第309話 海中で声が出せる場所

「こっちだよー!」


 幼女マーメイドのネレーアの案内で、再び海の中へ。

 俺とクレアはマジックアイテムの効果で姿が消えており、カティもラウラで俺たちの位置を把握しているらしいのだが、何故かネレーアは俺たちの姿が見えているそうだ。

 マーメイドは地上に出ると弱体化する分、水中だと強化されるのだろうか。

 それに、カティは水中呼吸の魔法を使っているから、水中で喋れるのも何となく分かるが、ネレーアが水中で声を出せるのは、一体どういう仕組みなのだろう。


『生命の神秘じゃないですかね?』

(つまり、考えたら負けって事か)

『身も蓋も無いですが、そういう事ですね。神のみぞ知るという奴ですよ』


 水中でアオイと雑談しながら、クレアとラウラを連れ、カティと共にネレーアへついて行くと、


「ほら、居たよー。あのリヴァイアサン・フィッシュが、この辺りの海では一番大きなお魚だよー」


 物凄く大きな魚が居た。

 俺たちなんて軽く丸呑みに出来る……というか、そこそこ大きな船でさえ、飲み込まれるだろうというレベルの大きさだ。

 海は広いとはよく言うが、こんなにも大きな魚が居るとは知らなかった。


(……って、こんなのどうやって倒すんだよっ! 流石に無理だろ!)

『ですねぇ。地上ならまだしも、海中では魔法も使えませんし、撤退をオススメします』


 だよなぁ。

 仮に倒したとして、こんな魚を持って帰る事なんて出来ないし、ドワーフ王国にも入らないっての。

 チラッとカティに目をやると、お手上げといった様子で、肩をすくめている。

 一先ずジェスチャーで撤退を伝えようとしたのだが、


「じゃあ、倒しちゃうねー! ワールプール!」


 突然ネレーアが何かの魔法を使う。

 何だ!? 水が……吸い込まれる!?


『ヘンリーさん! これ……マズいです! 魔力の流れからすると、巨大な渦巻を作る魔法だと思いますっ!』

(巨大な渦巻……って、この場所で!? いやいやいや、ダメだろ! 俺たちまで吸い込まれるだろっ!)


 事前に身体強化魔法を掛けてあるので、海底に向かって拳を振り下ろし、大きな穴を開けるとその中へクレアを入れる。

 一方でカティは、何かの魔法をつかったのか、立方体みたいな箱の中に居るので大丈夫そうだ。

 穴を更に深くし、クレアが掴まれるような場所を作った所で、


『ヘンリーさん! ラウラちゃんが!』


 脚からラウラの感触が消えている!?

 マズい! あんな渦の中に吸い込まれたら大変な事になるし、クレアから離れると、呼吸も出来なくなってしまう!

 くっ……そぉぉぉっ!

 クレアを引っ掛かりに掴まれるようにした後、自ら穴を出て、吸い込まれるままに渦の中心へ。


『ヘンリーさん! あそこです!』


 アオイの示す方向に、目を閉じたままのラウラを見つけ、気合で泳いで行き……届いた!

 しっかりとラウラの身体を抱き締めるが、既に渦の中に居て、泳いで抜け出す事は不可能だ。

 しかも、クレアから離れているからか、マジックアイテムから空気の提供が止まってしまった。

 一刻も早くテレポートで空気のある場所へ行かなければ、俺もクレアも窒息死してしまう。

 見れば、ラウラがかなり苦しそうだ。

 言葉を発する事が出来れば、テレポートで二人とも助かる。

 だが、空気のある場所でしか、言葉は発せない。

 既にマジックアイテムから空気が出ていない以上、今空気がある場所は……あった。

 一箇所だけあるが、しかしここは……


『ヘンリーさん! 迷っている暇はありませんよ! 死んでしまったら、流石の私でもどうする事も出来ませんっ!』

(やるしか無いか……)


 覚悟を決め、改めてラウラを抱き締める。

 そして、咥えていたマジックアイテムを口から外すと、空気のある場所へ――ラウラの口の中へ俺の口を捻じ込み、


「テレポート!」


 瞬間移動の魔法を発動させた。


「……え!? お兄さん、いつ戻って来たんですか……って、その女の子は妹とかじゃなくて、恋人だったんですね」


 先程のちっぱいマーメイドが目を丸くしているが、それ以上に、


「……兄たん。今の……いいよ。もっとして」

「違うっ! さっきのは非常事態だったからだ! 空気がある場所が……声を出せる場所が、ラウラの口の中しか無かったからなんだっ!」

「……意味がよく分からない。でも、兄たんがラウラちゃんにキスしたのは事実。さあ、もう一回」


 ぐったりと横たわる俺の顔の上で、目をキラキラと輝かせるラウラが、物凄く喜んでいる。

 だから、さっきのは非常事態だったからなんだっ!

 ……って、キスしてくるなっ! 舌を入れてくるなぁぁぁっ!

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