第178話 睡眠姦!?

「じゃあ、これから石化を解除するから、少し待っててー」


 そう言って、マーガレットが十日掛けて作成した自信の魔力の塊――魔石を手にして詠唱を始めた。

 詠唱を終えた後も精神を集中させているのか、かなり長い間を取って、


「マリグナント・エラディケーション」


 聞いた事の無い魔法を使用する。

 その直後、黒い石と化していた騎士たちの色が、若干薄くなったが……それだけだった。

 だが、すぐさまマーガレットが別の呪文を詠唱しており、


「リヴァイブストーン」


 次の魔法を発動させると、灰色の石像が明るい色を取り戻していく。

 成功かと思った所で、マーガレットが崩れ落ちた。


「マーガレット! 大丈夫か!?」

「はい。ただ、大がかりな魔法を連続使用したので、流石にクラクラしますね」


 慌てて駆け寄り、マーガレットを抱きかかえていると、その間にも石像だった人たちの肌や服が本来の色に戻っていく。


「ふぅ。どうやら成功したみたいで……す」

「マーガレット! マーガレット!」

「大丈夫ですよ。ちょっと疲れただけです。だから、お兄さん……どさくさに紛れて、胸を触るのはやめてください」

「いや、これは手が当たってしまっただけだって」

「だから、そういう事は二人切……」

「マーガレットーっ!」


 話している途中で、突然マーガレットの身体がから力が抜ける。

 何度も呼びかけ、嫌がっていた胸を触ったりしても何も反応が無い。

 これは……嘘だろ!? ほら、マーガレット! 早く目を覚まさないと、いつまでも俺におっぱいを揉まれ続けるぞ! 早く目を覚ませよっ!


『あの……ヘンリーさん。マーガレットさんは、強力な魔法を連続使用した事による、魔力枯渇現象が起きているだけですよ?』

(何だよ、それ。どうなるんだ!? 死んでしまうのか!? 俺の魔力を分け与えれば目が覚めるのか!?)

『ヘンリーさんの魔力を分ける事が出来るなら即時解決しそうですけど、ですがマーガレットさんは眠っているだけなんですが』

(はい? 寝てるだと?)

『ヘンリーさんは経験ありませんか? 強力な魔法を使い過ぎて、急に強烈な眠気が襲って来るとか……って、今まで凄い魔法を相当使って来ましたけど、無かったですね』


 何故かアオイが呆れている。

 けど、そんな事で呆れられても、どうしろと言うんだ。


『人は体力が無くなったら寝て回復するのと同じで、魔力が無くなっても寝て回復するんです。ヘンリーさんは冗談抜きで魔力量がおかしいですからね』

(……まぁ俺の事はともかく、マーガレットも聖女と呼ばれる程なんだから、そんなに魔力が少ない訳じゃないんだろ? さっきの二つの魔法は何だったんだ?)

『詠唱内容と魔力の動きを見る限りでは、どちらも神聖魔法で、一つ目は悪魔の力を消す退魔系の魔法。そして二つ目は石化から元に戻す魔法ですね。おそらく、一つ目の魔法の効果が有る内に、二つ目の魔法を使う必要があったのでしょう。高度な魔法を行使した事に加えて、この人数を一度に治癒したので、さらに多くの魔力を要したのだと思います』


 改めて見渡すと、十数人の騎士や宮廷魔術士、それと男子生徒がキョロキョロと周囲を窺っている。

 一人ずつ石化を解く事も出来たのだろうが、マーガレットは公平にするためか、全員を一度に治癒する事を選んだみたいだ。


『で、ヘンリーさん。いつまでマーガレットさんの胸を触っているんですか? ……まさか睡眠姦ですかっ!?』

(す、睡眠姦っ!?)

『病室に誰も居ない事を良い事に、ベッドで眠る女の子の胸を露出させて、賢者になるんですねっ!? 外道ですっ!』

(すまん。何の事かさっぱりなんだが。ここは病院でもないし、すぐ隣にはユーリヤが居て、周囲には人が大勢居るんだが)


 強めに胸を揉んでも、何の反応も示さないマーガレットを抱きかかえながらアオイと話をしていると、


「クレアッ! クレアーッ! 良かった……良かったですのっ!」

「お姉ちゃんっ!? どうなっているの? 私は魔族の攻撃で死んだんじゃ……」

「違いますのっ! 貴方は魔族の魔法で石にされていましたの。それを、こちらのマーガレットさんが助けてくださったんですの」

「こちらの方が私の命の恩人……って、待って! お姉ちゃん! マーガレットさんが眠っているのを良い事に、男の子に胸を揉まれているんだけどっ! そこの貴方、その女性から離れ、抱きかかえた女の子を解放しなさいっ!」


 コートニーの妹らしき女性から、思いっきり睨まれてしまった。

 さらに他の騎士や宮廷魔術士たちにも囲まれているし、俺はマーガレットとユーリヤを抱えているし……これはテレポートで逃げるべきか?

 何にも悪い事はしてないはずなのに。


「私は宮廷魔術士クレア。命の恩人には全力で恩義を返す家訓に従い、その女性を救出させていただきます」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「問答無用っ!」


 騎士たちが剣を抜き、クレアを含む宮廷魔術士たちが詠唱を始めた所で、小さな影が俺の前に踊り出る。


「全員ストップですのっ! 皆、この少年の顔に見覚えはありませんのっ!? この少年こそがフローレンス様を助け、あの魔族を倒した英雄にして、ここに居る全員の命の恩人であるヘンリー=フォーサイスですのっ!」

「え? お姉ちゃん。それ、本当なの!? ……あ、でもこの男の子は、確か魔法大会の決勝戦に居た……召喚士?」

「本当ですのっ! 皆を石化から解いたマーガレットさんを召喚した方であり、今はフローレンス様の直属特別隊の隊長ですのっ!」

「嘘でしょぉぉぉっ! 誰か嘘だと言ってぇぇぇっ!」


 躍り出たコートニーのおかげで一先ず武器が降ろされ、詠唱も中断されたのだが、クレアが何故か姉と殆ど同じリアクションを取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る