第Ⅳ章 賊たちの宴(3)

 一方その頃、酒宴の料理を準備した後、いつものカンフー服から地味なベージュのドレスに着替え、それらしい麦わら帽子もかぶって花売りに変装した露華は、港界隈にあるトリニティーガー島随一の繁華街へやって来ていた。


「――お花いらないカ~? キレイなお花だヨ~」


 もとより海賊が根城とする島の盛り場。艶めかしく化粧した女達がもてなす、いかにもいかがわしい酒屋ばかりが両側に立ち並び、存分に酔っぱらった男達ばかりが行き交う道のど真ん中で、露華は花籠を片手に一生懸命声をかける。


「お花いらないカ~? お兄さん、イイお花アルヨ~」


 しかし、カタコトのその売り口上は本人の意思に反し、彼女もいかがわしい商売の客引きをしてるかのように聞こえてしまう。


 それに、貧しい花売りのようなその地味な格好に反して、いつもの彼女以上に派手な部分が一ヶ所だけある。


「お花いらないカ~? お花…ふぅ……またズリ落ちた。胸大きいのは意外と大変ネ」


 自重でドレスの襟元ごと下がった胸を、露華は面倒臭そうにまたズリズリと戻す……


 そう。今日の露華の胸は、その童顔とは不釣り合いにド派手なほど巨乳なのだ。


 無論、それは天然ものではない。マルクが貸し与えた例の悪魔の力を宿す〝乳バンド〟の効果である。


「お花~。お花いらないカ~? キレイなお花ダヨ~」


「よーし。その花、俺達が全部買ってやるぜ」


 そうしてロリなんだか色っぽいんだか、花売りだか客引きなんだか、よくわからないようなことをしばらくしていると、不意に三人の男達が声をかけてきた。


「あ! ありがとうネ!」


 その声に振り返って見ると、一人はノッポ、一人はマッチョ、一人はくたびれたボイナ(※ベレー帽)をかぶった小太りの、薄汚い恰好をした船乗り風の男達である。


 さらに共通点としては全員下品な顔立ちをしいるということだ。


「へへへ、お嬢ちゃん、どこの国の生まれだい? こんな夜までご苦労なこったねえ」


 三人の内の帽子をかぶった小太りが下卑た笑みを浮かべながら、値踏みをするかのように露華の豊満な〝疑似〟バストを見つめ、そんな労いの言葉をかけてくる。


「え、エエ、そうなんダヨ。病気のお母さんとチッチャな弟達のタメ、ワタシが働かないとイケナイんダヨ」


「おお、そうかいそうかい。そいつは大変だな。でも、お嬢ちゃんみたいな子がこんな所に夜遅くまでいると危ないぜ?」


 そのいかにも下心ありそうな小太り男の言葉に、露華がかねてからの設定通りに嘘のシチュエーションを答えると、今度はノッポがそう言って馴れ馴れしく彼女の肩に腕を回してくる。


「ここら辺はケダモノみたいな野郎どもばかりだからな。そうだ! 俺達、泣く子も黙るダック・ファミリーが家まで送ってやるよ」


 続いて、マッチョもそんな自分達のこと棚に上げた発言をすると、ありがた迷惑な申し出までしながら、ノッポとは反対の左側に立って、同じく露華の脇を固めるように肩へ腕を回す。


「あ、で、デモ、ワタシ、お花売らナイと……」


「だから、俺達が全部買ってやるって言ってんだろ? 今日の商売はもうしめえだ」


 明らかに危険な香りのするその申し出に、仕事を理由にやんわりと断りを入れようとする露華だったが、ノッポは改めてそう言うと、さらに逃げられないよう肩に回した腕に力を込める。


「そ、それじゃ全部で45メルクリン。ロワール銀貨ならおまけして一枚デモ…」


「おっと、その前に全部買ってやる代わりといっちゃあなんだが、ちょっくら俺達にもサービスしてもらおうかなあ」


「さ、サービス? サービスって何カ?」


「なあに。少しばかり俺達をイイ気持ちにしてもらえばいいだけのことさ。ささ、通行の邪魔にならねえよう、そこの路地裏にでも……」


 左右から抑えられ、顔に恐れの色を浮かべて花代を告げる露華に、ついに本性を現し始めた男達はそれでもまだ歪曲的な表現で要求を述べながら、背中を押す小太りに任せて彼女を近くの暗がりへと連れ込もうとする。


