第四十四話 審判
sideガード
どうしようもなかった……そもそも私はドイル商会の組合に入ってから、相当な無茶ばかり要求されてきた。店の商品の値段にまで口出してきて、商品の素材は限定され、質が悪くても大量に作れと強制された。
それでも抜けられなかったのはドイル商会が強大な権力を持ち始めたゆえだ。領主にも顔が利くような商会を敵には回したくない。
だが、今回のこれは流石に、こんなものは私に潰れろと言っているようなものだ。しかも自分だけならまだしも妻や娘まで……それはあまりに耐え難いことだ。
「メイル、いるかい?」
私が一人絶望を噛み締めていると、見知った人物の声が届いた。気軽に名前で呼んでくるこいつは、正直、今はあまり聞きたくない声だ……。
「なんだいるなら返事ぐらいしたらいいだろう?」
全く、鍵でも掛けておけばよかった。
「勝手に入ってくるな」
「開いていたから入ったんだよ。大体ここは商会だろ? 客が入って何が悪い」
「目の上のたんこぶなお前など客にした覚えはない」
「随分な言い草だな」
そう言って苦笑する。この男、フレンズの目をまともに見られない私がいた。
この男と私は子どものころからよく知った仲だった。いわゆる幼馴染というやつだ。そしてその中にはもう一人、可愛らしく将来は大変美しくなった少女の姿もあった。私の初恋相手であり、この男の妻でもあった女だ。
昔は、お互いどっちが店を大きく出来るかと語り合っていたものだ。酒場であいつと3人で笑いながら憎まれ口を叩きあっていた頃が一番楽しかったかもな。
「呑むか?」
「馬鹿か、まだ昼間だろう。それにそんな気分じゃない」
「そんな気分じゃないから呑めよ」
奴は持ってきた酒をカップに注ぎだした。蒸留酒か、安いものでもないだろうに。
「……話は聞いたよ。随分と手痛い目にあったみたいだな」
それを聞いて私は察しがついた。一体どこから漏れたのかしらないが、ドイル商会から与えられた仕事に失敗し、大きな借金を背負ってしまったことを聞きつけてきたのだろう。
「はは、全くザマァないよな。お前もいい気味だと思っているんだろう?」
「…………そんなことはないさ」
「ふん、どうだかな。以前、私がお前にドイル商会の誘いがあったと知らせた時、お前はこう言ったな。あそこはたしかに今勢いがあるが、いろいろ良くない噂も聞くから止めておいたほうがいいと。だが、私はその忠告を聞かなかった」
私は寧ろ既にかなり大きくなっていたドイル商会に声をかけられて浮かれていた。巨大な商会と良い関係を築ければ、フレンズ商会など足下に及ばないほど大きく出来ると。
フレンズの奴はドイルの傘下に入る気はないと突っぱねていると聞き、なおのことそう思った。
やっとこいつの上に立てる、そう思っていた。あの子がこいつを選んでからずっとこの男が嫌いだった。
私はその後出会った女と結婚し、今でも妻のことを愛しているが、その気持ちは変わらなかった。だからこそ私は――だが、それが結局裏目に出てしまった。
「……人生には沢山の選択がある。それを一度も間違わない人間なんていない。だけど間違ってもまたやり直せる。お前だってそうだ」
「馬鹿なこと言うな。白金貨2500枚だ。そんなもの逆立ちしたってでてきやしない。俺の人生はもう終わりだ」
「その借金を帳消しにしてくれると言ったらどうする?」
「何?」
耳を疑うような話だった。借金を帳消し、そんな馬鹿なことがありえるかと思ったが。
「実はお前が嵌めようとした魔導ギルドのことはよく知っていてな。細かく言えば魔導ギルドに所属したエドソンという魔道具師と懇意にさせてもらっている」
「エドソン?」
「あぁ、綺麗なメイドと一緒にいる少年がそうだ」
綺麗なメイド。確かにいかにもあのドイルが狙いそうな美しいメイドと随分と偉そうではあったが眉目秀麗な少年がいた。私との会話もあの少年がほぼ対応していたが、エドソンというのが彼か。
「白金貨の件は彼から聞いたということか……」
