第十六話 躾け

 朝食を食べてから、エドソンさんとメイさんが宿から外出されました。なので部屋の掃除に入ろうと思ったのだけど……。


「おい、ちょっとこっちへこい」

 

 旦那様に呼ばれました。隣には奥様の姿もあり、妙に含みのある笑みを貼り付かせていた。嫌な予感しかしないけど、呼ばれたなら私は従うほかない。


「お前、あのエドソンってやつの部屋から金目のもの盗ってこい」

「……え? あの、それは?」

「全く鈍い子だねぇあんたは。獣はそんなこともわからないのかい!」

「いいかよく聞けよ? 昨日お前が聞いてきた話からするとあの連中、大分魔導具とやらで荒稼ぎをしている。とんでもないだろ? 俺らなんて一日中宿で働いても稼ぎなんて微々たるもんだ。宿泊料も安い。だ・か・ら、罰当たりな富裕層から奪うんだよ」


 私にはこの2人の言っている意味が理解できない。


「金貨の入った袋でもあればいいけど、なんなら金になりそうな魔導具でもいいのさ。それを部屋に行って盗ってきな」

「で、でも……」

「でもも案山子もねぇんだよ! お前は言われたことだけやってればいいんだ!」

「……な、ないかもしれませんよ。だって、それだけ大事な物なら持って部屋を出た可能性だって」

「そんときは夜だな。お前が夜忍び込んで盗んでこい」


 なんてことを考えるんだろう……宿泊客の物を盗むのは十分な犯罪行為なのに。


「や、やっぱり駄目です。そんな、盗むなんて罪になるし!」

「今更何いってやがる。それなら盗み聞きだって罪だぜ?」


 それについては、実際はやっていない。


「大体、あんたが盗みを罪だなんだと言ってるのが間違いなんだよ。お前みたいな獣臭い奴隷でも奴隷はそれなりに値の張るものさ。なのになんでうちらが大金はたいて買えたと思ってるんだい」

「……え?」

「だから、テメェを買ったときにも俺らには臨時収入があったんだよ。ちょっとした羽振りのいい商人が泊まりに来てくれたからな」


 そこまで聞いて理解した。この夫婦は以前も宿泊客の持ち物を盗んだのだと。そういうことを平気でしてしまう人間なのだと。


「ほら! 判ったらさっさと言って金目のもの盗ってきな!」


 結局、私は言われるがまま、2人の泊まっている部屋に向かった。鍵は宿側が管理しているものさえあれば簡単に開いてしまう。


 中に入り部屋を見る。何もなければいい、とそう思った。エドソンという子どもに、私は助けられてるし……。


 だけど、私は見つけてしまった。金貨の入った革袋がベッドの上に置かれていたのを。それに羊皮紙には、今日、魔導具を売りに行くことまで予定として書かれていた。

 これを盗って渡せば、旦那様も奥様も喜ぶと思う。暫く食事も与えてくれるかも知れない。


 私の手が革袋に伸びた――でも、でも!


「――どうだった?」


 部屋から出た私の前に旦那様がいた。探るような目で私に問いかける。


「……何もありませんでした」


 私は嘘をついた。だって、やっぱりそんなこと無理だった。人様の物に手を出すなんて、私は奴隷だけど盗賊じゃない!


「ふん、そうかよ」

「あ!」


 すると、旦那様が部屋に入り、そして革袋を持って部屋から出てきた。


「おい、これは何だ?」

「……それは、ここのお客様の持ち物です」

「そんなことを聞いてるんじゃねぇ! テメェ、どうして俺に嘘をついた! 奴隷の分際で!」

「く、首輪は反応しませんでした!」

「何?」

「こ、この首輪は主人の命令に背くと反応し激痛を与えます。ですが唯一それが働かない命令があります。罪の強要です!」

「……だから何だ? 奴隷でも罪になることは出来ないと、そういいたいのか?」

「……」


 私は答えなかった。でも、その無言が答えだった。


「ふん、よ~く判った。どうやらテメェにはしつけってもんが必要なようだな。こい!」

「や、やめてください!」

 

 髪の毛を引っ張られながら、私は下まで連れて行かれた。そこには奥様の姿もあり。


「その様子だとやっぱり渋ったんだね」

「あぁ、こいつこんな金貨の入った革袋目にしてながら、何もないって嘘を付きやがった」

「へぇ! 金貨かい! それはいいね!」

「あぁ、しかも紙にはあの魔導具を今日売りに行くともあった。相当な大金を掴んでくるぜあれはよ。へへ、ついでにそれも奪っちまおうぜ。だがそのまえにこの獣をしつけるぜ!」

