は若干不安そうだが。


「クリエ、安心しろ。お前に紹介する鍛冶師は正真正銘の凄腕だ。それにこれだってたかが魔法銀だ。何もハイラルにしろと言ってるわけじゃない」

「……え? はい、らる?」

「なんだそりゃ?」

「は? ハイラルを知らんのか?」

「知らん」

「ダマスカスはどうだ?」

「お子様の空想話ならよそでやってくれ」


 鼻で笑われてしまった。どうなってるんだこの国の技術は……。


「まぁいい。なら一週間後だ。それまでクリエは預かるぞ」

「好きにしろ。だがなクリエ、息子だからと容赦はせんぞ!」


 こうして話がまとまりアダマン鍛冶店を後にした私達だが。


「ですが、本当に一週間で大丈夫なのですか?」

「私の目が曇っていなければな。あぁそれとマジックバッグ用の素材が集まったら鞄部分の作成はよろしく頼みたい」

「はい、それは是非」


 こうして一旦ガードとも別れた形だが。


「あの、ところで俺はどうすれば?」

「そうだな。時間もないし、とりあえず宿に戻るとしよう」

「宿にその職人がいるのですか?」

「そうではないが、宿から行けるのだ」


 首を傾げているがとにかく私はクリエを宿まで連れていき、瞬間移動扉テレポドアでベンツの工房まで連れて行く。






◇◆◇


「う、うわぁああぁあああ、す、凄い! 凄い凄い凄い!」

「……全く、お前はやることなすこといつも唐突だな」 


 瞬間移動扉を見ただけでも腰を抜かしそうな程、驚いていたクリエだが、ベンツの工房についた途端、今度は目をキラキラと輝かせ、はしゃぎだした。


 そして私の目の前には相変わらずの仏頂面でそれでいて呆れ眼のベンツの姿。


「そう言わず頼む。一週間でいいんだ」

「ふざけるな。俺だって暇じゃないんだぞ」

「こ、これがあの伝説のドワーフの工房なんですね! しかも、本物だ! 本物のドワーフが動いている! 鉄を打ってる!」

「……こんな鬱陶しいの、3日でもゴメンだぞ」


 たしかに凄いテンションの上がり方だ。ベンツの工房は常に炉が可動し、ベンツの指揮で多くのドワーフがせっせこ働いている。


 私からすれば見慣れた光景だが、どうやらクリエからしたらよほど珍しいものらしい。


「大体人間なんかに鍛冶が出来るかよ」

「だが、かなり見どころがあると思うのだがな」

「お前は所詮エルフだ。鍛冶のことなんて判らんだろうさ」

「そんなこと言わずに教えてやればいいじゃん。そのかわり、エドソンは私を人間の町に連れて行くってことでいい?」


 ベンツの娘のロールスが顔を近づけてきた。紅玉の瞳で訴えてきてちょっと照れる。全くベンツとは似ても似つかない娘だ。

 

 そして当のベンツは不機嫌そうだ。


「冗談じゃねぇ。人間の町なんて絶対駄目だ」

「え~いいじゃん! これも勉強だって」

「駄目だ」

 

 どうやらロールスは人間の町に興味があるようだな。だがベンツは反対なようだが。


「とにかく、人間のガキの面倒なんざ」

「あの、これ! 凄い作りが繊細ですね。それにここの加工とかまるで宝石みたいで。美しさの中にしっかり込められた職人の熱い魂というのが感じられると言うか、あぁああ! この素晴らしさを言葉にできない自分がもどかしい!」


 物怖じもせず、鼻息荒く工房にあった剣を手にし、その素晴らしさにどれだけ感動したかを伝えるクリエだ。その様子をベンツはしっかり見据えた。少し見る目が変わった気がする。


「……こいつが作ったものはあるのか?」

「あぁ、借りてきてる」


 クリエの作った剣をベンツに見せた。ふん、と鼻を鳴らしマジマジと見るが。


「お、お恥ずかしい。ここにある芸術品の数々に比べたら僕の剣なんて……」

「ふん、俺は遠慮はしないぞ。そのとおりだ。もしこんなものでどうですかなんて得意げに見せてきたら尻を蹴っ飛ばして追い返していたところだ」

「パパってば本当鍛冶のこととなると容赦ないわね」


 ロールスも呆れ顔だ。ドワーフは鍛冶に命を掛けてると言っても過言ではない種族だからな。特にオーバードワーフのベンツはそれが顕著だ。


「で、どうなんだ?」

「……出来は全く話にならないが、ま、情熱だけは感じられるな。ふん、ま、一週間ぐらいなら人の子の一人いたところで大して変わらんか。だが、俺は一々手取り足取りなんざ教えねぇぞ。どうしても知りたきゃ見て盗むなり覚えるなりしろ」

「は、はい! 勿論、これだけの職人の仕事が見れるならそれだけでも十分です! 勉強させていただきます!」

「……判った。だがただで勉強出来るなんて思うなよ。ここにいる以上、お前も職人としてみなす。ペーペーの見習いとしてな!」

「は、はいそれこそ願ったり叶ったりです!」

「ふむ、話はまとまったみたいだな」

「……チッ、何かいいように利用されてるみたいで腹立つがな」


 私がこの流れに満足しうなずくと、ベンツが頭を掻いて悪態をついた。だが、どことなく楽しそうでもある。


「クリエくんだっけ? じゃあ一週間はここで過ごすことになるんだ。宜しくね」

「え? あ、はは、いや、参ったなぁ」


 ロールスに微笑みかけられ、頬を染めて照れるクリエだ。妙にデレッともしてるが、そんなクリエの首をベンツがむんずと掴み。


「おい、言っておくがもし娘に手を出しやがったらこのまま炉に放り込んでドロドロに溶かした後、鉄と混ぜて合金にしてやるからな!」

「し、しませんしません!」

 

 睨みを効かせて釘を差すと、ブンブンと首を振ってクリエが訴える。

 しかしそんな合金はみたくないぞ。


「ふん、判ったらとっとと働きやがれ! 新入りのテメェは工房の掃除からだ! とっととやりやがれ! トロトロやってやがったらその尻蹴っ飛ばすぞ!」

「は、はいいぃいいいいい!」


 早速手厳しいことだな。だが、少しでも認められたなら後は任せて大丈夫だろう。さてさてどこまで化けてくれるものか――

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