第十四話 とある商会の親子

 やれやれ思ったより商談が長引いてしまったな。それにしても、あの方も中々無茶な物を注文される。


 ふぅ、どうしたものか。本来なら無茶だと断るべきだが、うちにとっての上客だ無下には出来ない。


 ただでさえここ最近の魔物素材の高騰もあって、魔導具の価格が上がり売上が落ち込み始めている。ここで大口の客を失うのはあまりに痛い。


 とにかく店に戻ろう。私は教会の大時計を確認するが予定より大分遅くなってしまった。

 ここ最近は店にも余裕があった。だからこそ16歳になった息子に初めて店番を任せた。まだまだ未熟な奴だが、今後のためにもな。何事も勉強だ。


「おう、今戻ったぞ」

「親父、商談はどうだったんだ?」

「……あぁ、着火筒と湯沸かし石が20ずつだ」

「おお、すげーじゃん」


 何が凄いもんかこの馬鹿息子。いつもなら30ずつ頼まれるところが減っているだろうが。

 全く、自由に火が付けられる着火筒も湯沸かし石も使い捨ての魔導具だ。俺たちのような店にとってはこういった使い捨ての魔導具は定期的に買ってもらえるのでありがたい。


 ただ、長く使えるような魔導具は価格がそれなりに張るのが多いので、これはこれで買ってもらえるのはありがたいが、素材の高騰で値の張るものはより売りづらくなり、だからこそ細かい品の安定した売上に期待することになる。


 ここ最近はこれといった魔導具がないのも原因ではあるのだけどな……魔導具の登録を冒険者ギルドが引き受け管理も行うようになった。多くの魔導具師が冒険者ギルドに移籍した。


 その結果、作成される魔導具は冒険者ギルドにとって役に立つかどうかが重視されるようになってしまった。戦闘用魔導具が多くなり、人々の生活に役立つような魔導具はあまり卸されなくなった。


 しかも噂によると冒険者ギルド管理になってから魔導具作成までの納期も短くなる一方でその為、一つ一つに掛けられる時間もなくなり、結果的に質が劣化してしまっている。


 全く困ったものだ……こんな時だからこそ、私はあの時に店にやってきたメイド姿の女性の事を思い出す。


 それは別にメイドに惹かれたや、そのメイドといい感じになったなどの色っぽい話ではない。いや確かに眼を見張るほどの美人な上スタイルもグンバツであったが、そうではなく、驚いたのは彼女が持参した魔導具にあった。


 それはいわゆる魔法の鞄と呼ばれるたぐいの魔導具なのだが、その出来が素晴らしい、いやそんな言葉ではいい表せないまるでダンジョンに眠るアーティファクトの如き性能を有していた鞄だったのだ。

 

 そして私はあの鞄のおかげで商人としての人生を続けることが出来た。命を救われたに等しい。


 だが、あの時以来、かのメイドは店に姿を見せることが無かった。それが非常に悔やまれる。こんなことなら所在地ぐらいはしっかり聞いておくべきだった。


 今更言ったところで遅いとは思うが、あのクラスの魔導具が手に入れば、この苦境も乗り越えられるかも知れないし、それだけの腕があればもしかしたら……。


「親父、どうしたんだぼ~っとして。ついにボケたか?」

「ざけんな! お前よりまだまだ頭はしっかりしてるぜ、たく」


 奥に入り、上着を脱ぎながら俺はバカ息子に今日の様子を聞いた。


「それで、何か変わったことはあったか?」

「別に変わりはないぜ。ついでに客もいないぜ」


 たく、一言多いんだよ。しかし、客がいないか。最近は俺もお得意さん回りが多くなっている。店に顔を出す客も随分と減ってしまった。


 既存の顧客だけでもなんとか凌いでいるが、そろそろ新規のお客を惹きつける何かが欲しいところだろう。目玉商品の一つでもあればいいんだがな……。


「あぁ、そういえば妙な冷やかしならいたな」

「冷やかし? 何か見ていったのか?」


 息子はまだまだ未熟だからな。来た相手が本当に冷やかしなのか、購入を悩んでいるのか、他の店と比べて回っているのかなどの機微を理解できてない可能性が高い。


「いや、買いに来たんじゃなくて魔導具を買い取って欲しいとかいい出したんだよ」

 

