第200話 メリッサのお勉強

「ひゃぁっ! ご、御主人様ぁぁぁー!」

「そんなに力いっぱい抱きつかなくても大丈夫だってば。ほらメリッサ。降ろすよ」

「あ……あれ? あの、ここはどこでしょうか?」


 細い腕でしがみ付いてきたメリッサを地面に降ろして、少し間が空いてからメリッサがキョロキョロと周囲を見渡す。

 どうやら目をつぶっていたらしい。

 しかし一瞬で着いたから、メリッサが目をつぶったのは王都に着いてからだと思うけど。


「さっき屋敷の地下でも話したけど、王都にある商店街のすぐ近くだよ。せっかくだから、勉強を兼ねてお酒を一緒に買いに行こう」

「は、はい。わかりました」

「そうそう。あと、欲しい物があったら何でも買って良いからね」


 王都で逸れるとメリッサが確実に迷子となってしまうので、しっかり手を繋いで露店を見て回る。

 普段居る村には無い調味料や食材――特に魚や貝の類にメリッサが興味を持ち、目に着いた露店に立ち寄っては店主から話を聞いて、とりあえず少量だけ購入しておく。

 うちはそれなりに人数が多いから、足が早い食材でも腐らせずに消費出来るだろうし、メリッサが気に入った食材があれば、今度大量に買い出しへ来ても良いしね。

 メリッサが熱心に聞いているからか、それともエプロン姿の可愛い女の子だからか、特に中年男性の店主が気前良く調理方法などを教えてくれて、それを真剣な顔でメモをする。

 うん、良いね。きっとメリッサが将来優秀な料理人になるよ。というか、今でも十二分に美味しいんだけどさ。


『ヘンリーさんも、少しは彼女を見習ったらどうですか?』

(え? 俺が料理するの? やってやれない事はないけど、別に料理人を目指している訳じゃないからなー)

『違いますよ。魔法の事とか、統治の事とか。話を聞いてそれっきりじゃないですか! メモを取ったり、聞いた話を整理したりしてますか?』

(まぁ、それはそれとして……あ、あの建物が酒屋っぽいな)


 アオイが何か文句を言っているが、それをサラッとスルーして、立派な建物へ。

 ちゃんとした店舗で露店と雰囲気が違うからか、メリッサが少し気遅れしているので、ここは俺から話をしよう。

 地下倉庫から、サンプルとして空間収納に取り込んでいた酒瓶の一本を取り出すと、店主の元へ。


「すまない。屋敷の地下倉庫で古い酒を見つけたんだが、これがどれ程の価値があるか見てもらえないだろうか」

「ふむ……おぉ、ドゥセット産葡萄酒の八十年物ではありませんか! これはかなり貴重ですな。保存状態を確認させていただいても宜しいですかな?」

「いや、悪いが酒を売りに来たわけじゃないんだ。ただ教えて欲しかっただけでさ。それよりこっちが本題なんだが、汚い部屋に居る二十代後半の独身女性が一人で嗜むような酒を探しているんだが」

「は、はぁ……そ、そうですね。察するに、強めのものをお求めでしたら、こちらにある蒸留酒などがそうですが……お持ちになられている葡萄酒と比べると、全くの別物と言える酒ですが」

「いや、それで良いんだ。じゃあ、とりあえずその蒸留酒を一箱貰おう。あと、メリッサは何か聞いておきたい事はあるか?」


 メリッサに話を振り、料理に使えるお酒や、デザートに使えるお酒などを聞き、こちらは少量だけ購入して一先ず買い出しは終了となる。

 お酒を使った料理やデザートはメリッサが味見出来ないし、俺も酒の味なんて分からないから、誰か適当に見繕って味見してもらおうという話になった。

 買った食材やお酒などは、路地裏で全て空間収納魔法で格納しているので、来た時と同様にメリッサをお姫様抱っこして、テレポートで屋敷の地下倉庫へ。


「あっ! 御主人様っ! メリッサ! ……良かった」


 戻ってきた途端に、ノーマが抱きついてきた。

 可愛い女の子に抱きつかれるのは嫌いじゃないけれど、せめてメリッサを降ろしてからにしてくれないだろうか。

 抱きかかえたメリッサを巻き込んだ形でノーマが抱きついてきたので、メリッサとの密着度合いが更に高くなって……


「って、ノーマ。泣いてたのか!?」

「泣いてませんっ! ただビックリしていただけですっ! もっと早く帰ってきてくださると思っていたので、何かあったのかと」

「すまない。少し遅くなったな」


 薄暗い中でノーマの瞳から零れおちる一筋の滴に気付き、暫くそのままで居る。

 すると、


「にーに! おそーい! ユーリヤもー!」

「主様。敷地の外へ出られる際は、一言ご連絡願います」

「隊長さん! 行き先不明でどこかへ行っちゃうから、皆心配してましたよー!」


 地下室にユーリヤとジェーン、ニーナが降りてきた。


「えっと、ユーリヤとジェーンは分かるけど、どうしてニーナまで?」

「ボク? ジェーンさんから隊長さんが行方不明になったって聞いて、屋敷中を探してたんだー。ちなみに、アタランテさんも敷地内を駆け回って居ると思うから、早くメッセージ魔法で連絡してあげた方が良いかも」

「マジで!? 皆、すまない。あと、アタランテには急いで連絡するよ」


 ニーナに言われた通り、すぐさまアタランテに連絡し、帰宅した旨を伝える。

 ちなみに、ノーマと共にパメラの所へ行って買ってきた蒸留酒の小瓶を二本渡すと、


「これこれー! さっすがヘンリー君。先生のお酒の好みまで知っているなんて完璧じゃない。姫様を救った英雄で、大きな領地と家を持っているお金持ちで……ねぇ、先生と結婚しない?」

「しません」

「ふーんだ。まぁいいわ。一先ず、長旅で疲れたから、先生はこれ飲んで寝るわねー。おやすみー」


 そう言って、グラスも使わずに瓶から直接お酒を飲み始めた。

 ……魔法学校の教師って、こんなので良いのだろうか。

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