俺の運命値が大暴落な件について
羽瀬川るりら
記憶ないのに転生してどうすんだよ
視界一杯に広がる真っ白な世界。本当に真っ白。
比較できるような景色が頭に浮かばないのに、俺が今立ち竦んでいるこの場所が寂しい場所という感覚はここにある。人間って不思議。
「おい小僧。おい。」
背後から女性の声が聞こえた。正しく言うと女性たちの声。声が重なっていて一つ一つの声の特徴はいまいち分からない。
「お前だよ。間抜けな顔しよって。」
「えーと…。俺の間抜け顔はいつもの事だからいいとして、俺じゃなくてもそういう表情になってしまうんじゃないかと俺は思ってしまうわけで。」
「何故だ。」
「だってあんた、只の鏡じゃないか。」
「何が悪い。人が言葉を発して鏡が話すのは道理にかなってないなんてそんな馬鹿なことを言うんじゃなかろうな?」
「そんなことは言わんけども…。」
「加えて言うが、あたしは只の鏡じゃあないんだ。神様なんだ!」
「神様ねぇ⋯。」
「なんか言いたげだが、お前現層のことなんぞなんも覚えてないだろ。生意気な口効きやがって。」
「そうなんだよ。俺何も覚えてないんだ。あんたはなんか知ってるのか?」
「あたしは何でも知ってるさ。知らないことは鏡の中にある世界が何故あたしが知っている世界と一緒じゃないかってことだけさ。」
「うむ、分からん。」
「お前なんぞに分かってたまるもんか。」
「はぁ…。んで?何も知らない俺に何か教えてくれませんか?鏡さん。」
「もちろんだ、教えてやろう。あたしは優しいからな。あと自分が楽しむために必要なことはどんなことだって惜しまないぞ。」
「はいはい。それで、俺は何故ここにいる?いつから?何をすればいい?さっきの話を聞いている限り、俺は最初ここにはいなかったってことでいいのか?現層ってなんだ?」
「質問が多い。でもそれは良いことだ。ごちゃごちゃ説明すると恐らく混乱してしまうと思うから簡潔に言うぞ。お前は現層から転生してきている。しかしここはただの経由に過ぎない。だから人が求める悲願の地、退層へお前は行かねばならない。」
「えっと…。簡潔だけど、そこまで漠然とした表現だと到底理解できないと思うんだが…。」
「ま、今から行く世界で自分が持つ全てを使って、感じ、思考し、生き抜け。要は転生だ、転生。ありふれたことだろう?」
正直、現層?にいたときのことに関してさっぱり覚えていないから、転生というのが一般的といわれても、それが本当か嘘なのかもわからない。とりあえずはこのピカピカ光ってる鏡さんを信じよう。
「分かった。じゃあ今から俺が送られる世界で一生懸命生きればいいってことなんだな?」
「そういうことだ!ふぅ⋯最近の蘇改人(そかいびと)はピーピー言って行きたくないよー、とかほざく野郎が多いからなぁ。呑み込みが早い奴で良かったよ。」
「それで、今から行く世界でも死んだらどうなるんだ?」
「ここにまた戻ってくるんだ。」
表情が見えないにも関わらず声から感情が消えたのが分かった。
「よし、あたしはそんなに暇じゃないからな。お前をすぐに送り出さなきゃならん。」
「え、いくら何でも早くないか?」
「だってこの後用事あるからぁ。それはできないのぉ。」
「あー、はい。わかりましたよ。」
この鏡、神様とか言ってたけど⋯なんというか、威厳がないというかなんというか⋯。
「というか一つの人生を今から経験しなきゃいけないのかぁ。長くなりそうだなぁ。」
「ま、すぐ帰ってくるって。」
何故だか分からないが、今の台詞が引っかかったのでそれについて聞こうとしたが遅かったようだ。鏡の声は俺が話しかけることなんぞ意にも介さず、ブツブツ何かを言っている。
「人は胎児として現層に生を受け、退層への切符を自らの手で掴む。掴めないなら、つかみ取るまで胎に籠って四百十回の仮の人生を繰り返さなければいけない。辛いと言われてもそれが世の常。逆らえはしない。」
「⋯。」
ブツブツが終わった。
すると、目の前に何かが現れたのが分かった。
「この階段上がってきな。きっと気づかないうちに君は別の世界にいるはずさ。じゃね!」
屈託のない笑顔と別れの寂しさなんざ一切感じさせない軽い言葉で送り出されてしまった。
俺は戸惑いながらも目の前に現れた階段に足をかけた。一歩登ったところで、意味なく後ろを振り向いた。さっきまでそこに居たはずの輝く鏡は消え、俺が立っていたと思われる場所さえも認識できなかった。代わりに眼に入って来たのはどこまでも下に続く階段。いつ登ってきたのかもわからない下に続く階段に俺はなぜか嫌悪感を覚えた。先へ進みたい。何が俺をそう思わせたのかは分からない。けれど、今はただ前へ進みたい。
階段を一段一段登っていくと、やがて俺の視界に移るすべてが真っ白になってしまった。
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