不沈のサム

@1498

不沈のサム

洋上に浮かぶドイツの大戦艦ビスマルク。

主砲に38cm砲を備え、副砲、対空砲を多数備え、ドイツの工業力のデカさを示すと共に、英仏を含めた世界各国の海軍に衝撃を与えた誇るべき戦艦だ。


その堅牢な鉄の城での艦上勤務は以下の事で1日が成り立っている。


起床、朝食、昼寝、昼食、うたた寝、散歩、夕食、そして最後に就寝


……あれ?ちょっと待てよ?どう見ても艦隊勤務をする水兵の1日では無くないか?


そうだ、これは全て猫の1日と成っているのだ。


この日も一匹の船乗り猫は朝食をたくさん食べ、いつも通り眠りに就こうとする。


ジリリリリリィ


しかし、そんな猫の就寝はけたたましく鳴るサイレンに遮られてしてしまった。

何時もと違い、船中を走り回る水兵。

聞こえてくる叫び声。何時もの訓練よりも一層騒がしく、戦艦は大混乱の様態だった。


その様子を見た猫は本能的にこう叫んだ。

「此処から速く逃げるニャ!」

何か良からぬことが起こる。そんな予感に見舞われる


とはいえ、此処は洋上の鉄の孤島。

逃げようにも何処にも逃げ場は無い。


重い衝撃が小さな身体を震わせる。


ビスマルクに響く衝撃音。英軍の攻撃が一発、ビスマルクに命中したのだ!

急いで安全な場所を探すも何処も騒がしく酷い惨状。

その激しい海戦の末、戦艦ビスマルクは沈没した。

1匹のさ迷える猫はその轟音と共に船から凍てつく北の海へと投げ出されてしまったのだった。


極寒の海。

イギリス海軍による数少ないビスマルク乗員の救出が成される。

ビスマルク沈没から数時間後、漂流していた木切れにしがみついていた猫を救出したのは、イギリス駆逐艦 HMS コサックだった。


猫はコサックの乗員に快く受け入れられた。『オスカー』という名前を付けられ、再び安全な生活をおくれるはずだった……


しかしHMS コサックは多忙な駆逐艦で、船団護衛の任によく就いていた。

ある日は迫り来る魚雷や砲弾を避けるために右へ左へ旋回し、ある日は逆に魚雷や砲撃をすることもあった。またある日は敵の航空機攻撃に立ち向かったりもした。

お陰でオスカーが体を休めようにも休ませることは出来なかった……


そんなオスカーのHMS コサック乗船から騒がしい5ヶ月が経過したある日。


狭い艦内でやっと体を休められるお気に入りの場所を見つけ、いつも通りの睡眠に入ろうとしたその時


ドオオオン!


敵の潜水艦が放った魚雷の内1本がHMS コサックの船体に大きな穴を穿った。


1発の魚雷は船の前部3分を吹き飛ばし、乗員に少なからず被害を与えた。

オスカーは他の乗員と共に同じく船団護衛に就いていたイギリス駆逐艦 HMS リージョンに移動することとなった。

その後 HMS コサックはジブラルタル海軍基地への曳航をする努力がなされたものの、天候の悪化により中止。ジブラルタルの西方に沈んだのだった……


HMS コサックの乗員とオスカーはジブラルタル海軍基地へ運ばれることになった。 

ジブラルタル海軍基地に着いたとき、そこでイギリス空母 アークロイヤルの乗組員に紹介されたのだった。


オスカーはアークロイヤルの乗組員に受け入れられ、今度は空母に乗船することとなった。

アークロイヤルの艦長がオスカーを見て言った。

「この猫、ビスマルクに乗っていなかったか!?」

なんと、艦長はオスカーがビスマルクに乗っていたことを知っていのだった。

「よろしい、君、我が艦へようこそ!これからは君も小さな仲間だ、これからは『不沈のサム』と呼ぶことにしよう。」


オスカーには広い住み処を与えられ、毎日航空機が発艦する様子を眺めていた。今までのHMS コサックとは違い、緩やかなのんびりした環境で、まるで戦艦ビスマルクに乗っていたときの様だった。

とはいえ、やはりそんな平穏も長くは続かなかった…


オスカーがアークロイヤルに乗船してから1ヶ月後、マルタ島への補給の帰路の最中。それは突然訪れた。


ドオオオン!


「またこれかニャ!」

オスカーは酷く絶望した。


アークロイヤルは潜水艦から魚雷攻撃を受け、大きな穴を穿った。直ぐ様、ジブラルタル海軍基地から曳船 テムズによって曳航が試されたものの、魚雷直撃後の応急措置の不手際や、製造時に掛かった様々な制約から出てしまった重心が高すぎる問題などから大きく傾斜。曳航を中止せざるをえなかった。翌日には乗組員は雷撃機パイロット1名を除いて全員救出されることになる。救出から数時間後、傾斜が更に大きくなりアークロイヤルはジブラルタル沖で沈むこととなった。


救助時、オスカーは乗組員に乗せられた雷撃機の翼にしがみついていた。

オスカーは駆逐艦 HMS リージョン、HMS ライトニングに救助され、発見時の報告レポートには「大変不機嫌だが、怪我は無し」と書かれた。

(余談になるが、この2艦艇も後に沈むこととなった。)

その数日後、オスカーはジブラルタル総督の邸宅に招き入れられることとなる。迷信深い水兵達はオスカーを2度と船に乗せないことを決めた。

ビスマルクを始め、コサック、アークロイヤル、リージョン……彼女が乗船した船は必ずといって良いほど沈んでしまったからだ。

最終的にはイギリスのベルファストにある『Home for sailors』という船員の宿舎でオスカー過ごす事になった。


この決定にオスカーが歓喜したのは言うまでもないだろう。

宿舎の番猫として、彼女は今度こそ平穏なときを手に入れることが出来たのだ。

そして、1955年宿舎にて息を引き取った……

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