第211話 ダークエルフのイロナ

「じゃあ、ナタリー。入ってくれ」


 ナタリーを招きながら、門から中庭へ入ろうとして……あれ? 門が開かないぞ?


「おかしいな。どうして鍵が掛かって居るんだ?」

「……ここは領主の館ですよ? 鍵が掛かっているのが普通だと思うのですが」

「そ、そうだな。誰か気付いて開けてくれると良いんだが」

「あの、これ不法侵入しようとしている所ですよね? 私、帰ります! 領主の館へ不法に侵入だなんて、良くてギルドをクビになり、最悪打ち首じゃないですかっ!」

「ちょっと待ってくれナタリー。いや、本当にここは俺の屋敷で、俺は領主なんだってば」

「さ、触らないでくださいっ! そうやって私の手を取り、共犯にする気なんだ! 誰か、助けてーっ!」


 逃げ出そうとしたナタリーの手を取ったら、凄い大声で騒ぎだした。

 一先ず、これでワンダあたりが気付いてくれれば良いのだが。


「ん……あれー? ヘンリーとー、ジェーンにー、ユーリヤちゃん。あと……ウサミミー? こんな所で何してるのー?」

「イロナ! 丁度良い所に! ちょっとこの門を開けてくれないか?」

「ん、良いよー。あ、そうだー! ヘンリー、ついでにこっちへ来てよー。この土地にどんな植物が合うか調べててー、早くも綺麗に咲いた花があるんだよー」


 イロナが門を開けてくれたものの、すぐさま俺の腕に抱きついてきた。

 しかし俺は、ワンダを探さなければ……だけど、腕に大きな胸が押し付けられる。


「仕方ないな。来客中だから、少しだけだぞ」

「うん。こっち、こっちー」


 おっぱいの柔らかさには勝てなかったよ。

 中庭の一角、イロナの研究用花壇の前に行くと、どこかで見た事のある赤い花と、それに似た緑色の花が咲いていた。


「いくつか種を植えているんだけどー、一先ずこの二種類がスクスクと育ったんだー。上手くいけば、この村の特産品に出来るかもー」

「へぇー。という事は、ただ綺麗な花じゃないって事だよな?」

「もちろん! こっちの緑色の花はエメラルドオーキッドって言って、そっちの赤い花はクリムゾンオーキッドって言うんだけどー、どっちも……」

「ストーップ! 急用を思い出したっ! イロナ、すまない。後で必ず見に来るから、少しだけ待っていてくれ」

「えぇー! ……うーん、まぁ来客だって言っているしー、仕方ないかー。でも、後で必ず来てよねー」


 口を尖らせるイロナに謝り、ナタリーの手を引いて早々に屋敷へと移動する。

 どこかで見た事がある花だと思ったら、よりにもよって、あの花粉に幻覚作用のあるクリムゾンオーキッドかよ!

 ナタリーの前で幻覚をくらって、あの大きな胸に顔でも埋めようものなら……やばい。絶対に冒険者ギルドと戦争になる。

 領主としてあるまじき行為は絶対に避けなければ。


『ヘンリーさん。それは、ツッコミ待ちですか?』

(ん? どういう意味だ?)

『領主としてあるまじき行為……もう数え切れないくらいに、やらかしていると思うんですが』

(大丈夫。まだギリギリセーフ! ……だと思う)

『がっつりアウトだと思いますが』


 とりあえず、これ以上ナタリーからの印象を悪くしないようにと思っていたのだが、


「あ、あの……どうしてダークエルフが!? しかも先程の花壇で咲いていた花……毒草の一種ですよね!?」

「ち、違うぞっ! い、イロナは……そう。花の世話が好き過ぎて、ちょっと日焼けしちゃったエルフだ。あと、花は研究用だから、気にするな」

「いや、日焼けとかってレベルじゃなかったですよね!? 思いっきり褐色でしたけど! それに、雪の様に白いエルフが日焼けしたら、真っ赤になりますよっ! あと研究用って、何の研究ですか!? ダークエルフが毒草を研究って、どう考えてもヤバいやつじゃないですかっ!」

「いやいやいや、それは偏見だぞ。ダークエルフが悪い奴だっていうのは、昔の誤った情報だ。今のダークエルフたちは、普通のエルフと同じ村で暮らしているし、そもそもダークエルフたちは海の家で働いて……あぁっ! 俺、結局夜のサービス受けてないっ!」

「……どうしてダークエルフと普通のエルフが同じ村で暮らしているって知って居るんですか? というか、そんなの有り得ないですよね? それに海の家って何ですか? 夜のサービスって……分かっていましたけど、やっぱり変態なんですね」


 ダークエルフに対する偏見が強く、ますます印象を悪くしてしまった。

 ここは何とか弁明すべきだが……いや、無理だ。例え、冒険者ギルドと争う事になったとしても、これだけは譲れない。


「ナタリー、聞いてくれ。彼女は……イロナもそうだが、ダークエルフは本当に悪い種族じゃないんだ。これは、実際に俺がダークエルフたちと会話し、共に魔族と戦って感じた事だ。毒草の研究だって、毒を知り尽くしているからこそ、解毒の知識もある。事実として、イロナの解毒知識によって、俺の知人が助けられた。だから、ダークエルフだからというだけで、悪だと決めつけるのはやめてくれ」


 俺も幼い頃から悪いダークエルフの話を聞かされていたから、ナタリーがそう思ってしまう気持ちは良く分かる。

 だけど、イロナは俺の仲間であり、共に一つ屋根の下で暮らす友だ。

 俺の事はともかく、友の事を悪く言われるのはダメだ。


「……失礼しました。そうですね。私も、獣人族だというだけで偏見の目で、見られた事が多々あるというのに。先程のダークエルフ云々の言葉は撤回させていただきます」

「あぁ。理解してくれて、ありがとう」

「いえ。ですが、貴方が夜のサービスというものを利用しようとしている変態だという事は撤回しませんが」


 あれー? おかしい。どうして今の話で、俺が変態だという結論になるのだろうか。

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