「そんなところだ。それでなんだが、もしお前がドイル商会のもとを離れてやり直すつもりがあるなら私が口利きしてもいいと思っている。それに彼も装備を扱う商会を探していたようだしな。借金もなくなり仕事にも繋がる。決して悪い話ではないと思うがね」
「なんだそんなことか……」
私は嘆息をついて答えた。確かにその借金のことも忘れていたわけではない。だが、私にとって目下の問題は別にある。
「何か問題があるか?」
「大アリだ。そもそもドイル商会を抜けるのが無理だ。そんな簡単な話ではない……借金にしてもだ。そのエドソンには悪いが、私はもっと大きな借金を抱えてしまったのだ」
「ふむ、その話、もう少し詳しく聞いてもいいか? もしかしたらその件も含めて協力できるかもしれないぞ?」
そういいつ酒をすすめてくる。全く強引なやつだ。それでいておせっかいなやつでもある。思えばこいつは客に対してもそうだったな……客から頼まれれば本来畑違いなことでも他の商会に顔を出して聞いて回るような男だった。
大体こんなこと話してもどうしようもないことだ。何もできるわけがない。だが、それでも私は心のどこかで誰かに話しを聞いてもらいたいと思っていたのかもしれない。
結局私はありのままをこの男に話してしまった――
◇◆◇
sideドイル
「会長、ガード様がお見えになられてます」
「ガードが? 一体何のようだ?」
「はい、何か支払いの件でと……それで、他にも2人、少年とメイド姿の女性がついてきているのですが……」
なんだ? メイドに少年? 何か見たことあるような……いや、待てよ! さてはこの私を怒らせたあのガキとエロいメイドか!
だが、それがどうして? いや、支払いの件と言っていたな。
さてはあいつ、慌てて魔導ギルドに手を回し、上手いこと借金を作らせたといったところか。
だが、なぜあのガキが? アレクトとメイドでいいというのに。
ふん、まぁクソ生意気なガキだがそれさえなければその手の貴族には受けがよさそうな顔だしな。売り飛ばせばそこそこ金にはなるか。
だが、ガードのやつはこれで自分の借金はなしになると考えているかもしれないがそれとこれは別な話だ。例え今上手いことやったとしても私の評価は覆らん。無能などゴミだ。一度でも私の期待を裏切った男は決して許しはしないさ。
通せと私が告げると、間もなくして部屋に3人が通された。
やはり、あのガキとメイドだったか。
「ふん、どうやら上手くやったようだな。なら早速奴隷商会にでもいって首輪をつけさせるとするか。勿論そこのメイドは私の専属メイドとしてなぐふふ」
「は? 何を言ってるんだこの男は。全くアレクトより残念な奴だ」
「な! 貴様! おいガード、貴様はこいつらを事前にしつけることも出来んのか!」
「……何を勘違いされているのか判りませんが、私は支払いを含めた今後のことを話にきたのです」
は? なんだこいつ。何を言っているのだ?
「だから、この2人を私に差し出しに来たのだろう?」
「私達は物ではありません。それに私がお仕えするのはご主人様だけです。薄汚れた畜生の側になど以ての外です」
「こ、この、天下のドイル商会を纏めるこの私に向かって!」
「とにかく。今回の不当な支払いにはとても応じられません。そのうえで、今日限りで私はこの商会から抜けさせていただきます」
私は耳を疑った。うちを抜けるだと?
「は、はは、面白い冗談だな。貴様それはどういうことか判っているのか! ならば今すぐ白金貨、て、おい貴様何を勝手に置いているのだ!」
「これは私が作成した
さ、裁きくん? このガキ、私の机に妙な人形を置きやがった。裁判官みたいな格好をした妙ちくりんな人形だ。
「まさか、こんなものが借金の代わりというのではないだろうな?」
「まぁ間違ってもいないな」
「ふざけるな! おいガード! どこまでも私をコケにしおって! もう許さんぞ! 白金貨2500枚、いますぐ支払えなかったらどうなるか!」
「なぜ支払う必要がある?」
「は?」
『ジャッジ開始いたします』
「だから、なぜこの男が貴様に白金貨2500枚も支払わないといけないのだ?」
な、なんだこのガキ。なぜ突然そんなことを?
