第Ⅰ章 それぞれの船出

第Ⅰ章 それぞれの船出(1)

 帝国本国・エルドラニア王国の最大の港町ガウディール……。


「――クソっ! 誰だ? こんなに重てえ酒樽買い込んだ野郎はよお!」


 この西の大海に面した港町で、ガラガラと木製の車輪を石畳に弾ませ、山盛りの積荷を載せた荷車が波止場への道を爆走していた。


 到底、そのような速さでは走れそうもない過積載の重たい荷車を、一人の男が悪態を吐きながら前方で曳っぱり、もう一人の男と少年が後に回って必死に押している。


「おい! もっと気合入れて押せ! このままじゃ捕まるぞ!」


 前方で荷車を曳く白の編み上げシュミーズ(※シャツ)に黒のオー・ド・ショース(※膨らんだ短パン)、青い腰布と青いバンダナを巻いた船乗り風の男は、人相の悪い顔だけを後に振り向けて檄を飛ばす。


「言われなくてもやってますよ…ハァ……ハァ……でも、こんなに重くちゃこれが限界です」


 そのどこか偉そうな言い様に、後で押す少年が息を切らしながら不服そうに答える。こちらはバンダナをしてはいないが、カーキのシュミーズに茶のジャーキン(※革ベスト)とオー・ド・ショースを身に着けた、やはり船乗り風の賢そうな男の子である。


 彼らがそうして急ぐのも無理はない。その背後からは剣や槍を持った数名の兵士達が、血相を変えて追い駆けて来ているのだ。


「こうなれば天に運を任せるしかあるまい……しかし、なぜ我々の正体がやつらにバレた?」


 そんな切迫した状況の中、今度は少年のとなりで車を押す浅黒い肌をした男が、凛々しい眉を「ハ」の字にして、どこか場違いに怪訝そうな顔で小首を傾げる。


「てめえが〝んなもん〟着てるからだよっ! この騎士道バカが!」


 すると、前方の男がまた顔だけで後を振り向き、すかさずそんなツッコミを怒鳴るように入れた。


 見れば、後方で首を傾げるその男は、がっしりとした大柄の体躯に眩いばかりに光る銀色の甲冑を身に着けているではないか! 


 銃弾を防ぐために厚い鉄板で胴体部だけを覆う今風のキュイラッサー・アーマーではあるが、そこに籠手と膝当てもわざわざ追加装備して中世風の鎧に見立て、兜も昨今流行りの帽子のようなモリオンではなく、顔を覆うバイザーの付いた古風な騎兵用のクロウズ・ヘルムである。


 また、腰に長剣とダガーを帯びているのはもちろんのこと、さらには騎士を象徴する逆三角形状の盾――カイト・シールドまでをも左肩にぶら下げており、この物々しい恰好ならば、役人に目を付けられるのも無理はなかろう。


「なぬ! それがしが騎士道バカと? ……そ、そんなに誉めないでくだされ~」


 思いっきり嫌味として言ったつもりの青バンダナの男――リュカ・ド・サンマルジュであるが、甲冑を着たその古式ゆかしい騎士カバイェロの青年――ドン・キホルテス・デ・ラマーニャは、怒るどころか、なぜか照れてニヤけている。


「誉めてねえよっ!」


 と、呆れ返ってさらにツッコみを入れるリュカ。


 すると、もう一人の後で荷車を押す少年――ドン・キホルテスの従者であるサウロ・ポンサが……


「リュカさん、旦那さまをバカ呼ばわりしないでください! まあ、確かに僕もバカだとは思いますけど……」


 と、バカにされた主人の名誉を守ろうとリュカの暴言に抗議した……いや、けっきょく彼もバカ呼ばわりしてしまっているのであるが……。


 そう……この古きよき騎士道文化を愛するドン・キホルテスの趣味のために、三人は今、武装した兵士達に追われて荷車とともに全力疾走しているのである。


 それは、5分ほど前のこと――。


※挿絵↓


https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668997636627


https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330669032014730


https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330669288790425



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