第90話 再選択肢

 酷い目にあった……。

 イザベル先生が余計な事を言うから、休憩時間になる度に女子生徒たちから囲まれるし、ユーリヤは怯えて俺にしがみつくし、何故かエリーが不機嫌だし。

 おかげで、授業が終わると同時にユーリヤを抱きかかえて教室から逃走し、校舎の影でワープ・ドアの魔法を使って瞬間移動する事になってしまった。

 一先ず、いつもの王宮近くの路地から正門へ行き、手続きを経て、第三王女直属特別隊御用達の小部屋へ。

 今日は、フローレンス様にお願いした王宮の資料庫へ入れて貰い、ドラゴンの目撃情報を調べるんだ。

 小腹が空いたというユーリヤに、空間収納魔法で大量に格納していた食料をあげていると、フローレンス様がやってきた。


「フローレンス様。今日は昨日お願いした資料庫の件で伺ったのですが……」

「フロウ」

「え? フローレンス様?」

「もぉっ! 二人の時は私の事をフロウって呼ぶ約束でしょ? ヘンリー」


 いや二人っきりじゃなくて、ユーリヤが居るんだけど。

 でも、昨日はユーリヤと一緒に抱っこしたし、変な事を言わない……というか、分からないだろうから、ユーリヤは居ても二人っきりとみなすという事だろうか。


「あー、じゃあフロウ。昨日頼んだ資料庫に入れて欲しくて来たんだけど」

「えぇ、大丈夫よ。ちゃんと申請しておいたから、ヘンリーが私の下――第三王女直属特別隊に居る間は、いつでも自由に入れるわ」

「何だかその言い方だと、俺がフロウの傍から離れるみたいなんだけど」

「……可能性は無くはないかしら」

「えっ!? どういう事? それは内定取り消しって事!?」


 この期に及んで内定取り消しはマジで勘弁して欲しい。

 王宮で一度内定を貰っておきながら取り消しされるって事は、他の騎士団や宮廷魔術士でも内定を貰える可能性は絶望的だろう。

 そう言えば、色々あり過ぎて内定貰った事を家に言ってなかったけど、両親も悲しむかもな。

 そんな事を考えていると、顔に出てしまっていたのか、フローレンス様が笑いながら否定してくれる。


「あはは、それは無いから心配しないで。そうじゃなくて、ヘンリーが召喚したって言う女騎士さんが居るでしょ?」

「ジェーンの事?」

「そうそう。彼女の教え方が素晴らしいのか、ニーナの剣術が劇的に変わったからって、一度断って居るにも関わらず、再び騎士団がヘンリーを欲しいって言ってきてね」

「あー、そういう意味ですか」

「ヘンリーは第三王女直属特別隊と騎士団、どっちが良い?」


 軽い口調で話すものの、フローレンス様の目は笑っていない。

 もしも俺が真剣に騎士団だと望めば、フローレンス様はその通りに動いてくれるだろう。

 だけど内定を貰う前は騎士団にしか眼中が無かったけど、今は違う。

 もしも俺が騎士団に入って、今の第三王女直属特別隊のように王族と直接話をしながら、何をすべきかと行動方針を決める立場になろうとすれば、最短でも十年は要する。

 魔族や魔王と戦うにあたり、それでは遅すぎるんだ。


「そんなの決まってますよ。俺はフロウと一緒に第三王女直属特別隊の隊長として活動したいです」

「ヘンリー!」

「……あー! にーに、ユーリヤもだっこー!」


 突然抱きついてきたフローレンス様を見て、ユーリヤも抱きついてきて、昨日と同じように二人を同時に抱っこする事になって……あー、自由に行動出来るのは良いけれど、この任務は正直どうかな。

 フローレンス様の行動で勘違いしてしまいそうになるし、これを誰かに見られたら、俺は本気で国外へ亡命しなくてはならないんだけど。

 暫くフローレンス様の柔らかな膨らみと、ユーリヤの子供独特の温かさに包まれた所で、


「あ、そうそう。もう一つ頼まれて居た聖銀の件なんだけどね」

「はい。最高の鍛冶師を紹介してもらう件ですね?」

「えぇ。残念ながら、鍛冶師ギルドから断られてしまったわ」


 予想外の言葉を聞かされる。


「どういう事? フロウの――フローレンス様として、国として鍛冶師ギルドへ依頼されたんだよね?」

「そうよ。だけど今の鍛冶師ギルドに、聖銀を加工出来る職人が居ないんですって」

「えっ!? ど、どうして!?」

「何でも聖銀は魔法も効かないし、物理的な強度も強いしで、加工が凄く難しいらしくて、聖銀を扱った経験のある者が一人も居ないんですって。そして、非常に貴重な鉱物だからって、無謀なチャレンジも出来ないからって」


 マジかよ。せっかく大変な思いをして――ちょっと良い思いもしたけど――聖銀を採って来たというのに、それを加工出来ないのであれば、全く意味が無いじゃないか。

 ……とはいえ、あの聖銀の硬さは俺も良く知っているので、一方的に責める気にはなれない。

 物理的に聖銀を変形させようと思ったら、ユーリヤにやってもらうしか……いや、それこそ無謀か。機微な調整は出来ないだろうし、そもそも武器の知識も無いだろうしね。


「一先ず聖銀の事は一旦置いておいて、先に資料庫へ行きましょう。その子も、早く両親に会えた方が良いでしょうしね」


 フローレンス様の言葉に頷いて二人を床へ降ろすと、資料庫へ案内してもらった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る