 魔導具の買い取り? それは妙だな。ここ最近は魔導具の卸は冒険者ギルドが取りまとめてしまっている。つまり俺たち商人は冒険者ギルドを通して魔導具師の作成した魔導具を購入しているわけだ。


 だから個別に魔導具を売りに来るというのは基本的にない。勿論、経営状況が芳しくない商会などが少しでも現金を作るためにやってくることもなくはないが……。


「それで、どんな魔導具だ?」

「いやそれがよ親父。そいつが傑作で、どうやら俺を担ごうと思ったらしいんだよ」

「担ぐだって?」

「あぁ。何せそいつ、何か妙なガキを連れたメイド姿の女だったんだけどよ」


 メイド姿の、女? 俺は妙に心がざわつく感覚を覚えた。


「その女、見た目はかなりの美人で胸も大きくてさ、俺も目を奪われそうになったんだけどよ。だけど話を聞いてピンっと来たね。こいつは詐欺師だってよ!」

「……そのメイドは一体何の魔導具を売りに来たんだ?」

「それがさ、聞いてくれよ。なんと1000kgもの荷物が入る魔法の鞄だっていうのさ。全くアホか! て思ったね。一体どこの世界にそんなとんでもない魔導具が作れる奴がいるってんだ。ご丁重に魔導具の登録所まで偽造してよ。でも安心しろ親父、俺はそんな手には引っかからなかったぜ!」


 話を聞いて、俺の脳裏にあの時のメイドの姿が自然と浮かび上がった。俺の全身が震える。そして、俺は後悔した。よりにもよってそんな大事な相手に、こいつは、このバカ息子は!


「なんだよ親父、そんな震えるほど感動してるのかよ?」

「逆だこの馬鹿! 俺はテメェのバカさ加減にほとほと呆れ果ててんだよ! くそ! なんてこったこん畜生が!」

「痛ッテェエエェエエエェエエ!」


 俺はバカ息子の頭に思いっきり拳骨を振り下ろした。バカ息子が頭を押さえ涙を滲ませる。


 それにしてもこの顔、俺の言ってることなんざ何一つ理解してないって顔だ。


「な、なにすんだよ糞親父! こっちが折角詐欺師から店を守ってやったってのに!」

「だからそれが間違いなんだよ馬鹿野郎! クッ、いや、俺も悪いか。はぁ、俺もまさかまたやってくるとは思わねぇもんな……」


 何か急に力が抜けて俺は近くの丸イスを引っ張ってきて腰を落とした。全く、よりによってこんな時によぉ。


「やってくるって……ま、まさかあのメイド、親父の知り合いだったのかよ? あんな胡散臭い鞄もってきたのが?」

「馬鹿言うな。それは胡散臭くもなんともねぇ。大体魔導具の登録書も持ってたんだろうが」

「そうだけど、10年前に登録したとか、いかにも胡散臭いだろ?」

「……それを聞いてますます確信したよ。その10年前だからな、彼女がそれと同じ魔導具を持ち込んできたのは」


 あの時はまだ魔導具の登録を魔導ギルドが行っていたっけな。管理もしっかりしていたし、生活用魔導具も必要とあればすぐに取り掛かってくれたっけか。今よりずっと融通がきいたんだよな……。


「……え? ま、マジなのか?」


 俺の話を聞いて息子が目を丸くさせた。信じられないといったところか。


「本当のことだ。当時はその性能が多くの貴族が目の色変えて飛びついたもんだ。そしてそれからあの性能を超える魔法の鞄はどこにも出回っていない。それぐらいの代物だってのにこの馬鹿が……」


 俺はあの時の琴を思い出す。もしあの魔導具が手に入れば、まさに客を呼び込める目玉商人になったろうに……。


「そう、だったのか。なら伝言はちゃんと伝えたほうがいいのか?」

「伝言?」

「あぁ、なんでも暫く太陽の小町亭にいるから親父が戻ったら伝えてくれって、お、おい親父!」


 俺はいても立っても居られなくなり、丸椅子を蹴飛ばし、今脱いだ上着をひったくるように掴み、店を出る準備をした。


「親父、店はどうすんだよ?」

「お前が見とけ! 今度はヘマすんなよ!」


 バカ息子にそう言い残し、俺は店を出て大急ぎで太陽の小町亭に向かった。


 興奮を抑えきれない! この状況を打破するにはあの鞄が必須だ! なんとしてでもうちに卸してもらわないと!

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