挿話1 宮廷魔術師クレア=リルバーン

 いつもの様に、時空魔法を完璧に使いこなしたヘンリー様がお屋敷に帰って来た。

 よくよく考えると、複数の人間という大きな質量があるにも関わらず、時空を移動させるという、とんでもない魔法を使っているのだから、大量の魔力を消費しているはず。

 それなのに、ヘンリー様は周囲に魔力波を殆ど出していない……うん。やっぱり、この人は魔法の天才だわ!

 それだけでも凄いのに、あの魔法学校での魔族との戦い……これだけ魔法を使えるというのに、その上剣まで使えるなんて。

 最初は命の恩人だし、家訓だから……なんて思っていたけど、今は違う。

 はっきりと、私が一生を捧げるに相応しい御方だと思っている。

 それなのに、


「ジェーン! ついにドワーフの国が見つかったぞ! 明日から、ヴァロン王国へ遠征だっ!」


 ヘンリー様は私ではなく、ジェーンさんによく話しかける。

 やっぱり、あの胸なの!? 胸が大きいから、ヘンリー様から声を掛けて貰えるの!?

 ……ダメよ、クレア。それはただの嫉妬。

 ジェーンさんはヘンリー様と一緒に魔族と戦っていたし、このお屋敷に居る中では一番ヘンリー様と付き合いが長いはず。

 胸の大きさではなくて、信頼。そう、信頼関係なのよ。

 だから、まだまだ私にも挽回するチャンスはあるはずなんだからっ!


「メリッサ。急で悪いんだが、明日から数日間遠征に出るから、数人分の食料を用意しておいてくれないか?」


 メリッサちゃんが声を掛けられているけど、彼女は仕方ないわよね。

 何と言っても、皆の食事を担当している訳だし。

 そ、それに、メリッサちゃんは胸が小さいし、完全にお仕事の指示だもんね。


「貴方。遠征は構わないのだけど、どうして食料が要るの? テレポートで帰って来れば良いんじゃないの?」


 出た……アタランテさんだ。

 過去に何があったかは知らないけれど、彼女は時々ヘンリー様の妻みたいに振る舞う事がある。

 胸の大きさは私と同じくらいなのに、あれだけ攻められる図々しさが私も欲しい。

 父上に教えられた、女性は三歩下がって男性の後を……こんな教えに従うんじゃなかったぁぁぁっ!

 今からでも、ガンガン前に出るべきかしら。

 でも、今まで目立って居なかった私が、突然ぐぃぐぃ攻めだしたら、ヘンリー様が引いてしまわないかが心配だわ。


「あぁ、明日からの遠征は、以前に俺が助けた王宮の騎士たちが同行するんだ。瞬間移動が使える事は秘密にしているし、ヴァロン王国には馬で移動する事になる。それに、どのみちテレポートは俺が行った事があったり、見えている場所とかにしか行けないしな」

「う……馬で移動かぁ。それなら私は参加出来ないかもね」

「どうして……あ! そういや、前にアタランテが馬に乗って大変な事になったっけ」

「えぇ。ぐったり倒れている私に、貴方は色んな事をしたわよねー」

「そ、そうだっけ? はは、ははは……」


 むー……何? 何なの!? 色んな事って、何があったの!?

 けど、これはチャンスよ! アタランテさんは馬が苦手らしく、遠征には参加しない。

 しかも、私の元同僚が同行するなんて、自分から遠征について行くって言う絶好の口実よっ!

 この遠征に参加したら、数日間ヘンリー様と付きっきり!

 行こう! 行くしかないわっ!


「あの、ヘンリー様。今、聞こえて来た遠征ですが、私も参加させていただけないでしょうか」

「クレアが? でも、マジックアイテムの取引の事もあるしな……」

「それならお父様とイロナさんがいらっしゃるから大丈夫ですよ」

「そうか? ……あ、そうだ。ドロシーとプリシラって知ってる? その二人が同行するんだけど」

「なっ……ドロシーとプリシラですかっ!?」


 まさか、よりにもよって、この二人が同行するのっ!?

 どっちも巨乳で可愛い女の子じゃないの! しかも、プリシラなんて同期だし。

 どうしてこの二人が同行する事になったんだろ。ヘンリー様が見た目で選んだ可能性が一番しっくりくるけど、二人もヘンリー様を狙っていて、立候補したとかだったら……ううん。負けない! 私は胸の大きな女性に負けたりしないんだからっ!


「……い。おーい、クレアー。大丈夫かー?」

「あ……すみません。ドロシーは頑丈さが取り柄の前衛で、プリシラは一通り何でも出来るオールラウンダーですね。どちらも元同僚なので、良く存じております」

「そっか。じゃあ、クレアにも来て貰おうか。向こうも知っている人が居る方が良いだろうしね」


 やったー! ヘンリー様と遠征だーっ!

 ふっふっふ。この遠征を機に、絶対ヘンリー様とお近づきになるんだからっ!

 あのチビッ子幼女エルフや、貴族の貧乳少女、ヘンリー様の事をハー君だなんて馴れ馴れしく呼んで、すぐに抱きつく少女もヘンリー様を狙っているに違いないわ。

 それに、最近はあのエロダークエルフが毎日パンケーキを食べながら、ヘンリー様とお喋りしているけど、どれもこれも今日までよっ!

 明日からは、私のターンなんだからっ!

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