「全く、やりすぎるんじゃないよ。一応は奴隷も資産なんだからね」

「は、わかってるって。おら来い!」


 私は旦那様に無理やり地下へとつれていかれた。以前もこんなことがあった。そう、あの躾部屋に――






◇◆◇

 

「それでは、これで契約は完了ですね。これからも末永いお付き合いが出来ればと思います」

「あぁ、こちらこそよろしく頼む」


 翌日、私はメイと再びフレンズ商会を訪れた。そして今、異空間収納鞄マジックバッグをフレンズ商会に卸すための契約書を取り交わした。


 もしこれが即日現金払いなら、このような証書を必要としないが、一個あたり金貨500枚となると流石に即日というのも厳しい。なので期日を設けてその日までに支払うという約束の元、私たちは先に商品を手渡す。そのために契約書を取り交わしているわけだ。


「親父、もどったぜ、て! 昨日のガキ!」

「この馬鹿!」

「いってぇええぇええ!」


 フレンズ商会と契約を交わした直後、昨日店番として立っていたあの少年が戻ってきた。

 どうやらお使いに出ていたようだが、帰って私を見て開口一番漏らした言葉に反応した父親に秒で殴られていた。


「エドソン様もメイ様も昨日のお前の無礼な態度を寛容な心でお許し頂き、貴重な魔導具を卸してくださると契約までしてくれたんだ! それを、たく、さっさとこっちに来て謝罪するんだ!」

「な、いた、いてぇって! わ、判ったよ……」


 そして彼は私たちの正面に立ち、頭を下げた。まぁそこまで目くじら立てるようなものでもないし、私はすぐに許してあげた。


「それにしても、こんなとんでもない魔導具が実在するなんてなぁ」

「世の中にはまだまだお前の知らないことがたくさんあるということだ。しっかり勉強しろ」

「わ、わかったよ」


 フレンズの息子がぽりぽりと後頭部をさすりながら罰が悪そうな顔を見せた。まぁ間違いを素直に認める気持ちがあればまだまだ伸びることだろう。


「うん?」


 ふと、私の懐に忍ばせていた魔導具が反応した。失礼、と断りを入れた上で、鑑定眼鏡サーチレンズを掛ける。


 これは他の魔導具と同期リンクさせることが可能なわけだが、今は部屋に放しておいた観察虫とリンクさせてある。一応これは念の為で、部屋に残しておいたあれは囮なわけだが――。


「……ところでエドソン様」

「私に様はいらないよ」

「そうですか。ならばエドソンさん。あの宿ですが変える気はありませんか?」

「うん? なぜだ?」


 眼鏡を通して部屋を確認しながら問い返す。


「実はあの宿、少し前にあそこで宿泊した商人の所持品、主に貨幣や貴金属が盗まれて問題になったことがあるんですよ。しかもその後で奴隷を購入していたりと怪しい点が多くて」

「ふむ、そうだったのか。しかし、もしそうだとして主人らは捕まらなかったのか? 取り調べぐらいは受けたのか?」

「いえ、何せ窃盗はよほどの高額でないかぎり現行犯以外適用されないので盗まれてから訴えてもどうしようもないのですよ」

 

 ……その法律、まだ変わってなかったのか。裕福層、主に貴族以外の被害を全く無視しているこの法は300年前に問題あることを伝えていた筈なんだがな……。


 とは言え、今の話で納得が出来た。眼鏡の中に見えてる光景がそれを物語っているしな。


「さて、話も纏まったしそろそろ失礼したいと思うのだけど、一つ聞きたいことがあるのだがいいだろうか?」

「勿論、私に判ることならば」

「なら教えて欲しい。この街でおすすめの奴隷商はいるかな?」

「え?」


 フレンズが目をまん丸くさせ、その動きが止まった。


「どうかしたかな?」

「あ、いえ。少々意外に思ったものだ。奴隷に興味があったのですね」

「うん、あるというか、必要になるというか、とにかく優秀な奴隷が一人欲しいのだ」


 私がそこまで伝えると、じっと私の顔を眺め、ふっと表情筋がほぐれていった。


「なるほど、何か事情がありそうですね。判りました。ジャニスという奴隷商を訪ねてみてください。奴隷商の中では信頼のおける人物です。一見さんお断りな店なので紹介状を書いておきますね。ただ、値は相当はりますよ」

「あぁ助かるありがとう」

「いえいえ、もし手持ちが足りないようなら今契約した証書を担保にすれば信用買いも可能ですのでどうぞお使い下さい」


 それは助かるな。一応暫く旅が出来るぐらいの路銀はあるが、万が一ということもあるし。


 さて、では紹介してもらった奴隷商の店に向かうとするかな――

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