第185話 フローレンス様との交渉

「主様。召喚は宜しいのですが、奥方様が居られなくても大丈夫なのでしょうか?」

「あ……しまった。今、エリーはお母さんの看病中か。そんな時に無理強いするのも良くないし、少しタイミングが悪いか」


 ホムンクルスを作って、召喚魔法に付き合って貰うだけだけど、今のお母さんから離れるのは嫌だろうし、精神的に不安定な状態で魔法を行使すると、変に影響する可能性が有る。

 いずれ召喚してもらうとしても、今はやめておこうか。


「……領主の知り合いなんて居ないし、フローレンス様に頼んで紹介してもらうのも、何だか違う気がするし、どうしたものかな」


 完全に英雄頼みのつもりでいたから、早速暗礁に乗り上げてしまった。

 そんな中、静寂が支配しかけた食卓をイロナの黄色い声が打ち破る。


「ねぇねぇ。よく分かって無いんだけどー、ヘンリーは隊長だよねー?」

「え? あぁ、そうだけど?」

「だったらー、そっちの隊の指揮はどうするのー? そもそも、領主をしながら隊長って無理じゃないー?」

「……う、確かに」

「だからー、領主はヘンリーだけど、領主代行とかー、副領主みたいな人を立てれば良いじゃないのー?」

「なるほど。確かに、そうかもな」


 名目上は、あくまで俺が領主だという事にしておけば、おそらくフローレンス様……というか、王族が狙っている俺が国外へ出ないという事を防げるし、領主代行を立てれば面倒な統治行為をしなくても済む。

 で、表向きは王都に住んでいる事にして、実際は広いこの屋敷に住めば良いんだ。瞬間移動ですぐに帰れるし。

 あとは、誰を領主代行にするかだ。

 表向きは統治に専念してもらう事になるから、戦闘から抜けても大丈夫なのは……シャロンと屋敷に居た三人かな?

 いや、新たに入った三人は、人となりが分からないから流石にダメか。

 シャロンは、本人が良いと言えばお願いしたいけど……先にフローレンス様に断ってくるか。


「よし。じゃあ、イロナの案を採用しよう! ちょっとフローレンス様に、この事を伝えて来るよ」

「ふっふっふー。流石、イロナちゃん。じゃあヘンリー。良い案を言ったイロナちゃんに、何かご褒美ちょーだい」

「わかった。じゃあ、フローレンス様の所から帰って来たら聞くから、考えておいてくれ」

「やったね!」


 ご褒美の話が出た途端に、アタランテやマーガレット、それとクレアの目の色が変わった。

 これを機に、変な事を提案しだしたりしなければ良いのだが。


「じゃあ、行ってくる。すぐ戻ってくるから、それぞれ好きに過ごしておいて」

「にーに。ユーリヤもいくー!」

「はいはい。わかってるよ。じゃあ、皆また後で」


 皆が大きく頷く中で、屋敷に居た三人が不思議そうな表情をしているが……あ、瞬間移動の事を言ってなかったな。

 とりあえず、他言無用だと言いつけ、まだキョトンとしている三人の前からテレポートで王宮の前へ移動する。

 そのままユーリヤと共にいつもの部屋へ行き、


「うん、良いわよ」


 俺の考えを伝えると、フローレンス様があっさりと承諾してくれた。

 やはり、俺が領主という立場にある事が重要らしく、表向きにそれが保たれて居れば構わないと。


「とはいえ、エルフとの取引はやってもらうわよ? それは国としても、是非にでも実現して欲しいんだから」

「……まぁ、やるだけやってみるよ」

「そこは絶対にやってみせると言って欲しい所だけど。あと、私からも一つ提案があるの。というか、もう動いちゃったから、提案というより連絡なんだけどね」

「な、何をしたんだ?」

「そんなに構えなくても大丈夫。ヘンリーの魔法学校卒業の話よ。率直に言わせてもらうけど、今のヘンリーが魔法学校で学ぶ事って殆ど無いでしょ?」


 魔法学校で学ぶ事か。

 魔法の理解という意味では、まだまだ学ばなければならない事が山の様にあるけれど、魔法の行使という意味では無いな。

 アオイが居れば、殆どの魔法が使えるだろうし。


「でね。魔法学校の卒業は必須だけど、国としても、ヘンリーには魔法学校へ行く時間を、魔族の対策だとかエルフとの取引だとかに使って欲しいのよ」

「ふむ。まぁ言いたい事は分からなくはないが……それはつまり、国の力で俺を卒業扱いにするって事か?」

「本当はそうしたかったんだけど、それは魔法学校の学長が頑なに認めなくてね。とりあえず、魔法学校の教師を一人、ヘンリーの専任教師って事にしてもらったから」

「……はい? どういう事だ?」

「だから、その教師が出張学級って事で、平日にヘンリーと行動を共にする事で、それで出席扱いにしてもらう事にしたの」


 それはつまり、魔法学校の教師が四六時中俺の傍に居るって事か!?

 おい、そんなの拷問じゃないか。やめてくれ!


「やだ」

「ダメよ。魔法学校の学長とかなり議論して、ようやくこの落とし所に落ち着いたんだから。ちなみに、普段の授業はこれで出席扱いになるけど、行事は出席しないとダメよ」

「行事? 魔法大会とか?」

「そういう事よ。とはいえ、ヘンリーの卒業までに魔法大会はもう無いし、仮に出場した所で優勝確定でしょ?」


 まぁ、そりゃそうか。

 というか、皆の前で魔族を倒している訳だし、士官学校側ならともかく、魔法学校の生徒で俺に挑む奴なんて……ソフィアくらいか?


「さっそく、明後日からヘンリーの傍に居るって事で、その教師は既にマックート村へ出発しているから、よろしくね」

「えっ!? というか、マックート村に行ったの!?」

「当然。領主代行は許可するけれど、先ずはエルフの村との取引を何とか形にしてもらわないとねー。だから、ヘンリーも早くマックート村へ向かってね」

「……わかった」

「あと、領主代行の話だけど、流石に赤の他人を任命する事は出来ないから。ヘンリーと血縁関係にある人にしてね」

「え? えぇぇぇ!? マジで?」

「マジよ。領主なんだから、これは本当に守ってもらわないと困るから」


 いやいや、血縁関係……って、シャロンと結婚しろって事か!?

 どうしたものかと考えているうちに報告モードが終わっていて、いつものようにユーリヤとフローレンス様を抱っこする事になっていた。

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