「え、ちょ、チョット、何ヲするつもりカ? は、放すネ!」


「へへへ、もちろんイイコトするに決まってんだろ? オラ! こっちへ来いってんだよう!」


 そして、そのまま嫌がる露華を押し込むようにして、真っ暗で人気のない路地裏へと強引に引きづり込む三人……


 直後、衣を切り裂く乙女の悲鳴が盛り場の片隅に響き渡る……


 ……かに思われたのであるが。


 ドガっ! バギっ! ドフっ…!


「ぎゃ、ギャァァァ~っ! た、助けてくえええ~っ!」


 聞こえて来たのは乙女ではなく、耳障りな薄汚い野郎どもの悲鳴と、締まりのない人の肉が殴打される音だった――。




「――す、スビバゼンデシタ。ど、どうか命だけはあ……」


 30秒ほど後、ボコボコにのされてアザだらけの面貌になった三人組は、腰に手を当てて仁王立ちする巨乳ロリ花売りの足下で、涙目になりながら土下座をしていた。


「お頭の貸してくれたコレ、確かに効果抜群ネ。おかげでイイカモが釣れたヨ……オマエ達、さっきナントカ言ってたけど海賊カ? 名前はなんて言うネ?」


 数瞬で見るも無残な姿になった三人を見下ろし、露華は〝シトリ〟を宿した偽の巨乳をゆさゆさと揺らしながら上から目線に尋ねる。


「へ、ヘエ。俺達はダッグ・ファミリーていうケチなギャングでして、普段は盗人や恐喝、たまに雇われて海賊なんかもやっておりやす。俺がリーダーのヒューゴーで、そっちのマッチョなのがテリー・キャット、小太りなのはリューフェスっていいやす、へい……」


「ハハァーっ!」×2


 童顔ながらも静かな殺意を込めて見下ろすその少女の鋭い視線に、ノッポが恐れ慄きながら自分と仲間のことを紹介すると、他の二人も畏まって、その額をジメジメとした路地裏の地面へと擦りつけた。


「ナンダ、タダのチンピラカ? ホントにケチな野郎どもネ……デモ、マ、問題ナイカ。ウチの船長がオマエ達に頼みたい仕事アル言ってるネ。ワタシを襲おうとした罰として、許してヤル代わりにその仕事するネ。どうダ? 受けるカ?」


 三人の自己紹介を聞き、予想はしていたが、どうやら予想以上に小者だったらしい彼らに残念そうな顔を浮かべつつも、露華はさっそく本題を切り出す。


「せ、船長? あ、あのう、あなたさまはいったいどちらの海賊団の…」


 少々おかしなイントネーションの言葉使いもあり、そのいかにも怪しげな仕事依頼におそるおそる顔を上げると、当然思うであろうその疑問を口にする小太りのリューフェスだったが…。


 ブンっ…ボコン…!


 それをすべて言い終わるよりも早く、すぐ横に立つ酒屋の壁に、露華が高速で繰り出した拳が軽々とめり込む。


「〝イエス〟カ〝ハイ〟カ、どちらかで答えるネ。さあ、コノ仕事受けるカ? それともヤッパリ受けるカ?」


「……は、はい……お、お受けさせていただきます……」


 何気なく漆喰の壁を貫く破壊力抜群な乙女の鉄拳に、「選択肢、一つしかないじゃん!」などとツッコミを入れることもできず、三人は即決で色よい返事をどこの誰ともわからない東方人の少女に返す。


ハオ。イイ返事ネ。マ、オマエ達にとってもオイシイ仕事だから安心するネ」


 予定通り、逆ナンで捕まえたカモ達の怯えきった哀れな姿を見つめ、花売りの恰好をしたその無慈悲な悪鬼は、ニコリと薄ら寒い微笑みを異国情緒漂う東方系の顔に浮かべた――。


※挿絵

陳露華

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16818023212246969064

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