第55話 ただいま部下募集中

「先生。俺、こんなの聞いてないんですけど」

「ちゃんと手紙は送りました。諦めなさい」


 既に逃げられる状況になく、俺は深いため息を吐く。

 どうしてこうなったのか。俺は、僅か数分前の事を走馬灯の様に思い出す。


……


 イザベル先生に連れられてイベントホールへやって来ると、予想通り授業再開のための式だった。

 数回しか入った事の無い、全校生徒が余裕で入る広さの大きなホールで、学長が魔法がどうとか、宮廷魔術士がどうとかと、長々と話をしている。

 俺は遅れて入ってきた訳だし、後ろの方の空いている席に座ろうと思ったのだけど、イザベル先生に止められ、何故か最前列へと移動させられてしまった。

 しかも、何故か俺の席が用意されてあり、最前列の一番端の席がちゃんと空いている。

 疑問はあるものの、とりあえず座って話を聞いて居れば済む事だと思っていると、


「ヘンリー君。君の為に、学長が話を伸ばして時間を稼いでくれたんだから、後でちゃんとお礼を言っておきなさいよ」


 教員として、俺の近くで壁際に立つイザベル先生が、小声で意味不明な事を言ってきた。


「……何の事ですか?」

「何の……って、ヘンリー君が来ないから、学長がいつもよりも更に話を長くして、ヘンリー君の出番を遅れさせてくれたのよ」

「……はい? 俺の出番って、何の事ですか!?」

「だから、手紙に書いたでしょ? 魔法大会優勝者であり、魔族を倒してフローレンス様を救った魔法学校の英雄であるヘンリー君に、授業再開の式典で皆に挨拶をしてもらうって」

「――っ!? な、何を!?」

「だから、挨拶よ。王宮で勲章を授与されたんでしょ? あと、王宮から学長へ正式に連絡があったそうよ。ヘンリー君をフローレンス様の親衛隊に内定したって」


 フローレンス様の親衛隊って。いやまぁ、似たような物だけどさ。

 というか、挨拶って何だ!? 何を話せば良いんだよ。

 しかも、何も考えてきていないし、アドリブで全校生徒の前で話せと? 嫌だって。


「先生。今からでも俺の事は無かった事に出来ませんか? ぶっちゃけ、何にも考えて来てないんですけど」

「……嘘でしょ? でも、ほら。見てよ。生徒全員に配った資料にも、しっかりヘンリー君の事を書いてるでしょ」


 渡された紙に目をやると、大きな文字の式次第に、


――魔法学校の英雄! 魔族から王女様を助け、勲章を授与された基礎魔法コースのヘンリー=フォーサイス君による挨拶――


 と、思いっきり書かれていた。


……


「先生。俺、こんなの聞いてないんですけど」

「ちゃんと手紙は送りました。諦めなさい」


 流石にこんな物を配られて居ると、逃げようがない。

 いや、物理的にこの場から立ち去る事は出来るのだが、それではかえって後で笑い者にされてしまいそうだ。

 マジでどうしたものかと頭を悩ませていると、学長の話が終わり、ステージからゆっくりと降りてきた。

 それから、ちょっとした報告やら、授業再開に伴う連絡などが終わった後、


「それでは、魔法学校の英雄! 魔族から王女様を助け、勲章を授与された基礎魔法コースのヘンリー=フォーサイス君から挨拶をしてもらう前に、そのお命を救った相手、第三王女フローレンス=ハミルトン様よりお手紙を頂戴しておりますので、ご紹介させていただきます」


 司会進行を務める先生が、つらつらとフローレンス様からの手紙を読みだした。


「魔法学校の皆様。先日は晴れ舞台である魔法大会の最中、大変な事態に巻き込まれてしまいました。私も死を覚悟したのですが、ヘンリー=フォーサイス君が死をも恐れずに、命を張って私の許へ駆け付けてくれたおかげで……」

「……ってフローレンス様、何してんのっ!? 手紙、超長いし、俺の事を異様に褒めすぎだし!」


『いやー、ヘンリーさん。どんどんハードルが上がっていきますねー。大勢の前での挨拶、頑張ってくださいねー」

(ちょ、アオイ! 人ごとだと思って)

『いえ、これでも同情はしてるんですよ? ヘンリーさんは魔族との対抗手段を探す為に寮へ帰っていなかった訳で、別に遊び呆けて手紙を見て居なかった訳ではないですからね』

(だろ? 流石にこれはキツイよなー)

『ですが、良い機会だと思うんです。日頃どころか、つい先程も女の子をパンツを見せろ、パンツを見せろと責めたてていましたからね。バチが当たったんだと思います』

(いやいや、アレはちゃんと契約に基づいて、パンツを見せろと言っている訳であってだな。理不尽な事は言っていないつもりなんだが)

『でも、あのパンツコールはやり過ぎ……って、あ。ヘンリーさん。ついに出番みたいですよ。頑張ってくださいねー』

(ちょ、おい! アオイ! やりやがったな! アオイーッ!)


 アオイと脳内で話をしている内に、あっという間に俺が挨拶する番となり、司会進行の先生からステージへ上がるように促される。

 くっ……結局、何を話すか考える事すら出来なかった。

 ゆっくりとステージへ上がる階段を登りながら、どうしようかと考える。

 最初に笑いを狙うべきか!? それとも、ずっと真面目なトーンで行くべきか!? というか、そもそも何の話をするんだよっ!

 自問自答を繰り返し、答えが出ないままステージの中央へ到着してしまった。

 ステージの中央には、俺の声を大きくしてホール中へ伝える魔法が組み込まれたアイテム――マジックアイテムが置かれている。

 そこまで来ても、何を話すか決め切れずに居たのだが、ふとステージの下に居る生徒たちへ目を向けてみた。

 意外な事に、ステージ上からだと結構一人一人の顔が見えたりするもので、小さく手を振るエリーと、その隣に居るソフィアを見つけた。

 ……よし。俺は俺らしく、いつも通りの俺で行こう。


「あー、皆さん。おはようございます。先程紹介いただいた、三年のヘンリー=フォーサイスです。一つだけ、皆に言いたい事があります」


 腹を括った俺は、小さく息を吸い、


「この度の活躍で、俺は王宮に仕官が決まりました。配属先は、第三王女フローレンス様直属部隊の隊長です。新米を通り越して、いきなり隊長です。しかも、既に部下も居ます。……という訳で、魔法に自信のある生徒は俺の所へ来てください。気に入れば、フローレンス様へ直々に俺の配下にしていただくように推薦します。ちなみに命の恩人だからか、フローレンス様はかなり俺の意見を聞いてくれます。以上です」


 思いっきり宣伝してみた。

 正直、使える部下は多ければ多いほど良いのだが、正規の騎士や宮廷魔術士をうちの部隊へ入れるのは難しい。

 だったら優秀な学生を先に抑えてしまえば良いのだ。

 それに、嘘は言っていない。おそらく、俺が言えばフローレンス様が何とかしてくれるとは思うし。

 俺の言葉で生徒たちがざわめきだし……って、大事な事を伝え忘れていた。


「すみません。一つ伝え忘れていましたが、フローレンス様直属部隊なので、原則男性は仕官出来ないと思うので。以上、補足でした」


 じゃあお前は何なんだと言われそうだが、俺は命の恩人で例外って事で。

 ステージを降りて席に着くと、イザベル先生から呆れた表情を向けられてしまった。

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