「き、貴様には関係ないだろうが!」
「いえ、私も聞きたいですね。正直さっぱり意味がわからないのですよ。なぜ私が白金貨2500枚も支払わなければいけないのか」
「そんなことも判らんのか! 貴様は私の顔に泥を塗った! 与えた仕事も満足にこなさずな! だから貴様は私に白金貨2500枚を支払う必要があるのだ!」
「ですが、その件に関して白金貨2500枚の支払い義務が生じるなど聞いておりませんし、書面の取り交わしも行っておりません」
「馬鹿か! 貴様はこのドイル商会の組合員だ! ならば私がそう決めたらそうなのだ!」
『それは認められません。そのような不当な請求は認められません。故に白金貨2500枚分の債務は無効となります。ジャッジいたします。ドイル商会側の不当請求は棄却されます。今後これに関するあらゆる手段は処罰の対象となります。また不当請求はガード商会側が組合から抜けるに足る事案です。故にガード商会がドイル商会から脱退することを認めます』
「だそうだ。はい、これで終わりと」
「は、はぁああぁあああ? 何だ貴様、何を言っている?」
意味が判らない。この人形も勝手にわけのわからないことを……。
「わからないのか? 今この裁きくんが審判したのだ。その結果、お前の請求は不当とし、支払う義務はないと判断された。同時にそんな悪徳商会から抜けるのも妥当と判断されたのだ」
「ふざけるな! そんなもの認められるか! 貴様、判っているのか私に逆らうということがどういうことか!」
もし今ここで出ていくようなら私はすぐにでもこいつの娘と妻をさらわせ、こいつの商会の権利も奪ってやる!
「そうだ! 貴様から全てを奪うぐらい容易いのだ! 店の権利を奪うことも、娘も妻もな!」
「あぁ、その娘ならとっくに辞表を出させ、出て行かせたぞ。何かあってからでは遅いからな」
「馬鹿な! 何を勝手な真似を! 私の許可も得ず辞めるなど許されるわけがないだろう!」
「だが貴様は、放っておけば娘や妻を奴隷として売るつもりなのだろう?」
「当たり前だ! 借金を支払えないなら当然の権利だ!」
『その請求は認められません。いかなる方法をも借金の請求は認めません』
「裁きくんもこう言っている。審判は下されたのだ素直に認めた方がいいぞ?」
「そんな人形が何だ! ふざけるな! いいか! 何を言われようと借金を支払えないと言うなら!」
『異議申し立ては認められません。最終警告です』
「黙れクソ人形が!」
こんなもの、いますぐ私が破壊してやる! 私はしつけ用の棒を取り出し、あのガキが肩に乗せた人形に振り下ろした。
『天罰を与えます』
「は? ぎゃ、ギャァアアァアアアアアッァア!」
ギャァアァアアァアアァアァアアァア!
「馬鹿な男だ。だから言っただろう? 審判は下されたと」
な、なんだ? 何が起きた? 私の全身に、まるで雷が落ちたような……。
「改めて聞くが、もう借金は無効ということでいいな?」
「ふ、ふざけるな! 絶対にうば、ギャァアアァアアァアアァアア!」
ギャァアアァアアァアァアア!
「さて、もう一度聞くぞ。もう借金はなかったことでいいな?」
「あ、が、ふ、ざ、ギャアアァアアァアアァアアア!」
ギャァアアァアァアアァアギイィイイアアアアァアア!
な、なんだ、なんなのだこれは……一つだけ言えるのは、この男から金をとろうとすると、雷に打たれたような衝撃を食らうということだ。何度でも何度でも何度でも……。
「さて、どうする? まだ借金も脱退も認めないか?」
『天罰を――』
「ひ、認める! 認めるから、もうやめてくれぇえええぇえええぇえ!」
気がついたら私は、床にうずくまり頭を押さえ、ブルブルと震えながら、そんなことを叫んでしまっていた――う、うがあぁあああぁああぁあああぁああ!
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